『此事難知』人元例に記される七法・四鍼象など

『中医臨床』(171号)に「海蔵抜原法」に関する論考を紹介したが、その際にメモとして書き出した『此事難知』のいくつかの章を当サイトの記事に紹介しておこう。特にこの人天例には井栄兪経合治療と原穴治療に関する濃密な内容が含まれている。難経系の治療を行うのであれば、王好古の鍼法が記される人元例は必読ともいえるだろう。

王好古が整理した鍼灸治療

『此事難知』人元例には「陰陽」「配合」「父子」「兄妹」「接経」「平経説象」「拨源」などの鍼法が記されている。この「拨源」を主なテーマにした論考がなどの鍼法が拙稿「海蔵抜原法を通じて原穴鍼法を理解する」である。

複数経ではなく単経・一経内における調整を示唆しているのではないか?と考える。これが後述の拨源法に繋がるのである。


※『此事難知』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

此事難知 人元例の書き下し文

書き下し文・人元例

六十五難は合を説く 七十三難は栄を説く
経に木火土金水在り
再び七象に分けて以て切脈に応ずる 独り七法を包む

陰陽 配合 父子 兄妹 接経 平経説象 拨源(撥源)有り

○陰陽例

陰陽とは子午也。謂(いわゆ)る 栄合は水火の称。名づけて陰陽と曰う也。十二経に皆これ有り。
或いは父氣を感得し、或いは母氣を感得して病むなり。
子午とは乾坤なり。乾坤は六子を包む。六子は乾坤に附く也。
故に七十難に云う、春夏には各々一陰を致し、秋冬には各々一陽を致す。
春夏には井栄を刺し、秋冬には経合を刺す。
是れ各々一陰一陽を致すの義也。

亦た謂う、井経も子午に近し。
然れども當に微しく其の井を瀉し、其の栄を大いに瀉し、微しく其の経を補し、大いに其の合を補するべし。
或いは補瀉反作す。是れ寒なるときは則ち之を留め、熱するときは則ち之を疾くす。
故に微大の補瀉は、以て春は涼を食し、夏は寒を食し、秋は温を食し、冬は熱を食するに応ず。
假令(たとえば)胆病、善く潔し面青、善く怒、脈は浮の実大・沈の損小を得る。是れ父氣を感得し、陽中の陽を為す。當に本経中に於いて火を瀉し水を補うべし。
却て浮の損小・沈の実大なるを得るは、是れ母氣を感得し、陰中の陽と為す。當に本経中に於いて、水を瀉し火を補うべし。

○配合例

七十七難に曰く、上工は未病を治する者。肝の病を見わすときは則ち當に脾に伝うることを知る。故に先ず其の脾氣を実して、肝の邪氣を受けしむること無き也。
假令(たとえば)肝病を見て、其の脾を実せんと欲する者、先ず足太陰経の中に於いて土字(兪土穴)を補うこと一鍼。又、火字(栄火穴)を補うこと一鍼。後に足厥陰肝経の内に於いて、木字(井木穴)を瀉すること一鍼、又、火字(栄火穴)を瀉すること一鍼。

○子母例

假令(たとえば)肝の病、満悶・淋溲・便難・転筋を見わし、又、心病の煩心・心痛・掌中熱・噦するを兼ねて見わすに、當に足厥陰肝経の内に於いて木火二字(井穴栄穴)に各々一鍼すべし。

○兄妹例(已上、子母兄妹、各々を四鍼象と曰う)

假令(たとえば)足厥陰肝の経の大過なるを見わす。又、胆の証の大過なるを兼ね見わす。是を兄妹(甲木と乙木)と為す。當に肝経内の木火二字(井穴と栄穴)を瀉すること、各々一鍼すべし。又、胆経内の木火二字(井穴と栄穴)を瀉すること、各々一鍼すべし。

此れら五法は乃ち人元の法也。

○接経(手足の経同じ)
内経(三部九候論)に曰く、痩を留め節を移さずして之を刺す(※)。十二経をして過絶させること無し。
假令(たとえば)十二経中、是れ何れの経も略(ほぼ)通行せざるは、當に通行せずして凝滞する経を刺すべし。俱に接して節を過ぎさしむ。
如し之を刺せば、其の数を問うこと無く、平を以て期と為す。
如し諸経俱に虚すれば、十二経を補う。
如し諸経俱に実すれば、十二経を瀉す。
補するは當に随いて之を済するべし、瀉するは當に迎えて之を奪うべし。

