『宋版傷寒論』少陰病の書き下し文と原文①

張仲景の少陰病編

太陰病編に続いて少陰病編に入ります。少陰病編はこれまでと打って変わって、生死に関わる重篤な病の段階になります。それはこれまでの編に比べて「死」という文字が多く記されている点から実感できると思います。


※『傷寒論』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文 弁少陰病編 第十一

■書き下し文 弁少陰病編 第十一

弁少陰病脈証并治第十一(合二十三法、方一十九首)

281)少陰の病為(た)る、脈微細、但だ寝んと欲する也。

282)少陰病、吐さんと欲して吐さず、心煩して但だ寝んと欲す、五六日して自利して渇する者は、少陰に属する也。虚する故に水を引きて自ら救う。若し小便の色白き者は、少陰病の形を悉く具わる。小便の白き者は、下焦は虚し寒有り、水を制すること能わざるを以ての故に色をして白からしむる也。

283)病人の脈、陰陽俱に緊、反て汗出る者は、亡陽也。此れ少陰に属す。法、當に咽痛して復た利吐すべし。

284)少陰病、欬して下利し譫語する者は、火氣を被り劫する故也。小便は必難し、強いて少陰の汗を責むるを以て也。

285)少陰病、脈細沈数、病は裏に在るを為す、汗を発すべからず。

286)少陰病、脈微なるは汗を発すべからず、亡陽する故也。陽已に虚し、尺脈の弱濇なる者は、復た之を下すべからず。

287)少陰病、脈緊、七八日に至りて、自下利し、脈は暴かに微し、手足反て温く、脈緊は反て去る者は、解せんと欲するを為す也。煩して下利すると雖も、必ず自ら愈ゆる。

288)少陰病、下利し、若しくは利自ら止み、悪寒して踡臥し、手足温なる者は、治すべし。

289)少陰病、悪寒して踡して、時に自ら煩し、衣被を去らんと欲する者は、治すべし。

290)少陰中風、脈陽微、陰浮なる者は、愈えんと欲すると為す。

291)少陰病、解せんと欲する時は、子より寅上に至る。

292)少陰病、吐利し、手足は逆冷せず、反して発熱する者は、死せず。脈の至らざる者は(至は一つに足と作す)、少陰に灸すること七壮。

293)少陰病、八九日、一身と手足が盡く熱する者は、熱が膀胱に在るを以て、必ず便血する也。

294)少陰病、但だ厥し、無汗而して強いて之を発するときは、必ず其の血を動ず。未だ何れの道より出づるかを知らず。或いは口鼻より、或いは目より出でる者、是れを下厥上竭と名づく、難治と為す。

295)少陰病、悪寒、身踡而して利し、手足逆冷する者は、治せず。

296)少陰病、吐利、躁煩、四逆する者は死する。

297)少陰病、下利止むに、而して(にもかかわらず)頭眩し、時時自冒する者は死する。

298)少陰病、四逆、悪寒し、而して身踡し、脈は至らず、煩せず而して躁なる者は死する。(一作に、吐利而して躁逆する者は死す。)

299)少陰病、六七日、息高する者は死する。

300)少陰病、脈微細沈、但だ臥せんと欲し、汗出でて煩せず、自ら吐さんと欲し、五六日に至りて自利し、復た煩躁し、臥寝することを得ざる者は死する。

301)少陰病、始め之を得て、反て発熱し、脈沈なる者は、麻黄細辛附子湯これを主る。方一。
麻黄(二両、節を去る) 細辛(二両) 附子(一枚、炮、皮を去る、八片に破る)
右(上)の三味、水一斗を以て、先に麻黄を煮て、二升に減じて、上沫を去る、諸薬を内れ、煮て三升を取り、滓を去る。一升を温服し、日に三服する。

