『保赤全書』弁痘症以傷寒 第三

『保赤全書』(1585年 管橓)の紹介記事第3弾です。本章「弁痘症以傷寒」では、傷寒と痘瘡(天然痘)の共通点とその違いについて簡明に記されています。ウイルス概念の無かった当時、四診のみで鑑別せねばならなかった事情を慮ると本章の重要性も少しイメージしやすくなると思います。


※『保赤全書』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・弁痘症以傷寒 第三

『保赤全書』弁痘症以傷寒 第三

痘症の発熱は大抵、傷寒と相い似たり。
但だ傷寒は表より裏に入る、只だ一経の形証を見わす。
痘症は裏より表に出でて五臓の証皆な見わる。

呵欠煩悶の如くは、肝証也。
乍ち涼乍ち熱、手足稍冷え、多く睡るは、脾証也。
面躁き腮赤く咳嗽嚏噴するは、肺証也。
驚悸するは、心証也。
尻冷え耳涼るは、腎の平証也。

又、心窩を観るに紅色有るに、耳後に紅筋赤縷有り。或いは身熱し手指皆な熱す。惟だ中指独り冷ゆ(男左女右)、乃ち知らぬ。是れ痘症也。
故に已上、五臓の証、独り見るること多き者は、即ち其の臓の毒の特(ひとり)甚しきを主る。これ治の要、此の意を識る。

如(も)し肝症多くは川芎・梔子仁・青皮の属を用いよ。
肺証の多くは黄芩・知母・地骨皮の属を用いよ。
心症の多くは黄連・木通の属を用いよ。
脾症の多くは防風・甘草の属を用いよ。
惟だ腎のみ証有るに宜(よろし)からず、如(も)し耳熱し尻熱するときは則ち邪は腎に在り。黄檗・木通・茯苓・猪苓の属を用いよ。
此れ其の大略也。
臨機応変は其の人に存する。

痘瘡と傷寒の違いは明確に

痘瘡(天然痘)と傷寒との違いについて説明している章です。
初期症状だけでみると、痘瘡と傷寒とは互いに似ています。しかし、その鑑別診断の重要性を現代人である我々が理解するのは容易ではないだろうと思われます。

天然痘の初期症状は「発熱」「頭痛」「節疼痛」「腰痛」として挙げられており、傷寒病の症状と共通する点が多いです。発疹(痘疹)が発現する前の段階で、適切な治療を加えることが重要なのは言うまでもありません。
初期段階でいかに診断し適切な治療を加えるか?は臨床上とても重要なことです。そしてなにより本章を理解することは、傷寒と痘瘡とを比較することで痘瘡病理を理解することにもつながります。

また症状が似ているだけに、その病理の違いを理解しなければ、傷寒と痘瘡を鑑別することは困難なものとなります。マニュアル診断では手に負えない局面も多々あることでしょう。

痘瘡と傷寒、それぞれの共通点と違い

痘瘡と傷寒、両者の共通点と違いについて整理しておきましょう。

➢ 共通点は外邪が関与すること。(初期症状はもちろんのこと)

➢ 違いその①「一経ずつ」と「五臓の証が全て現れる」こと
➢ 違いその②傷寒は「外から内」、痘瘡は「内から外」のベクトルにあること

①傷寒が一経ずつという点では「太陽病」「陽明病」「少陽病」「太陰病」「少陰病」「厥陰病」と各経・各病位に分けられている点を指しています。
相違点②は言うまでもないですね。

各臓の症状は本文に列挙されている通りです。

腎の平証と病証と…

また興味深い記述は「尻冷え耳涼るは、腎の平証也。」です。
この所見は変蒸と熱病の鑑別法として、各小児科医書に必ず記載されている情報です。発熱していても「臀部と耳とが冷たければ、それは熱病ではなく変蒸である。」と。それだけに「腎の平証」である、と本文でも明記されています。
なぜ変蒸が腎の平証なのか?
これは東洋医学の小児科を勉強した人なら説明する必要もないでしょうが、本文後文にて「もし臀部と耳とが熱するときは腎病である」と病証と平証を鑑別しているのは言うまでもありません。

これを踏まえてみれば、この記述「惟だ腎のみ証が有るのは宜しからず」の重要性も一層深みが加わるかと思います。
他の四臓の証(症状)も列挙されてはいますが、腎証(腎症状)は別格の扱いです。この腎証が特別扱いされている点が次章「痘症伝変」に繋がってくるのです。

氣血 ≪ 痘症以傷寒 ≫ 痘症伝変

鍼道五経会 足立繁久

原文 『保赤全書』辨痘症以傷寒 第三

■原文 『保赤全書』辨痘症以傷寒 第三

痘症發熱大抵與傷寒相似。但傷寒從表入裏、只見一經形証。痘症從裏出表而五臓之証皆見。
如呵欠煩悶、肝証也。乍涼乍熱、手足稍冷、多睡、脾証也。靣躁腮赤咳嗽啑噴、肺証也。驚悸、心証也。骫冷耳涼、腎之平証也。
又觀心窩有紅色、耳後有紅筋赤縷、或身熱手指皆熱。惟中指獨冷(男左女右)、乃知是痘症也。故已上、五臓之証、獨見多者、即主其臓之毒特甚、治之要識此意、如肝症多用川芎梔子仁青皮之属。肺証多用黄芩知母地骨皮之屬。心症多用黄連木通之屬。脾症多用防風甘草之屬。惟腎不宐有証、如耳熱骫熱則邪在於腎、用黄蘗木通茯苓猪苓之屬。
此其大略也。臨機應變、存乎其人焉。

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