○平経説象(七十九難)
諸経の中を見るに、過と不及の病無くして病有ることを為す。
八十難に曰く、見ること有りて如(しこうして)入る。
謂ゆる、左手に氣の来至を見て、乃ち鍼を内れる。鍼入りて氣盡きるを見て乃ち鍼を出だす。
迎随補瀉の法を用いるに非ず。
不虚不実(虚さず実さず)、不虚(虚さず)とは真氣の未だ虚せざるを謂い、不実(実さず)は邪氣の未だ実さずを謂う。
此れを以ての故に自ら其の経を取りて其の法を施す也。

○拨源例

假令(たとえば)本経の病に鍼し了(おえ)て、又、本経の原穴に於いて亦た鍼すること一鍼。
如し肝経を補うは亦た肝の原穴上に於いて、補すること一鍼。
如し肝経を瀉し来たるは亦た肝経の原穴上に於いて、瀉すること一鍼。
如し余経に補瀉有れば、鍼し畢(おえ)れば此の例に倣いて、亦た各経の原穴に補瀉す。

○接経捕遺

又、其の母を補うを亦た随而濟之(随いて之を済う)と名づく。又、その子を瀉するを亦た迎而奪之(迎えて之を奪う)と名づく。
又、呼吸に随いて出内するを、亦た迎随と名づく也。

両脇痛むは少陽丘墟。
心痛むは少陰太谿(並湧泉足厥陰原穴)
腰痛むは崑崙委中より血を出だす。
喘満して痰実すること膠の如くは、太谿。
嘔噦すること度無きは、手厥陰大陵。
頭痛には手足太陽の原。
熱に度無く止むべからずは、陥谷より血を出だす。
小腸の疝氣痛には、足厥陰の太衝。
百節痠疼して実に知る所無きは、三稜を絶骨に刺して血を出だす。

婦人、血の止まざるは、足太陰井を刺す。
喉閉にて、手足少陽の井(並びに少商、手足太陰の井)
大いに煩熱して止まず、昼夜無力なるは、十指の間に刺して血を出だす。謂ゆる八陽(八関)大節。
眼発して睛の出でんと欲すも亦た須く大いに刺すべし。
目痛、大眥の痛むは、太陽の井を刺す。
頭中痛みて忍ぶべからず、卒かに疝痛し、婦人の陰中が痛むは、皆な足厥陰の井を刺す。
目痛みて小眥の痛むは、少陽の井を刺す。

心痛、脈沈なるは腎の原穴、脈弦なるは肝の原穴、濇脈なるは肺の原穴、緩脈なるは脾の原穴。
身の前は、足陽明の原穴。身の後ろは足太陽の原穴、身の側なるは足太陽(少陽と思われる)。

灸一身の内を灸するに、分けて八方と為す(臍より已上、鳩尾に至りて、年を以て壮と為す。大椎より已下、腰中に至りて、年を以て壮と為す)。
手足四分。
井を一と為し、栄を二と為するに自り、合を五と為すの類に至る。
膽中(膻中?)より分けること四つ、向きに井栄の数の如く之を倍す。
百会を一分と為し、亦た膽中(膻中???)法の如し。
凡そ灸せんと欲する者は、先ず其の脈を診る。若し浮なる者は灸すべからず、之に灸すれば必ず変ずる。

月晦の前後、各々二日は坤に属す。癸乙と為す。月缺く。瀉すること無し。
月望の前後、各々二日は乾に属す。甲壬と為す。月満つ。補すること無し。
初三日より上弦に至るは、震仰孟に属す。庚と為す。
上弦の日より月望に至るは、兌上缺に属す。丁と為す。
月望の日より下弦に至るは、巽為風に属す。辛と為す。
下弦の日より月晦に至るは、艮納雨に属す。丙と為す。

 

人元例に記される七法

「六十五難は合を説く 七十三難は栄を説く」と冒頭にあるように、王好古の鍼法は難経の経絡経穴論を基盤としている。
「経に木火土金水あり」とは井栄兪経合を指していることが言うまでもなく、井栄兪経合システムともう一つのインフラを用いた経脈治療を提示している。それ故、難経系の治療を行う鍼灸師にとって『此事難知』は必読とも思える。

さて人元例には「陰陽」「配合」「父子」「兄妹」「接経」「平経説象」「拨源」の七つの鍼法が記されている。
「父子(本文では子母)」と「兄妹」の鍼法を併せて“四鍼象”と称している。

また「兄妹」鍼法の文末に「此れら五法は乃ち人元の法也。」とあるが、「陰陽」「配合」「父子」「兄妹」の四法しかなく“五法”とするには数が合わない。おそらくは人元例に四鍼象を加えての五法ではないかとも解釈している。

