栗園医訓五十七則(橘窓書影より)その4


※『橘窓書影』画像は京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下、青枠内が本文です。

その38、脈診における縦と横

一、 脉学は先ず浮沈二脉を経とし、
緩緊遅数滑濇六脉を緯として病の進退 血氣の旺衰を考究するときは、
其の餘の脉義 追々手に入るものなり。

脈学、脈診における医則です。浅田宗伯先生の脈診観も必見必読です。
まず脈位を経(たていと)と位置付けておられるのは卓見であります。そして緯(よこいと)を緩・緊・遅・数・滑・濇などの脈状・脈数を挙げておられます。

浅田先生の仰る通り、数々ある脈をただ同列に覚えようとしても、その意味は理解できないでしょう。この点『瀕湖脈学』では脈の形状(体状詩)、類似の脈(相類詩)、関連病症(主病詩)を通じて一つの脈理を解する脈学法を提示しています。この点は見習い採り入れるべきだと思います。

脈が示す意味(脈理)が分からなければ臨床には応用することは到底できないと私は思います。
それぞれの脈が持つ「脈と病と血氣との相関関係」を理解することで、他の脈についても追々理解できるものなのです。
ちなみに蛇足かもしれませんが「浮沈遅数緩緊滑濇で脈は十分である」という意味では決してありません。

その39、脈を捨て証を取る、証を捨て脈を取る

一、脉を捨て證を取ることあり。脉沈遅に柴胡承気を用ゆるの類これなり。
證を捨て脉を取ることあり。頭痛発熱に麻附細辛、四逆を用いるの類これなり。
取捨の間、即ち醫の樞機なり。精苦分別すべし。

「脈を捨て証を取る」「証を捨て脈を取る」という言葉で、浅田宗伯先生は臨床における判断の応変について述べておられます。
「取証捨脈、取脈捨証(脈を捨て証を取る、証を捨て脈を取る)」については機会を改めて記事にしようと思っておりますので、今回は略させていただきます。

その40、違和感を大事にすべし

一、 古人、病を診するに初一念と云うことあり。
是は常に病人を診するに、先ず其の容貌を見て、未だ其の脉を診せざる先に何とやらん初一念に叶わず、形氣あしく死相を具えたる病人あり。
又、初めて診するに何ほど苦悩強き病人も形氣、初一念にあしきことなく、死相具えざる者あり。
此の二つの者は未だ脉を診せずといえども、其の善悪 自然と初一念にうかぶ也。此の眼目を平生よくよく心懸けるべし。

望診のことを主に説いています。
初一念とは初めに受けた印象と言い換えてもよいでしょう。
パッと見たときに『どうも良くないな、これは…』と頭中に浮かぶとか、『なんとも腑に落ちない…』という感覚的なものです。

これは望診に譬えると分かりやすいですが、脈診や腹診にもありますね。
触れるか触れる直前、もしくは触れる瞬間に『アレッ?』と思う感覚、でもよくよく診ると別段 悪い脈証・悪い腹証でもない…。
このような感覚を大事にすべしとあります。

この感覚は何に依るものか…と考えますに、違和感に根ざしているのではないか?と思うわけです。
人間がもつ生き物としての感覚、すなわち本能的に感じるものですね。生き物は自分(自分たち)と異物とを識別する機能が本来備わっているものです。

では臨床でいう異物とは何か?

それは正気を失った者、死期が迫った者です。
この違和感に気づくことは治療家として非常に大切な感覚であると思います。

その41、医家は活物の中に真理を見出すべし

一、醫の術は活物を向うに引き受けてすることなるに死物の規矩準縄を引きあててする事、間違いのことなり。
(華岡)青洲の活物窮理と云うことは尤のことなり。
醫範提綱や全體新論を讀みて醫医を論ずるものは夢中の談というべしなり。

死物から学んでいてはいけないということです。
『霊枢』では神機という表現がありますが、生命が持つ妙というものがあります。

『醫範提綱(医範提綱)』『全體新論(全体新論)』とは西洋医学系の書です。ともに精緻な解剖図がありとても美しい資料です。
『医範提綱』は江戸期の蘭方医、かの宇田川玄真によるものです。
『全体新論』には胃経、小腸経、大腸経、肝経、膽経、脾経、心経…との言葉が記載され、素問の一節を少々引用されてはいますが、経絡とは異なる解剖学的人体観を記載しています。
東医用語を使いつつも西洋医学の内容を表わす流れの初期の医書といえるのではないでしょうか。

