補中益気湯の立方本旨『内外傷弁惑論』より

医王とも呼ばれる補中益気湯

補中益気湯は別名「医王湯」とも称し、補中益気湯への信頼やその実績が感じられます。現代では補気剤の代表格としてもよく知られていますが、果たして私たちは補中益気湯のこと正しく理解できているでしょうか?

補中益気湯を理解するにはそれ以前に李東垣が提唱した陰火学説を理解する必要があります。しかし、陰火学説についてはまた機会をみて詳解したいと思います。
今回の記事では補中益気湯について李東垣ご本人に教えを請うてみましょう。
ということで李東垣の『内外傷辨惑論』に記載されている立方本旨(補中益気湯を立てた本旨)を紹介します。

以下に引用文(書き下し文、原文は記事末に附記)を紹介します。

飲食勞倦論 立方本旨

「夫れ脾胃虚する者は、飲食労倦に因り、心火亢甚し、その土位に乗じて、その次は肺氣が邪を受ける。
須らく黄耆を最も多く、人参、甘草はこれに次ぎ用いるべし。
脾胃一たび虚すれば、肺氣先に絶する。
故に黄耆を用い以って皮毛を益して腠理閉じ、自汗をせしめず。その元氣を損じて、上喘氣短するを、人参以ってこれを補う。
心火が脾に乗ずるを、須らく炙甘草の甘で以って火熱を瀉して、脾胃の中の元氣を補う。
若し脾胃急痛並びに大虚して、腹中急縮する者には、宜しく多くこれを用うべし。経に云う「急する者はこれを緩む」。
白朮の苦甘温は、胃中熱を除き、腰臍間の血を利す。
胃中の清氣 下に在れば、必ず升麻、柴胡を加え以ってこれを引く。
黄耆、甘草の甘温の氣味を引いて上升して、能く衛氣の散解を補して、その表を実する也。
又、帯脈の縮急を緩め、二味苦平、味の薄き者は、陰中の陽にして、清氣を引いて上升する也。
氣、胸中に乱れて、清濁相干することを為すには、去白の陳皮を用いて以ってこれを理する。
又、能く陽氣の上升を助け、以って滞氣を散じ、諸甘辛を助けて用を為す。
口乾嗌乾には乾葛を加う。
脾胃氣虚して、升浮すること能わず、陰火がその生発の氣を傷ることを為す。栄血大い虧け、栄氣営せず、陰火熾盛す。これ血中の伏火、日に漸く煎熬し、血氣日に減ず。
心包と心は血を主る。血減ずるときは則ち心養う所無く、心をして乱れて煩せしむることを致す、病名けて悗と曰う。
悗なる者は、心惑して煩悶して安らず也。故に辛甘微温の剤を加えて陽氣を生ず、陽生ずれば則ち陰長ず。

或る人曰く、甘温 何ぞ能く血を生ぜん?
曰く、仲景の法に、血虚には人参を以ってこれを補う、陽旺すれば則ち能く陰血を生ず。更に当帰を以ってこれを和す。少しく黄檗を加え以って腎水を救い、能く陰中の伏火を瀉す。
煩猶(なお)止まざるが如しには、少しく生地黄を加え腎水を補う、水旺して心火自ずと降る。
氣浮、心乱れる如しには、硃砂安神丸を以ってこれを鎮固すれば則ち愈る。…(略)……。

我々は李東垣の時代に思い馳せることができるか!?

李東垣の陰火学説は現代人にとっては理解するのが難しい設定であると思います。
そもそも陰火発生の前提条件から理解しなければいけません。この当時の中国は異民族に蹂躙されその国土の半分を失った状態に近いといえます。

この辺りのエピソード(壬辰の変)は『脾胃論』の序文にサラッと、そして『内外傷辨惑論』に詳しく記載されています。

『脾胃論』序文
「…往者遭壬辰之變、五六十日之間為飲食勞倦所傷而歿者、将百萬人。…」『内外傷辨惑論』辨陰証辨陽証
「向者、壬辰改元、京師戒厳、迨三月下旬、受敵者凡半月解圍之後、都人之不受病者萬無一二、既病而死者、継踵而不絶、都門十有二所、毎日各門所送、多者二千、少者不下一千。似此者、幾三月、此百萬人。豈俱に感風寒外傷者耶。大抵人在圍城中、飲食不節、乃勞役所傷。不待言而知。由其朝飢暮飽、起居不時、甘温失所。動経三両月胃氣虧之久矣。一旦飽食大過、感而傷人。而又調治失宜。其死也。…」

また、李東垣の生まれは河北省ですが、戦乱を逃れ河南省開封にまで逃れたと言われています。(『内外傷弁惑論』『脾胃論』『蘭室秘蔵』解題 真柳誠先生)

その上で「飲食労倦」「心火亢甚」について考えるべきでしょう。

中には陰火を虚熱と混同している人もいるような気もします。
下焦(肝腎)の虚による火の上亢(陰虚陽亢)や戴陽とどのような違いがあるのか?
この点は陰火発生の機序や陰火における脈証とを併せて李東垣の生命観を考える必要があります。

※この資料は東京講座【経絡の正奇双修】にてテキストとして用います。

鍼道五経会 足立

■原文 立方本旨

夫脾胃虚者、因飲食勞倦、心火亢甚、而乗其土位、其次肺氣受邪、須用黄芪最多、人参、甘草次之。
脾胃一虚、肺氣先絶、故用黄芪以益皮毛而閉腠理、不令自汗。
損其元氣、上喘氣短、人参以補之。
心火乗脾、須炙甘草之甘以瀉火熱、而補脾胃中元氣。若脾胃急痛並大虚、腹中急縮者、宜多用之。経云「急者緩之」。
白朮苦甘温、除胃中熱、利腰臍間血。胃中清氣在下、必加升麻、柴胡以引之。引黄耆、甘草甘温之氣味上升、能補衛氣之散解、而實其表也。
又緩帯脉之縮急、二味苦平、味之薄者、陰中之陽、引清氣上升也。
氣亂於胸中、為清濁相干、用去白陳皮以理之、又能助陽氣上升、以散滞氣、助諸甘辛為用。
口乾嗌乾加乾葛。脾胃氣虚、不能升浮、為陰火傷其生発之氣、榮血大虧、榮氣不營、陰火熾盛、是血中伏火日漸煎熬、血氣日減。心包與心主血、血減則心無所養、致使心亂而煩、病名曰悗。
悗者、心惑而煩悶不安也。故加辛甘微温之剤生陽氣、陽生則陰長。
或曰、甘温何能生血。
曰、仲景之法、血虚以人参補之、陽旺則能生陰血、更以當歸和之。少加黄檗以救腎水、能瀉陰中之伏火。如煩猶不止、少加生地黄補腎水、水旺而心火自降。如氣浮心亂、以硃砂安神丸鎮固之則愈。…(略)……。」

 

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