302)少陰病、之を得て二三日、麻黄附子甘草湯にて、微しく汗を発す。二三日にて証の無きを以ての故に微しく汗を発する也。方二。
麻黄(二両、節を去る) 甘草(二両、炙る) 附子(一枚、炮、皮を去り、八片に破る)
右(上)の三味、水七升を以て、先に麻黄を煮ること一両沸させる。上沫を去りて、諸薬を内れ、煑て三升を取り、滓を去る。一升を温服し、日に三服す。

303)少陰病、之を得て二三日以上、心中煩し、臥するを得ず、黄連阿膠湯これを主る。方三。
黄連(四両) 黄芩(二両) 芍薬(二両) 雞子黄(二枚) 阿膠(三両、一に三挺と云う)
右(上)の五味、水六升を以て、先に三物を煮て、二升を取り、滓を去る。膠を内れ烊(よう)し尽くす、小しく冷やし雞子黄を内れ、攪して相い得せしめ、七合を温服す、日に三服す。

304)少陰病、之を得て一二日、口中和して、其の背悪寒する者、當に之に灸すべし。附子湯これを主る。方四。
附子(二枚、炮、皮を去り、八片を破る) 茯苓(三両) 人参(二両) 白朮(四両) 芍薬(三両)
右(上)の五味、水八升を以て、煮て三升を取り、滓を去る。一升を温服す、日に三服す。

305)少陰病、身体痛み、手足寒え、骨節痛む、脈沈なる者は、附子湯これを主る。五。(前第四方を用う)

306)少陰病、下利して便膿血する者は、桃花湯これを主る。方六。
赤石脂(一斤、一半全用。一半篩末) 乾姜(一両) 粳米(一升)
右(上)の三味、水七升を以て、煮て米を熟せしめ、滓を去る。七合を温服す。赤石脂末、方寸匕を内れる、日に三服す。若し一服して愈れば、余は服すること勿れ。

307)少陰病、二三日より四五日に至り、腹痛み、小便不利し、下利は止まず、便膿血する者は、桃花湯これを主る。七(前第六方を用う)

308)少陰病、下利し、便膿血する者は、刺すべし。

309)少陰病、吐利し、手足逆冷、煩躁し、死せんと欲する者は、呉茱萸湯これを主る。方八。
呉茱萸(一升) 人参(二両) 生姜(六両、切る) 大棗(十二枚、擘く)
右(上)の四味、水七升を以て、煮て二升を取り、滓を去る、七合を温服し、日に三服す。

310)少陰病、下利、咽痛み、胸満し心煩す、猪膚湯これを主る。方九。
猪膚(一斤)
右(上)の一味、水一斗を以て、煮て五升を取り、滓を去る。白蜜一升と白粉五合(熬りて香たるもの)を加え、和して相い得さしむる、温分して六服す。

311)少陰病、二三日にして咽痛む者、甘草湯を与うべし。差えざるは桔梗湯を与う。十。
甘草湯方
甘草(二両)
右(上)の一味、水三升を以て、煮て一升半を取り、滓を去る。七合を温服す、日に二服す。
桔梗湯方
桔梗(二両) 甘草(二両)
右(上)二味を、水三升を以て、煮て一升を取り、滓を去る、温分再服す。

312)少陰病、咽中傷りて瘡を生じ、語言すること能わず、声の出でざる者は、苦酒湯これを主る。方十一
半夏(洗う、破りて棗核の如くす、十四枚) 雞子黄(一枚、黄を去り、上苦酒を内れ、雞子殻の中に着する)
右(上)の二味、半夏を内、苦酒の中に著し、雞子殻を以て、刀環中に置き、火上に安んじ、三沸せしめ、滓を去る。少少これを含み嚥む。差えずは、更に三剤を作する。

313)少陰病、咽中痛、半夏散及湯これを主る。方十二。
半夏(洗う) 桂枝(皮を去る) 甘草(炙る)
右(上)の三味を、等分して各々別けて擣き篩する。之を合治し、白飲にて和す。方寸匕を服する、日に三服す。
若し散服すること能わざる者は、水一升を以て、煎じること七沸、散の両方寸匕を内れ。更に三沸煮る、火から下ろし小しく冷せしめ、少少これを嚥む。半夏は毒あり、當に散服すべからず。