さて重要なのはここから。
浅田先生の仰る主張は「解剖学は死物を基にする人体観である。我々医者は生きた人を治す医学である。死物のみを手本とするなかれ。」ということです。

また華岡青洲(1760-1835年)の言葉「活物窮理」が引用されています。「活物窮理」とは、活物の中に真理を求め窮めるという考え方です。
死物ではなく活物を診る、活き活きとした健康を求める医学・医術であるからこそ、生きたものや動きの中にこそ理を求める思想が必要なのです。

その42、その人のレベルや生命観が分かる一枚起請

一、 醫家の一枚起請ということあり。
胸膈くつろがざれば心下はすかず。
表解せざれば裏和せずと云う如き肝要の手段を領得するを云うなり。

医家にも一枚起請あり。
法然上人は死に際して弟子に一枚の遺言を遺しました。その内容は「念仏の教えとその実践の要点を一紙にまとめた法語といえる。」web版 新纂浄土宗大辞典より)と説明され、これが一枚起請文と言われています。

これと同様、医家それぞれに一家言のようなものがあるはずです。要訣・要諦と言い換えてもいいかもしれません。
浅田宗伯先生の一枚起請とは「胸膈が寛がざれば心下は空かず(胸膈が閉塞すれば心下もまた痞える)」「表解せざれば裏和せず(表を解せば裏もまた和す)」といったもの。

鍼灸師の立場であれば、どのような一枚起請文とするでしょうか。経穴経絡や衛気営気などの無形の要素も含まれるので、湯液家よりも観念的な表現が増すかもしれません。

当会の流儀であれば「診鍼一貫(診法と鍼法は一貫して行うべきもの)」そして「鍼道五経(鍼の道は一つに非ず、衛気・営気・水・血・神の五経を理解し工夫せよ)」となります。
一個人の治療になると、現時点では「無形においては補中升降、有形においては通腑」となるでしょうか。

この一枚起請・医の要訣は、各治療家のその時のレベル、そして主に診ている患者さん層や疾患群によって変わるものだと思います。
いずれにせよ、その医家の生命観や治病観が垣間見れるものでもあります。

その43、品よく美しく治療すべし

一 、病人、其の勢猛烈にして対證の薬を用いて、反って扞格(かんかく)の勢い益々熾(さか)んになる者は、彼の幕にて鉄砲を受ける術を行うべし。
是、萬病に望む第一の心得なり。

この医則は和田東郭(1744-1803年)の『蕉窓雑話』の中にある一節です。

病勢が強く、薬剤を投じるも反ってその症が盛んとなるケースがあります。扞格とは「相手を受け入れない」という意であり、ここでは薬能と病邪が相い搏つことを指していると解釈できます。

とはいえ、まずは和田東郭先生の言葉を読んでみましょう。一節だけでは分からないので、意味を理解するためひと段落そのまま引用します。

疫症に大柴胡或大柴胡加芒硝など用いて解熱して後、大いに肝氣動じて譫言妄語して狂の如く、是を攻めれば攻めるほど其の勢い盛んに成るものなり。此の處にて取りあつかいあし(悪し)ければ、必ず仕損ずる者なり。
余、往年此の症にやはり下剤を用いて居て何分治せざりしを、一毉 至りて小剤の十一味温膽湯を用いたれば服すること一貼にして譫妄さっぱりと止めたることあり。又、同症に腹診の差別ありて抑肝散を用いて治したることもあり。常々云いたる如く、凡の病人其勢猛烈にして對症の藥を用いては反て扞格して勢ますます盛んに成るべき者は彼幕にて鐡炮を受るの術を行うべし。是、万病を望むに第一に心得べきものなり。
故につつかかり(つっかかり)に四逆散加大黄とも行うべき症にても何分其藥に激すべき勢いありて、或は藥こごとを云う者などは思いの外先ず小剤の理氣湯と云う様なる者を用いて一きわやはらぐべし(ひと際 和らぐべし)。其にて一旦やはらぐ處をつけこみ的當の剤を用ゆべし。とかく(兎角)治術はいか體の手きわ(手際)もしかねぬ力量ありて綺麗に品よく療治すべし。
『蕉窓雑話初編』東郭和田先生燕語より

