芤脈・革脈・微脈・虚脈のトリアージ

瀕湖脈学の気になる矛盾?

李時珍 著の『瀕湖脈学』から気になるフレーズを抜き出して脈を考察します。

これまで芤脈・革脈・微脈・虚脈の書き下し文・原文を紹介しましたが、ちょっと気になる記述がありました。
各脈における長病と卒病の生死吉凶です。どこか気になるのか該当文を以下に抜き出しますね。

①芤脈では「三部脈芤、長病にこれを得れば生き、卒病はこれを得て死す。」(脈経)

②革脈では「三部脈革、長病にこれを得れば死し、卒病にこれを得れば生きる。」(脈経)
③微脈では「長病にこれを得れば死し、卒病にこれを得れば生く。」(李時珍)
④虚脈では「曰く、久病にして脈虚なる者は死す。」(経の出典不明)

『どこが気になるの???』と思う人もいるかもしれません。上記の文をよく見てみましょう。
まずは①芤脈の文と②革脈の文を比較から。

芤脈と革脈は同じ失血出血を主る脈だと習いましたが、どうでしょう?

気づきましたか?

病の急性と慢性(卒病と長病)において両脈の生死吉凶は正反対になっているのです。
コレ、矛盾にしていると思いませんか?

急病(卒病)は時間軸が基準

①芤脈は急性病(卒病)では死し、②革脈は急性病(卒病)では生きる…だそうです。

この文を比較すると、同じ失血でも芤脈は緊急性の高い脈状であり、革脈は緊急性の低い脈状であると考えられます。
(推測にはなりますが)一定時間における血の流出量の違いがポイントになると思われます。

芤脈は急激に血が流出することで生命が危険に曝されることを意味します。
対する革脈は一定時間における血の流出は緩慢であるため急病(卒病)では危険性は高くありません。しかし既に進行してしまった病態(久病)にとっては危険性が高いのが革脈であると言っています(この点については後述します)。いうなれば脈のトリアージとでも言いましょうか。

イラスト:START法・トリアージ…これは脈を診ている…のかな???

一旦まとめます。
芤脈は短時間における血の損失量が夥しく、血に比べて氣の損失量は少ない脈。
革脈は血の損失速度は緩慢ながらも、氣の損失量も相当量である脈であると考察できます。

次は長病の視点で芤・革の両脈比較です。

久病(長病)は陰陽の偏差が基準

芤脈は「長病にこれを得れば生き」であり、革脈は「長病にこれを得れば死す」です。
革脈は失血の脈ながらも氣の損耗度も高いため、慢性病(久病)で革脈が診られるのは宜しくありません。血も氣も消耗してしまうと回復の糸口がつかめないからです。故に「長病(久病)にこれ(革脈)を得れば死す」と言っているのでしょう。

しかし「長病に芤脈を得れば生きる」とあるのはどういうことでしょうか?
芤脈は“一定時間における血の流出量が高い”とは書きましたが、長病(慢性病)となると設定を変えて考えなければいけません。

長病(慢性病)設定においては、芤脈でロスしているのは血ではなく陰分となります。
この条件では、芤脈がもつ脈の要素「辺実中空」でみているのは「一定時間における血液の流出」ではなく「陰陽の偏差」であると考えるべきでしょう。

イラスト:陰陽の偏差をみるとは、時に血と氣・陰分と陽分・営と衛・臓腑と経…その時々で判断しなければならない

陰陽偏差でみると、芤脈が示すのは「陰分の消耗は大きいが、陽分は健在である」ということです。
陽分(氣)は回復するための余力・援兵であり、それらは最低限は残存しているのです。
長期の消耗戦に陥ったとはいえ、まだ立て直しを計ることは不可能ではありません。そのため「長病に芤脈を得れば生きる」と言えるのでしょう。

陰陽の比較論は設定が命

さて、ここまで読むと『なんだか都合の良いように解釈しているな~』と思う方もおられるでしょう。
しかし陰陽とはそういうものです。

陰陽では女と男は陰と陽でありますが、母と子では陽と陰になります。

この場合、女性が陰で男性が陽だが…


息子に対して無償の愛を与える母は陽の存在となる。

陰陽は比較条件によって自在に変化します。この自在性こそが陰陽論の真骨頂であります。

古典を読む際には、この陰陽比較論が重要で、固定された思考では理解できない場面が多々あります。
固定された思考で読むと古典の文は死物となります。

古人の言葉を活物とするには、その都度 最適の設定にアジャストさせる必要があります。
その際に注意すべきは(思考をグラフに譬えると)グラフの縦軸と横軸を正しく設定することです。

このことはよく鍼道五経会の講座で話すことです。

さて、あとの微脈・虚脈について「(微脈では)長病にこれを得れば死し、卒病にこれを得れば生く。」「(虚脈は)久病にして脈虚なる者は死す。」ですが、ここまで読むと後は推して知るべし、ですね。

鍼道五経会 足立繁久

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