314)少陰病、下利するは、白通湯これを主る。方十三。
葱白(四茎) 乾姜(一両) 附子(一枚、生、皮を去り、八片に破る)
右(上)の三味、水三升を以て、煮て一升を取り、滓を去る、分温再服す。

315)少陰病、下利、脈微なる者には、白通湯を与う。利が止まず、厥逆し、脈無く、乾嘔して煩する者は、白通加猪胆汁湯これを主る。湯を服し脈が暴かに出でる者は死する、微しく続くなる者は生く。白通加猪胆汁湯方十四。(白通湯は上方を用う)
葱白(四茎) 乾姜(一両) 附子(一枚、生、皮を去り、八片に破る) 人尿(五合) 猪胆汁(一合)
右(上)の五味、水三升を以て、煮て一升を取り、滓を去る。胆汁・人尿を内れ、和して相い得せしむる。分温再服す。若し胆無きは亦た用うべし(「以羊膽代之。」の加筆説あり、若し胆無きは亦た羊胆を以て之に代え用うべし…となる)。

316)少陰病、二三日にして已(い)えず、四五日に至り、腹痛み、小便不利、四肢沈重して疼痛し、自下利する者、此れ水氣の有るを為す。其の人、或いは欬し、或いは小便利し、或いは下利、或いは嘔する者、真武湯これを主る。方十五。
茯苓(三両) 芍薬(三両) 白朮(二両) 生姜(三両、切る) 附子(一枚、炮、皮を去り、八片に破る)
右(上)の五味、水八升を以て、煮て三升を取り、滓を去る、七合を温服す、日に三服す。
若し欬する者には、五味子半升、細辛一両、乾姜一両を加える。
若し小便利する者には、茯苓を去る。
若し下利する者には、芍薬を去り乾姜二両を加う。
若し嘔する者には、附子を去り生姜を加う、前に足して半斤と為せ。

317)少陰病、下利清穀し、裏寒外熱、手足厥逆し、脈微にして絶せんと欲す、身は反て悪寒せず、その人面色赤く、或いは腹痛み、或いは乾嘔し、或いは咽痛し、或いは利止みても脈出でざる者は、通脈四逆湯これを主る。方十六。
甘草(二両、炙る) 附子(一枚、生用、皮を去り、八片に破る) 乾姜(三両、強人は四両にして可なり)
右(上)の三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去る。分温再服す。その脈即ち出でる者は愈える。
面色赤き者には、葱九茎を加う。
腹中痛する者には、葱を去り芍薬二両を加う。
嘔する者には、生姜二両を加う。
咽痛する者には、芍薬を去り桔梗一両を加う。
利止みても脈の出でざる者には、桔梗を去り人参二両を加う。
病、皆な方と相い応ずる者は、乃ち之を服せ。

318)少陰病、四逆、その人或いは欬し、或いは悸し、或いは小便不利、或いは腹中痛み、或いは泄利下重する者には、四逆散これを主る。方十七
甘草(炙る) 枳実(破る、水漬し、炙りて乾す) 柴胡 芍薬
右(上)四味、各々十分し、擣きて篩す。白飲にて和し、方寸匕を服する、日に三服す。
欬する者には、五味子・乾姜各々五分を加う。并びに下利を主る。
悸する者には、桂枝五分を加う。
小便不利の者には、茯苓五分を加う。
腹中痛む者には、附子一枚を炮し坼せしめて加う。
泄利下重する者には、先ず水五升を以て、薤白三升を煮て、煮て三升を取る、滓を去り、散(四逆散)の三方寸匕を以て、湯中に内(い)れ、煮て一升半を取る。分温再服す。

319)少陰病、下利して六七日、欬而して嘔渇し、心煩して眠るを得ざる者、猪苓湯これを主る。方十八。
猪苓(皮を去る) 茯苓 阿膠 沢瀉 滑石(各一両)
右(上)五味、水四升を以て、先に四物を煮て、二升を取る。滓を去り、阿膠を内れ、烊して盡す。七合を温服し、日に三服す。