治療を加えたものの邪勢が甚だ強ければ、簡単には邪を発し追い出すことができず、邪正相争は益々盛んとなる…と、このように理解することも可でしょう。

しかし病邪と治法が反発し合う状態に対し、真っ向から力押しせずとも、ヒョイと軽くいなすような治療で片が付くこともあります。
力の象徴である武器(ここでは鉄砲)をやわらかい幕でもって、その勢いを殺し包み込むような技があります。武道武術を嗜む方ならイメージしやすいのではないでしょうか。反発しようとするエネルギーを逸らして自分の思う方向に進める身のこなし・力の運用と表現しましょうか。

治療に限らず人は対立すると、あの手この手を尽くして頑張るものですが、そうではない手もあります。このことを綺麗に品良く事を運ぶべし…と、和田東郭のこのような物言いから彼の人となりが想像できる治病観でもあります。

その44、固定観念は捨てよ

一、 服薬の法、徐服、頓服、冷服、或いは露宿、或いは時に先だって服すなど、
よく其の時合いを考えて、夫々の宜しき處に随うべし。
熱因寒用して附子を冷服せしむること最も妙用なり。

漢方薬は温服を日に三度とすることが多いですが、決して温服分三が鉄則ではありません。再服、徐服、頓服、冷服という服用法を挙げています。

熱因寒用とは『素問』至真要大論に登場する反治法の一つです。反治法とは正治の逆で、セオリーとは異なる変法を指します。
例えば、熱病には清熱、寒証には温法がセオリーです。しかし、反対に熱病に温熱剤を、寒証に寒涼剤を処方します。

また、温熱処方に少しの寒藥を、寒涼処方に少しの温熱薬を加えることを反佐といいます。料理でいうと苦味を少し加えることで甘味をより一層引き立てるといったところでしょうか。
浅田宗伯は附子という熱薬を冷服という手段で以って反治しているわけです。

熱病に対して寒というエッセンスを加えて治療する手段は『素問』刺熱論にも記載があります。
「諸治熱病、以飲之寒水、乃刺之。必寒衣之、居止寒處、身寒而止也(諸々の熱病を治するには、以て之に寒水を飲ませ乃ち之を鍼刺する。必ず之を寒衣せしめて、寒処に居止せしめ、身寒して止む也。)」

この文の解釈に諸説細かな違いがあるようですが、ただ寒水を飲ませても熱は解しません。下手すれをば陽明腑の裏熱がより盛んとなるでしょう。おそらくは「乃刺之」がポイントではないか?と思います。
胃腑に寒水を入れ、残った表熱を素早く鍼で散解する。まごまごしていると裏を再熱させようと胃腑に熱が聚まりますから…と、このような想像をしますが未検証です…。

その45、大医たる器とは何かを考える

一、 醫に大家小家の別あり。
大家の療治風をよく見習うべし。
小家の療治を学べば、自然と小刀細工になり、上達せぬものなり。

医家に大家(大医)と小家(小医)の違いがあるといいます。“国医”とも称される浅田宗伯先生が仰ると実に説得力があります。

小家(小医)の治療は自然と小細工(手先のテクニック)に走るとのこと、分かるような気もします。鍼灸でいうと「某の病には某の経穴への鍼すればよい」など、how to 知識だけを集めるようなインフォ・コレクターやスキル・コレクターにならないように注意が必要です。この思考に陥ると病・症状しか見えなくなる傾向が強くなると思われます。

病を診るには人をみなければいけません。人をみるにはその人の周囲・家族・環境そして心情などの内外を観る必要があります。それら全てをひっくるめて治療にあたるのです。
いきなり大家(大医)を目指すというよりは、小医の段階からステップアップして視野を広げるようにしてみるのも良いと思います。視野を広げるには、空間的な展開と時間的な展開の両方を考えると良いでしょう。

余談ですが、医の大小というと真っ先に思い浮かぶのが「上医・中医・下医の違い」です。

「上医医国、中医医民、下医医病(上医は国を医す、中医は民を医す、下医は病を医す)」という言葉が『小品方』にあるそうです。
『国語』晋語にも「…上医は国を医す。その次は疾人。…(文子曰、醫及國家乎。對曰、上醫醫國。其次疾人。固醫官也。)」とあります。

