『此事難知』の三法五治より

以前『中医臨床』(171号 vol.43-No.4)にて王好古(王海蔵)の鍼法「海蔵拨原法」を紹介したが、その記事を書く際にメモとして書き出した『此事難知』のいくつかの章を当サイトの記事に紹介しておこう。もちろん漢方医だけでなく、鍼灸師にとっても大いに学びになる内容である。

学ぶべき金元医学・易水派医学

金元四大家には劉完素・張従正・李東垣・朱丹渓がおり、それぞれ“寒涼派”“攻下派”“補土派”“滋陰派”と呼ばれる。この辺りの情報は鍼灸学校でも習う知識であろう。しかし、金元医学の幅は実に広い。金元四大家の他にも学ぶべき医家・医学はたくさんいる。易水派と呼ばれる医家たちも学ぶべきである。

易水派は張元素(張潔古)を祖とする一派で、李東垣もこの易水派に名を連ねる。本記事で紹介する王好古は張元素の弟子でもあり、張元素の死後は李東垣に師事している。つまり張元素の医学と李東垣の医学を学ぶには王好古の医学をぜひ知っておくべきなのだ。

※『此事難知』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

此事難知 三法五治論の書き下し文

書き下し文・三法五治論

若し五治、邪辟を分けずば、内に工を作するも禁ずること能わず。
夫れ治病の道に三法有り。初中末なり。

初治の道は、法当(まさ)に猛峻なるべし。謂所(いわゆる)薬勢の疾利猛峻を用いる也。病に縁りて之を得る。
新暴これに感ずるときは軽くし、これを得る。
重きには皆な當に疾利猛峻の薬を以て急ぎこれを去るべし。

中治の道は、法当に寛猛、相い済うべし。病の為にこれを得る、新たに非ず久しきに非ず、當に緩疾を以て中を得るべし。之、正を養い邪を去るを、相い兼ねて済いてこれを治す。之、正を養い邪を去るとは、仮令(たとえば)邪気を見わすこと多くして正気の少なきが如くには、宜しく邪を去るには薬を多く、気を正すには薬を少なきを以てすべし。凡そ加減の薬法は此の如くの類。更に以て時に臨みて証に対し、消息増減して薬を用い、仍お時令に依りてこれを行うに、怠むこと無し也。更に鍼灸を加えて、其の効甚だ速し。

末治の道は、法当に寛緩なるべし。寛とは薬性平にして善く広服して毒無しを謂う。惟だ能く血氣を養い中を安んず。蓋し病証已に久しければ、邪気は潜伏して深くに至ることを為して、正氣は微少す。故に善薬を以て広服すれば正を養うこと多くして邪氣は自ずと去る。更に加うるに鍼灸を以てす。其の効必ず速やかなり。

夫れ療病の道、五治の法有るなり。和・取・従・折・属なり。

初治・中治・末治を鍼灸師も理解しておくべき

この章「三法五治」で挙げられている治法は実に実践的・臨床的である。病の盛衰、とくに病勢の盛んなステージに対する治療、それを過ぎたステージ、終息しかかったステージの各治療方針を提示している。

治法の初中末(初治・中治・末治)として分類している。
主に急性外邪性の病であろうが、病邪の勢いが最盛期の治療を“初治”とし、さらに病症を軽重に分けている。とくに病勢の重いものには薬勢の強い(疾利猛峻)ものを治療に使っている。

中治の要諦は“寛猛相済”である。
『孔子家語』正論解には「寛以濟猛、猛以濟寛、寛猛相濟、政是以和。(寛以て猛を濟(な)し、猛以て寛を濟(な)す。寛猛相い濟(な)す。政(まつりごと)は是を以て和す。)」とあり、民衆を治める政には寛と猛の使い分け・使いどころが要だとしている。治病においても同様に、その緩急の使い分けを要点とする。

“緩急の使い分け”と書くと、陳腐な表現で実感しづらいかもしれないが、本文では「養正去邪者、假令如見邪氣多正氣少、宜以去邪藥多、正氣藥少。凡加減藥法如此之類。」とあり、祛邪扶正の配分を具体的に示している。
【邪気>正気】の場合、治療配分として【祛邪:扶正】の割合をいかにするか?
まずは邪と正の比率を見極め、治療のさじ加減を行うことが腕の見せどころである。

末治の要は「寛緩」である。中治の「寛猛相済」と比較すると、イメージしやすいだろう。

「蓋為病証已久、邪氣潜伏至深而正氣微少。」
「善藥廣服養正多而邪氣自去。」
この病態は現代日本の鍼灸院に多くみられる病態および治病パターンではないだろうか。それだけに中治と末治の違いを理解しておくべきであろう。

本章の三法は漢方湯液治療だけでなく、鍼灸にも通ずるため機会をみて当会講座にて紹介したい。

鍼道五経会 足立繁久

尋衣撮空何藏所主 ≪ 三法五治論 ≫ 一治各有五 五五二十五治 如火之属衰于戌 金之属衰于辰 是也

原文 此事難知 三法五治論

■原文 此事難知 三法五治論

若五治不分邪辟、内作工不能禁。夫治病之道有三法焉。初中末也。

初治之道、法當猛峻者、謂所用藥勢疾利猛峻也。縁病得之、新暴感之軽得之、重皆當以疾利猛峻之藥急去之。

中治之道、法當寛猛、相濟為病得之、非新非久、當以緩疾得中。之養正去邪、相兼濟而治之。養正去邪者、假令如見邪氣多正氣少、宜以去邪藥多、正氣藥少。凡加減藥法如此之類。更以臨時對證、消息増減用藥、仍依時令行之、無怠也。更加鍼灸、其効甚速。

末治之道、法當寛緩。寛者謂藥性平善廣服無毒。惟能養血氣安中。蓋為病証已久、邪氣潜伏至深而正氣微少。故以善藥廣服養正多而邪氣自去。更加以鍼灸、其効必速。夫療病之道、有五治法焉。和取従折屬也。

 

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