320)少陰病、之を得て二三日、口燥咽乾する者は、急ぎ之を下す、大承氣湯に宜しい。方十九。
枳実(五枚、炙る) 厚朴(半斤、皮を去る、炙る) 大黄(四両、酒洗) 芒消(三合)
右(上)四味、水一斗を以て、先ず二味を煮る、五升を取り、滓を去る。大黄を内れ、更に煮て二升を取り、滓を去る。芒消を内れ、更に火の上せて、一両沸せしめ、分温再服す。一服して利を得れば、後服を止める。

321)少陰病、清水を自利し、色は純青、心下は必ず痛む、口の乾燥する者は、之を下すべし。大承氣湯に宜しい。二十。(前第十九方を用う、一法に大柴胡を用う。)

322)少陰病、六七日、腹脹し、大便せざる者、急ぎ之を下す。大承氣湯に宜しい。二十一。(前第十九方を用う)

323)少陰病、脈沈なる者、急ぎ之を温むる。四逆湯に宜しい。方二十二。
甘草(二両、炙る) 乾姜(一両半) 附子(一枚、生用、皮を去り、八片に破る)
右(上)三味、水三升を以て、煮て一升二合を取り、滓を去る、分温再服す。強人は大附子一枚、乾姜三両にて可なり。

324)少陰病、飲食口に入りて則ち吐す。(又は)心中温温として吐せんと欲し、復た吐すること能わず。始め之を得て、手足寒え、脈弦遅なる者、此れ胸中実なり、下すべからず也。當に之を吐すべし。
若し膈上に寒飲りて、乾嘔する者は、吐すべからず也。當に之を温むべし、四逆湯に宜しい。二十三。(方は上法に依る)

325)少陰病、下利、脈微濇、嘔而して汗出でるは、必ず数(しばしば)更衣す。反て少なき者は、當に其の上を温め之に灸すべし。(『脈経』に云う、厥陰に灸す、五十壮にて可。)

少陰病に大承気湯だと!?

少陰病編では「宜大承氣湯」という条文が3つあります。(条文番号320、321、322)これは少陰病の三急下証とも呼ばれます。
脈は微細で、起き上がることもできない(少陰病の提綱)患者さんに大承氣湯でガツンッ!と下すって、大丈夫なのか!?と思われるかもしれません。とくに321条文の症状は自利清水とまであります。
仮に三急下証の治病機序を知っていても、いざ現場でその選択・決断をすることができるでしょうか?なぜなら判断を誤ると患者さんの生命に関わる段階にあるからです。

ではなぜ生死をかけた状態で、仲景方剤の中で最も強い攻下剤・大承氣湯を用いるのでしょうか?
その必要性・緊急性において、傷寒少陰病の進行よりも急下することが上であるということでしょう。
内藤希哲は陽明腑に在る強い邪熱が少陰位に(その熱を)波及して陰分を消耗する、それ故に急ぎ腑熱を下す必要があると説を提唱しています。この病態は後代の温病、近年の新型コロナ感染症(COVID-19)にもみられた病態と考えられます。

少陰病における吐利

少陰病編でも色々と取り上げるべき病症がありますが、本記事では吐利についてフォーカスを当ててみましょう。少陰病編44条文のうち「利」が挙げられているものが24条文あります。
(条文282283284287288289295296297(298)300306307308309310314315316317318319321325 です)

ちなみに「吐」が関わる条文は8条文。
条文282283292296(298)300309324 です。但し「吐利」と重複しているものもあり)

そして冒頭に書いた通り、少陰病編は「死」に近い病態がチラホラみえてくるステージです。

「死」というワードが確認できる条文は7条文。(条文番号292296267298299300315そのうち299条文を除く6条文が、「吐」「利」を起点に病態が進行して「死」に至る可能性を示す条文です。
また条文295も「死」の文字こそありませんが「利」から「不治」の流れが記載されています。このようにみると吐利という症状がいかに人の生死に深く関わっているかが分かります。