内経、難経にも上工、中工、下工の違いが記されていますが、その尺度は上記の内容とは異なるものです。

また唐代の『備急千金要方』巻一 診候第四にも「上医医国、中医医人、下医医病(上医は国を医す、中医は人を医す、下医は病を医す)」とあり『小品方』の流れを受けているようです。しかしこれだけでなく同じ診候第四に「上医医未病之病、中医医欲病之病、下医医已病之病。(上医は未病の病を医し、中医は病まんと欲する病を医し、下医は已病の病を医する。)」という言葉もあります。空間的広がりと時間的広がりの一例ですね。

各自の段階や必要性に応じ「大家・大医」たる条件や器を考えることで、自分自身の理想の鍼灸師像・治療家像を再確認することにも通じるかと思います。

その46、医案・カルテの良例

一、 醫按を書くには寇宗奭(こうそうせき)の『本草衍義(ほんぞうえんぎ)』の凡例の按、
許叔微(きょしゅくび)の『本事方(類証普済本事方)』の按を主とすべし。
創公傳の按は古文なれども儒者の手になりて学びがたし。

医案とはカルテのこと。症例報告、症例検討をするにも見習うべき良い例があります。
浅田宗伯先生は、寇宗奭(宋代の藥学者)、許叔微(宋代の医学家 1079-1154年)の著書の中にある按を見習うべし、と言っておられます。

また、創公(扁鵲倉公列伝の倉公)の医案にも触れています。倉公こと淳于意はカルテを記した最古の人物として知られていますが、『扁鵲倉公列伝』に記されていた記録は儒者によって書かれており、医療用としては参考にならないとの浅田先生の評です。

参考までに各書内にあった症例を以下に引用してみます。浅田先生、間違っていたらごめんなさい…。

『本草衍義』巻三の序例下の一症例 ー或る婦人の温病治療ー
又、婦人病温 已十二日、診之、其脈六七至而澁。寸稍大尺稍小。
発寒熱、頬赤、口乾不了了、耳聾。
問之、病後数日、経水乃行。此屬少陽熱入血室也。
若不對病、則必死。
乃按其證、與小柴胡湯。服之二日。
又與小柴胡湯加桂枝乾薑湯、一日寒熱遂已。
又云、我臍下急痛。又、與低党丸。微利、臍下痛痊、身漸涼和。
脈漸匀、尚不了了、乃復與小柴胡湯。
次日云、我但胸中熱燥、口鼻乾。及少與調胃承気湯。不得利。
次日又云、心下痛。又與大陥胸丸半服、利三行。
而次日、虚煩不寧。時妄有所見、時復狂言。
雖知其尚有燥屎、以其極虚、不敢攻之。遂與竹葉湯。去其煩熱。
其夜大便自通、至暁両次。中有燥屎数枚。而狂言虚煩盡解。
但咳嗽唾沫、此肺虚也。若不治、恐乗虚而成肺痿。
遂與小柴胡去人参大棗生薑加乾薑五味子湯。一日欬減、二日而病悉癒。已上皆用張仲景方。


婦人、温を病みて已(すで)に十二日、これを診して、その脈六七至にして濇。寸稍(やや)大、尺稍(やや)小。
寒熱を発し、頬赤く口乾て不了了とせず(不了了たり)、耳聾す。
これを問うて、病後数日に経水乃ち行く。此れ少陽熱入血室に属する也。
若し病に対せざれば、則ち必ず死す。
乃ちその證を按じて、小柴胡湯を与える。これを服すること二日。
又 小柴胡湯加桂枝乾薑湯を与えること一日、寒熱遂に已む。
又云う、我の臍下急痛す。
又、低党丸(抵当丸)を与えて、微しく利し、臍下痛は痊(いえる)。身漸に涼和す。
脈漸に匀(ととのう)も、尚(なお)了了とせず。乃ち復た小柴胡湯を与える。
次日に云く、我の胸中熱燥し、口鼻乾く。及びて少しく調胃承気湯を与えるも、利すること得ず。
次日に又云う、心下痛む、と。
又、大陥胸丸を与えること半服、利すること三行。
而して次日、虚煩して寧せず。時に妄して見る所有り、時に復た狂言す。
それ尚(なお)燥屎有ることを知ると雖も、其の極虚を以て、敢えて之を攻めず。
遂に竹葉湯を与えて、その煩熱を去る。
其の夜 大便自ずから通じ、暁に至までに両次(二回通便)。その中に燥屎数枚有り。
而して狂言、虚煩は盡く解す。
但、咳嗽唾沫のみ(残る)、これ肺虚也。若し治せざれば、虚に乗じて肺痿と成ることを恐れる。
遂に小柴胡湯から人参大棗生薑を去り乾薑五味子を加えて与える。
一日にして欬減り、二日にして病悉く癒える。已上は皆 張仲景方を用いた。

上記の症例は婦人温病に罹患→月経がはじまる→熱入血室…という転機をたどります。
その病態に対し、小柴胡湯およびその加減方で治療、時に清法下法を用いて、病位や虚実が時々刻々と変化する病に対し臨機応変に対処していることが分かる症例です。
一回の治療キレイさっぱり治す症例を読むよりも勉強になります。

『類証普済本事方續集』巻一、「治諸虚進食生血氣并論」より ー或る婦人の翻胃を治療ー
有一婦人、年四十餘、患十年翻胃、面目黄黒。
歴三十餘人醫、不取効。脾兪諸穴、焼灸交遍、其疾愈甚。
服此藥(※)、不五七日間頓然無事、堅忍服至一月日、遂去其根。
自是服之、不三五服、些少脾疾立便痊平。能全胃氣生肌肉、進飲食、順榮衛、常服大有補益、累試累験、辛母忽焉。


※枳殻(二両)、木香(一両半)、丁香(半両)、牡蠣(二両半)、甘草、白茯苓(一両)
右(上記)為細末、米飲送下三銭不計時候。

一婦人有り、年は四十餘、十年翻胃を患う、面目黄黒。
三十餘人の醫を歴(へ)て、効を取らず。
脾兪諸穴に焼灸交遍れども、その疾愈(いよいよ)甚し。
この藥を服し、五七日せずして間、頓然として事も無し。
堅忍して服すること一月日に至る。遂にその根を去りぬ。
是より之を服し、三五服せずして、些少の脾疾立ちどころに便ち痊(いえ)平。
能く胃氣を全し肌肉を生じ、飲食は進み、榮衛順ず、常に服して大いに補益有り、累ねて試し累ねて験あり、忽(ゆるがせ)にすること毋(なかれ)。

上記の症例は浅田先生が推奨された『類証普済本事方』ではなく『類証普済本事方續集』からの引用になりますが…。
40代女性、10年来の翻胃、これまで30軒以上の医院・治療院をめぐるも効果は見られず、直近では脾兪などに灸治をするも、まったく好転せず症状はひどいまま…といった症例です。
まあ、お灸が出てていたので採り上げた症例ですが、生薬構成や所見から考えるに、脾兪へのお灸は間違っていないと思います。しかし、脾兪では足りない要素があったのでしょう。主穴を変えるべきか、募穴を用い、さらに組み合わせる従穴・客穴をどれにすべきか…といろいろ考える症例ですね。

その47、医学を学ぶ四科目

一、 醫学の次第、周には四職とす。
漢には醫経経方と定むれども、其の書傳わらず。
宋には、脉病證治の四科とす。是を規則とすべし。

周代の四職、漢代の医経経方についての詳しくは分かりません。
また浅田先生が云うには宋代には脈・病・證・治の四科を医を学ぶの条項、科目としたようです。

「脈」を学ぶ…これは「脈診を学ぶこと」なのでしょうが、鍼灸師としては脈診と経脈ともに修めることは必須です。
「病」を学ぶ…病因・病理・病機を学なぶということでしょう。
「証」を学ぶ…これは残り十則を踏まえて考えていきましょう。
「治」を学ぶ…治病法、治病観を学ぶということです。

その48、毒について学ぶ意義

一、 本草、毒草の部、もっとも鴻益(こうえき)あり。熟読すべし。

鴻益とは、多くの人にゆきわたる利益のこと。

「毒性を知る」こと、これは言い換えると「人体を傷害する機序を理解する」ということでもあります。
鍼灸でいうと禁鍼穴や禁灸穴をただ覚えるのではなく、鍼や灸そのものの傷害性を理解することが大事です。
それによって鍼灸が持つ本質的な治病機序を理解することにもなります。

ちなみに病理を解するトレーニングとして「●●の症状を生み出すには…」というシミュレーションはしばしば行います。この症状の発生機序が分かれば、逆を辿ることで治療ができるわけです。

鍼道五経会 足立繁久

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