陰陽例について

まず冒頭に「陰陽とは子午也。いわゆる 栄合は水火の称。名けて陰陽と曰う也。」との文がある。
栄合とは栄穴と合穴であることは言うまでもない。井栄兪経合の五行配当でみると、栄穴は火、合穴は水である。
「十二経に皆これ有り。」との言葉に矛盾する気もするが、陰経を主軸にみるべきであろう。陽経ベースでみると栄穴は水、合穴は土となり、陰陽・子午・乾坤にはならない。子午・水火を縦軸に治療を示している。

「井経も子午に近し。」
この意図は、井穴と経穴は陽経だと金・火であり、水火(陰経の栄合)から離れるが、その隣り合った経穴位置またはその性から「井穴経穴も子午(水火)に近しい」と言っているのであろう。

具体的な刺法としては「微(すこ)しくその井穴を瀉し、その栄穴を大いに瀉し、微しくその経穴を補し、大いにその合を補するべし。(或いは補瀉反作す)」とある。

そして鍼法本旨としては「春夏各致一陰、秋冬各致一陽。春夏刺井榮、秋冬刺経合。是各致一陰一陽之義也。(陰陽例 本文)」とあり、その主旨は難経七十難の鍼法と一致している。すなわち季節(天氣)に応じた一陰一陽の交流を意味する大きな鍼法である。

七十難曰、経言、春夏刺浅、秋冬刺深者、何謂也?
然。
春夏者、陽氣在上、人氣亦在上。故當浅取之。
秋冬者、陽氣在下、人氣亦在下。故當深取之。
春夏各致一陰、秋冬各致一陽者何謂也?
然。
春夏温、必致一陰者、初下鍼、沈之至腎肝之部。得氣引持之陰也。
秋冬寒、必致一陽者、初内鍼、浅而浮之至心肺之部。得氣推内之陽也。
是謂春夏必致一陰、秋冬必致一陽。

配合例・子母例・兄妹例における五行治法

配合例・子母例・兄妹例はともに五行治法の概略を示している。

配合例)「假令見肝病、欲實其脾者、先於足太陰経中補土字一鍼、又補火字一鍼。後於足厥陰肝経内、瀉木字一鍼、又瀉火字一鍼。」と、五行治療系の鍼灸師にはなじみある治療方針を示している。

子母例)「假令見肝病……又兼見心病……、當於足厥陰肝経内木火二字各一鍼。」と、木症と火症を治めるために木経内の木火二穴(井穴・栄穴)に対する刺鍼を指示している。

兄妹例)「假令、見足厥陰肝之経大過、又兼見膽之證大過、是為兄妹。當瀉肝経内木火二字、各一針。又瀉膽経内木火二字、各一鍼。」とあるように、肝胆の症がみられる場合、肝経胆経を用いて調治する。
肝経(甲)胆経(乙)の二経は陰陽表裏関係にあり、その関係を兄妹として表現している。

接経鍼法

いたってシンプルな経脈治療である。シンプルなだけに経脈治療である鍼治法の本質を示している。
また接経法にはいくつかのバリエーションがあるが、いずれ別の機会に紹介したい。

平経説象は難経六十九難と八十難の合わせ技

本文では七十九難と註が入るが、おそらくは六十九難のことではないだろうか。
平経説象では難経六十九難と八十難の記載が組み合わせて記されている。

よく知られる六十九難には「不實不虚、以経取之者、是正経自病不中他邪也。當自取其経。」の一節がある。
平経説象にある一文「不虚不實、不虚謂真氣未虚、不實謂邪氣未實、以此故自取其経施其法也。」はそれを解説している。

「不虚不実」とは正気虚も邪気実もないことを示す。正気(衛気営気)の虚がないため、従来の鍼法とは異なる技法が必要となる。故に難経八十難の鍼法を提示しているのだ。

そしてこの内容が「拨源例(海蔵拨原法)」につながることは言うまでもない。

ちなみに引用される難経六十五難・七十三難の本文を以下に付記しておく。

難経六十五難

六十五難曰、経言、所出為井、所入為合。其法奈何。

然。
所出為井、井者東方春也。萬物之始生。故言所出為井也。
所入為合、合者北方冬也。陽氣入藏。故言所入為合也

難経七十三難

七十三難曰、諸井者、肌肉浅薄、氣少不足使也。刺之奈何?
然。
諸井者木也。榮者火也。火者木之子。
當刺井者、以榮瀉之。故経言、補者不可以為瀉。瀉者不可以為補。此之謂也。

