氣血虧盈図『博愛心鑑』上巻 その③

『博愛心鑑』シリーズ第3回です。
しかし天然痘の知識がそもそも無いに等しく、東医的な痘疹・痘瘡の病理にも疎いため苦戦しております。しかし、もう少し根気強く読み進めていきましょう。

今回の「氣血虧盈図」の章では、痘疹における症状の軽重が氣血の虧盈、すなわち虚実に因るとしています。どの病においても、氣血の虚実は病勢を左右するものです。結局のところ痘疹に於いてもそれは同じことなのか?また虚実と言わず虧盈というのは何故なのか?について考察することがポイントになるのではないでしょうか


※『痘疹博愛心鑑』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・氣血虧盈の図

氣血虧盈の図

天道虧盈し、地道変盈する。此れ自然の理なり。
人の氣血も亦た然り。故に惟だ痘の証為(た)る、氣血に之(これ)虧盈の有らしむべからず也。
蓋し氣は天に体して、常に上に親しむ。血は地に体して、常に下に親しむ。氣には血を生ずるの功有り、血には氣を益(ま)すの理無し。
是の故に氣の虧くべからず。虧ければ則ち陽会すること及ばず、而して痘の圓暈の形は成らず。
血は盈つるべからず、盈つれば則ち陰は陽位に乗じて、痘の倒陥の禍い立ちどころに至る。
此の如き者は則ち交会不足して外剝・内攻の大患、復た拯(すくう)べき有らざるなり。(難治・不可治の證)此れ岐黄と雖も、尚(なお)何の益の有らんや。
予、故に虧盈の図を立て、以て其の治道を明らかにす。當に急務と先と為すを以て、必ず須らく氣の虧を益すべし。血を引きて入る。血、氣に入りて、氣が盈つれば則ち能く血の有余を制する。庶(こいねがわくば)以て大和を保合すべし。※1
諸の医者に告ぐ、氣血の易治するべからざることを知らしめて、之を謹みて以て斯の道を隆んにするなり。

※1:天當作大、出于易。
(版本による?)本文では「保合天和」とあるが保合大和とすべきという説。「保合大和」は易経彖伝に登場する言葉である。
天和とすれば、天の和であり、病人の治療に用いる言葉としては相応しくない。養生養生の道を説くのであれば、天和の方が相応しいであろう。

天然痘を知る人々であるからこその病理観

天地の道も人の氣血もまた自然の理であります。そして痘疹の症状も氣血の虧盈に左右されるという点においてはやはり自然の理に則した面を持ちます。

このような病理観をみると、大いなる自然の力に身を委ねるような諦観にも似た生命観にもみえます。これは天然痘という大きな脅威を、身を以て体感している人々だからこそ持ち得る病理観であり生命観でもあり、そして自然観にも感じるものがあると感じられますね。

氣が虧けるとどうなるの?

本文には「氣が虧ければ則ち陽会すること及ばず」とありますが、この表現は前章で説いていた“氣の血や毒に対する作用・働き”を言っています。続く文「痘之圓暈之形不成」とあるように、痘疹・痘瘡の形状の良し悪しやその形成にも氣の虧盈は影響するのです。

また氣とは反対に「血は盈つるべからず(血不可盈)」との病理も興味深いです。
もし血盈となれば、陰(血)は陽(氣)に乗じて、逆証となるのです。というのも、氣は「血が載せている毒を化す」という制毒能を有しています。そのため氣が血よりも優勢な状況というのは、痘疹病理においては由々しき事態なのです。

氣血虧盈に込められた微妙なニュアンス

このようにみると「氣血虧盈」の言葉には極めて緻密なニュアンスが込められています。
誤解を恐れずにいえば、「陰陽調和」「陰陽和平」のような「氣血に太過不及が無い状態」が理想なのではなく、微妙かつ絶妙に陽(氣)が陰(血)を制御できる関係性が好ましいとの意が含まれています。この点、前章では剛柔という陰陽の性でもって示唆されているのだと思います。
このようにしてみると前章の「二変」における「盛と長」、「三変」における「盈と虧」の関係もなんとなく分かってくるかと思います。