そしてこれら症状からも、少陰病は少陰腎・少陰心だけの病態ではないことも実感できます。
これまでの三陽病編の病伝は、太陽位から陽明位・少陽位…と、浅層から深層へのベクトルで病邪が侵攻してきました。しかし三陰病編に入ってからは、その病邪侵攻のベクトルが変わります。
心・脾胃・腎といった上下三臓を見据えた病伝もしくは病態になります。
この病理観は、次編の厥陰病編ならびに霍乱病編も同様にみる必要があります。

少陰病編の灸治、どの経穴を選ぶ?

「灸」が登場する条文は3つあります。条文292、304、325です。しかし実際の条文には「灸少陰七壮」「當灸之」「當温其上灸之。(脉経云、灸厥陰)」といった須体的な記載がありません。しかし、古典読みなら逆に考察のネタになるってものです。『自分ならどこに灸を行うか?』と、色々と考えてみましょう。

「灸少陰七壮」のばあい…

条文292「少陰病、吐利、手足不逆冷、反發熱者、不死。脉不至者(至、一作足)、灸少陰七壮。」

「少陰に七壮灸せよ」とありますが、文脈からみて少陰腎経上であることは明確です。これをさらに経穴で絞るなら兪土原穴である太谿が候補の一つとして挙がるでしょう。また太谿は少陰脉の直上に位置するため、「脈不至」という条件を満たしやすいでしょう。また「脉不至」の条件(※)であれば、復溜穴も候補に挙げても良いかと思います。

※「脈不至」という語句のみに注目するならば『鍼灸大成』に以下のような記述があります。

『鍼灸大成』巻八 瘡毒門

人の脈微細にして見われず、或いは見われ或いは無し。(これに対して)少陰経の復溜穴上に圓利鍼を用い、骨処に至るまで鍼するに宜し。鍼に順いて刺し下し、陽脈の回るを候う、陽脈が生ずる時に、方鍼を出だすべし。

■原文
人脉微細不見、或見或无。宜于少陰經復溜穴上、用圓利針針至骨處、順針下刺、候回陽脉、陽脉生時、方可出針。

とあります。しかし前文が狂犬咬傷、蛇咬傷の治療なので、狂犬病や蛇毒の症状の一環での脈不見の可能性は極めて大ではありますが…。

附子湯に加えて灸するならば…

条文304「少陰病、得之一二日、口中和、其背惡寒者、當灸之。附子湯主之。」
この条文には「當灸之」との灸の指示がなされています。

この条文は白虎加人参湯とよく比較して説明されています。とくに「背悪寒」という所見がポイントです。白虎加人参湯(条文169)にも「背微寒」という所見が記されています。また白虎加人参湯証には「口燥渇」という所見も随伴しており、附子湯所見の「口中和」との鑑別点となっています。

そして言うまでもなく、附子湯と白虎加人参湯は全く正反対の方意をもつ薬であります。ものすごく粗い表現ですが、白虎加人参湯は熱実証に対して効かせ、附子湯は虚寒証に対して効かせます。故に同じ背部の寒気(さむけ)を手掛かりに処方するにも、決して間違ってはいけない勝負の分かれ目なのです。

さて話は附子湯に戻ります。
「口中和」という所見から、裏に実熱が無いことが確認できます。そして「少陰病(脈微細、但欲寝)」「其背悪寒」という情報からも虚寒証が治療すべき病態であることが判断できます。故に〔附子、茯苓、人参、白朮、芍薬〕から成る附子湯が処方されるのです。となると、灸治の場所は何処にしましょうか?考察のしどころです。

浅田宗伯は『傷寒論考註』にて「背部経穴論」を述べています。

『傷寒論識』巻五 辨少陰病脉證并治

「灸之」の字、乃ち上文の「背悪寒」を承けて、背上を指して言う。夫れ灸とは気血を温め導くもの。傷寒(により)精気衰弱し、邪気を排斥する勢いを絶無した者には、宜しく之を用いて以て輔治の法と為すべし。故い今その背上に灸して、以て邪を散じ陽を復する也。