天元図・地元図 ≪ 人元例 ≫ 天元図・地元図ふたたび

原文 此事難知 人元例

■原文 此事難知 人元例

六十五難説合 七十三難説榮
在経木火土金水
再分七象以應切脉 獨包七法

有陰陽 配合 父子 兄妹 接経 平経説象 拨源(撥源)

○陰陽例

陰陽者、子午也。謂榮合、水火之稱。名曰陰陽也。十二経皆有之。
或感得父氣、或感得母氣而病焉。
子午者、乾坤也。乾坤包六子。六子附乾坤也。
故七十難云、春夏各致一陰、秋冬各致一陽。
春夏刺井榮、秋冬刺経合。
是各致一陰一陽之義也。

亦謂井経近乎子午。然當微瀉其井、大瀉其榮、微補其経、大補其合。
或補瀉反作。是寒則留之、熱則疾之。
故微大補瀉以應、春食涼、夏食寒、秋食温、冬食熱。
假令膽病善潔面青善怒脉得浮之實大沈之損小、是感得父氣、為陽中之陽。當於本経中、瀉火補水。
却得浮之損小沈之實大、是感得母氣、為陰中之陽。當於本経中、瀉水補火。

○配合例

七十七難曰、上工治未病者、見肝之病、則知當傳于脾。故先實其脾氣、無令受肝之邪氣也。
假令見肝病、欲實其脾者、先於足太陰経中補土字一鍼、又補火字一鍼。後於足厥陰肝経内、瀉木字一鍼、又瀉火字一鍼。

○子母例

假令見肝病、満悶淋溲便難轉筋、又兼見心病煩心心痛掌中熱而噦、當於足厥陰肝経内木火二字各一鍼。

○兄妹例(已上子母兄妹各曰四針象)

假令見足厥陰肝之経大過、又兼見膽之證大過、是為兄妹。當瀉肝経内木火二字、各一針。又瀉膽経内木火二字、各一鍼。此五法乃人元法也。

○接経(手足経同)
内経曰、留痩不移節而刺之。使十二経無過絶。
假令十二経中、是何経略不通行、當刺不通行凝滞経、俱令接過節。
如刺之、無問其數以平為期。如諸経俱虚、補十二経。如諸経俱實、瀉十二経。
補當随而濟之、瀉當迎而奪之。

○平経説象(七十九難)
為見諸経中無過與不及之病而有病。
八十難曰、有見如入謂左手見氣来至乃内鍼、針入見氣盡乃出鍼、非用迎随補瀉之法。不虚不實、不虚謂真氣未虚、不實謂邪氣未實、以此故自取其経施其法也。

○拨源例

假令鍼本経病了、又於本経原穴亦鍼一針。
如補肝経亦於肝原穴上、補一鍼。
如瀉肝経来亦於肝経原穴上、瀉一鍼。
如餘経有補瀉鍼、畢倣此例。亦補瀉各経原穴。

○接経 捕遺

又補其母亦名随而濟之。又瀉其子亦名迎而奪之。又随呼吸出内、亦名迎随也。

両脇痛、少陽丘墟。
心痛、少陰太谿(並湧泉足厥陰原穴)
腰痛、崑崙委中出血
喘満痰實如膠、太谿
嘔噦無度、手厥陰大陵
頭痛手足太陽原。
熱無度不可止陥谷出血
小腸疝氣痛、足厥陰太衝
百節痠疼實無所知、三稜刺絶骨出血

婦人血不止、刺足太陰井。
喉閉、手足少陽井(並少商、手足太陰井)
大煩熱不止、晝夜無力、刺十指間出血謂八陽大節、眼發睛欲出亦須大刺。
目痛大眥痛、刺太陽井
頭中痛不可忍卒疝痛、婦人陰中痛、皆刺足厥陰井。
目痛小眥痛刺少陽井。
心痛脉沈、腎原穴、脉弦肝原穴、濇脉肺原穴、緩脉脾原穴。
身之前、足陽明原穴。身之後足太陽原穴、身之側足太陽(少陽と思われる)。

灸一身之内分為八方(臍已上至鳩尾、以年為壮。大椎已下至腰中、以年為壮。)
手足四分自井為一、榮為二、至合為五之類。自膽中分四、向如井榮數倍之百會為一分。亦如膽中法。
凡欲灸者、先診其脉。若浮者不可灸、灸之必變。

月晦前後各二日属坤。為癸乙。月缺無瀉。
月望前後各二日属乾。為甲壬、月満無補。
初三日至上弦、属震仰孟、為庚。
上弦日至月望、属兌上缺、為丁。
月望日至下弦、属巽為風、為辛。
下弦日至月晦、属艮納雨、為丙。

 

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP