外部講座の前に史蹟巡りを…「漢方医学復興の地」

先日(2023.01.29)は全国鍼灸マッサージ協会さんにお招きいただき、東京は小伝馬町にて外部講義に行ってまいりました。
「小伝馬町といえば、近くにこんな医史蹟がありますよ」と蒼流庵の濱口先生から教えていただきましたので、会場に行くその前に医史蹟巡りを少しだけ…ということで、ちょこっと寄り道してきました。


写真:「漢方醫學復興の地」(中央区日本橋浜町の公園内にて)


写真「石碑裏」に刻まれる碑文

碑文の内容は以下の通り。
「和田啓十郎先生は漢方医学がまさに絶滅せんとしたとき
この地において衣を薄うし
食を粗にして得たる資金を以て明治四十三年
醫界之鐵椎を自費出版し
漢方医学の復興に立ち上がった
今や漢方再興の気運に際会し
先生の旧趾に碑を建て
その偉業を顕彰するものである

昭和五十三年十月十日
日本東洋医学会
東亜医学協会
日本医史学会」

と、和田啓十郎先生はその著書「医界之鉄椎」とともに有名な方です。
昭和五十三年に建てられた碑文には「今や漢方再興の気運に際会し」とあります。

しかし、一方でわが鍼灸界はどうでしょうか。
鍼灸医学の再興の気運はみられるのだろうか。
SNSや各メディアでの鍼灸の露出は確かに増えた…が、伝統医学としての鍼灸、果たしてその再興は如何?
…と、神妙な面持ちになるのでありました。


写真:右石碑「吉田松陰終焉の地」、左石碑「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ぬとも 留置まし 大和魂」

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ぬとも 留置まし 大和魂」
この句を知る人は少なくありません。吉田松陰の辞世の句としてよく知られているからです。

幕末の維新において吉田松陰の影響力は大きく、明治維新あたりの歴史に興味がある方ならまず知らぬ人はいないと言えるでしょう。

また前述の和田啓十郎もまた漢方界に与えた影響力もまた大きいものであり、明治・大正・昭和・平成を経て、令和になった今もなおその名が斯界において知られている。

このような江戸と明治の先人の史蹟に触れ、神妙な気持ちになり会場に向かうのでありました。

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