■原文
灸之〃字、乃承上文背悪寒、指背上而言。夫灸者温導気血、傷寒精気衰弱、絶無排斥邪気之勢者、冝用之以為輔治之法。故今灸其背上、以散邪復陽也。

なるほど経穴名こそ明記されていませんが、分かりやすい説明です。この「輔治の法」という言葉もポイントですね。

次に宗伯先生とは反対意見の背部穴否定派のご意見を紹介しましょう。森立之先生です。

『傷寒論考註』巻第廿五 辨少陰病脈證并治第十二

案ずるに、「當に之に灸すべし」とは、腹部及び四末の灸を謂う也。肩背の灸を謂うに非ざる也。蓋し内寒閉結が最も甚しく、大剤の附子湯を用うと雖も、全身の経脈に達せざるを恐れる。故に内は薬を用い、外は之に灸し、薬氣をして全身に周遍ならしむるの意也。……
……安政戊午(1858年)の秋、江戸に暴瀉の病が流行し、病まざる者の(居る)処無し、東葛飾の一村に老婆、馬の湯を浴するを以て生を為す者有り。一田夫が忽ち暴瀉の病に逢う。老婆、藁醮湯を以て四末の冷処并びに腹腰を煖むること、恰も浴馬の状の如く、一日に此の法を行い而して愈ゆる。爾る後は、此の一村にて同じく病む者数人、皆な此の法に依りて、活きざる者は無し。是れも亦た外灸法の一変にして蒸剤と為す者………

■原文…
案、當灸之者、謂腹部及四末之灸也。非謂肩背之灸也。蓋内寒閉結最甚、雖用大劑附子湯、恐不達全身經脉、故内用藥、外灸之、令藥氣周遍於全身之意也。……
……安政戊午之秋、江戸暴瀉病流行、無處不病者、東葛飾一村有老婆、以浴馬之湯爲生者。一田夫忽逢暴瀉病、老婆以藁醮湯煖四末冷處并腹腰、恰如浴馬之状、一日行此法而愈。爾後此一村同病者數人、皆依此法、無不活者。是亦外灸法之一變而爲蒸劑者……

なるほど、森立之先生の言い分も最もですね。わざわざ大剤である附子湯を用いる理由は「内寒閉結」が強いためである。そのため全身の十二経に陽氣を通達させる必要があるのだ。故に灸すべき経穴は背部経穴ではなく、裏に対して効かせる腹部経穴であるべきだ(腹背では腹部が陰、背部が陽であるからです)。
一例に挙げている老婆の経験法-浴馬の湯治方-も面白い例ですね。藁醮湯に関する詳しい情報は分かりませんでしたが、温める部位が恰も浴馬のようになるというイメージはしやすいですね。

なるほど森先生の意見もごもっともです。
それでは鍼灸師らしい考察で敢えて異なる案を提出しましょう。

「心兪・腎兪」に灸治を行うのも一法だと思われます。両穴は腰背部にあり太陽膀胱経上の経穴ですが、臓氣を輸する背兪穴でもあります。背上にありながら裏に達することができる治穴として上記条件を満たし得ると考えます。
またこの選穴灸治は、裏臓だけでなく経脈に対する温補の兼ねています。
面頭部から足先まで流域面積の広い太陽膀胱経に灸治を行うことで、全身への陽氣を行らす作用も視野に入れてます。太陽経の中でも膀胱経は“陽脉の海”たる督脈の傍を流れる経脈ですので、十二経に陽氣を通達させたいという附子湯の主旨にも合致するのです。この点においては腹部灸治よりも条件を満たしていると思われます。