発生過程における氣血交会の解釈

これを踏まえて読むと「氣血交会」の意義も少しずつ理解が深まってくると思います。
生命の発生・成長の過程においては陰陽・氣血の盛旺の波が起こります(発生過程に限らず、生命の営みの全てにおいてこれは起こります)。陰陽互根と消長を繰り返しつつも、新しい生命の発育を進めているのです。

それと同時並行にて、先天的に保有する遺毒の抑え込み(制毒)も必要な作業です。この毒は「血に載る」という表現が採用されていますが、一般的にいうと“血統的に受け継ぐ毒”、“痘毒の継承は血のせい”などの表現に言い換えると分かりやすいかもしれませんね。

以上をまとめると…
➢ 痘毒は血に依る存在だからこそ、氣の力によって制御されるべきものである。
➢ しかし氣が一方的に強すぎても弱すぎても発生・成長・発育の妨げになる。
➢ もちろん血が強すぎても、それは同じであり、かつ毒の制御が困難になる。

といったところでしょうか。


※『痘疹博愛心鑑』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・氣血虧盈図の添文

氣血虧盈図

栄衛黒白の形を仮る / 陰陽、乾坤の道に逆らう
陽、陰に於いて陥る:〔元氣〕血載毒、毒は外より剥す、毒・毒、元氣続せず
陰、陽に於いて乗ず:〔元氣〕血絶氣陷毒、元氣及ばず 毒は内より攻む

陽が陰に陥いるとどうなる?

絵図の中心(ややズレるが)は〔元氣〕であり、その元氣に繋がるように〔血載毒〕と記されています。この血は陰であるため、絵図では黒色で示されています。
図のように外側が黒色で塗りつぶされた状態が、陰血(血載毒)が外位において優位となった状態です。すなわち外剝の病態といえます。

陰が陽に陥いるとどうなる?

ここでも絵図の中心(ややズレる)は〔元氣〕です。但し、その元氣は孤立したように黒色の中にポツンと描かれています。これは「元氣不及」を示しています。

元氣(この病態においては衛氣・陽氣に相当)は陰血(とくに血中の毒)を制御する存在ですから、元氣が黒色の中に封じ込まれるのは非常に悪証といえます。そのため“血に載る痘毒”は、氣に従って外位に表出することもなく、内位で縦(ほしいまま)にするのです。この病態を絵図では内攻としています。

外剝・内攻についてはまた「保元済会図説」の章で詳解されるでしょう。

気血交会図説 ≪ 氣血虧盈図 ≫ 氣血虧盈図説

鍼道五経会 足立繁久

原文 『博愛心鑑』氣血虧盈圖

■原文 『博愛心鑑』 氣血虧盈圖

天道虧盈地道變盈。此自然之理也。人之氣血亦然。故惟痘之爲證、不可使氣血之有虧盈也。葢氣體天而常親乎上、血體地而常親乎下。氣有生血之功、血無益氣之理。是故氣不可虧。虧則陽會不及、而痘之圓暈之形不成。血不可盈、盈則陰乗陽位、而痘之倒陷之禍立至。如此者則交會不足外剝内攻之大患、不復有可拯矣。此雖岐黄尚何益之有哉。予故立虧盈圖、以明其治道。當以急務爲先、必須益氣之虧。引血而入血入氣氣盈則能制血之有餘。庶可以保合天和※1.
告諸毉者、使知氣血之不可易治、而謹之以隆斯道焉。
※1:天當作大出于易

 

原文 『博愛心鑑』氣血虧盈圖の添文

■原文 『博愛心鑑』 氣血虧盈圖

榮衛假黑白之形 / 陰陽逆乾坤之道
陽陷於陰:〔元氣〕血載毒、毒從外剥、毒・毒、元氣不續・毒・毒
陰乗於陽:〔元氣〕血絶氣陷毒、元氣不及 毒從内攻

 

 

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