少陰病で下利、脈微濇…

条文325「少陰病、下利、脉微濇、嘔而汗出、必數更衣、反少者、當温其上灸之。(脉経云、灸厥陰。可五十壮。)」

この条文にある灸治情報はこれ。「當にその上を温め之に灸すべし(當温其上灸之)」です。そして、その症状は「下利、脉微濇、嘔而汗出、必數更衣、反少者」

以上の条件を考えると、腹部(とくに臍下周辺)の腎経上経穴が候補に挙げられるかと思います。また腎経交会穴である関元(任脈と肝経・脾経・腎経)も分かりやすいでしょう。また神闕も選択肢の一つです。神闕は少陰腎経は関与していませんが、任脈と心経・脾経・胃経の交会穴です。
「脈経云、灸厥陰」という情報を加味すると、やはり関元が第一候補となるでしょうか。

『傷寒論考註』(森立之 著)には以下のような説明が註されています。

『傷寒論考註』巻第廿五 辨少陰病脈證并治第十二

「…「温其上」というは、その少陰経上を熨することを言う。即ち臍傍の二行、肓兪穴、中注穴、四満穴、氣穴穴、大赫穴の五穴など是なり。蓋し之を温むるとは熨を言う也。…(中略)…「灸之」の二字句も、亦た少陰経上に於て又これに灸するを謂う。蓋し然谷、太谿、太鐘などの穴、是なり。…。」

■原文…
…温其上者、言熨其少陰經上、即臍旁二行肓兪、中注、四滿、氣穴、大赫五穴等是也。蓋温之言熨也。古温熨一聲、平爲温、入爲熨也。灸之二字句、亦謂於少陰經上、又灸之。蓋然谷、太谿、太鐘等穴是也。…

このように「温其上」「灸之」と分けて、「熨法」と「灸法」の温補治療を組み立てています。腹部と少陰腎経という「腹部(陰・裏)」と「足部(四末・陽)」の二方面からの温補を行うのはなるほど秀逸な治法だと唸らされます。さらに灸法と熨法と熱の広狭・緩急にアクセントを付けている点はさらにニクイご指摘だと思います。

鍼道五経会 足立繁久

太陰病編 第九 ≪ 少陰病編 第十 ≫ 厥陰病編 第十二

原文 辨少陰病脉證并治第十

傷寒論巻第六

少陰之為病、脉微細、但欲寐也。
少陰病、欲吐不吐、心煩但欲寐、五六日自利而渇者、屬少陰也。虚故引水自救。若小便色白者、少陰病形悉具、小便白者、以下焦虚有寒、不能制水、故令色白也。
病人脉陰陽俱緊、反汗出者、亡陽也。此屬少陰、法當咽痛而復利吐。
少陰病、欬而下利讝語者、被火氣劫故也。小便必難、以强責少陰汗也。
少陰病、脉細沈數、病為在裏、不可發汗。
少陰病、脉微不可發汗、亡陽故也。陽巳(已)虚、尺脉弱濇者、復不可下之。
少陰病、脉緊、至七八日、自下利、脉暴微、手足反温、脉緊反去者、為欲觧也。雖煩下利、必自愈。
少陰病、下利、若利自止、惡寒而踡臥、手足温者、可治。
少陰病、惡寒而踡、時自煩、欲去衣被者、可治。
少陰中風、脉陽微陰浮者、為欲愈。
少陰病、欲觧時、從子至寅上。
少陰病、吐利、手足不逆冷、反發熱者、不死。脉不至者(至、一作足)、灸少陰七壮。
少陰病、八九日、一身手足盡熱者、以熱在膀胱。必便血也。
少陰病、但厥無汗而强發之。必動其血、未知從何道出。或從口鼻、或從目出者、是名下厥上竭、為難治。
少陰病、惡寒身踡而利、手足逆冷者、不治。
少陰病、吐利躁煩、四逆者死。
少陰病、下利止、而頭眩、時時自冒者死。
少陰病、四逆惡寒、而身踡、脉不至不煩而躁者死。(一作吐利而躁逆者死。)
少陰病、六七日、息髙者死。
少陰病、脉微細沈、但欲臥、汗出不煩、自欲吐、至五六日自利、復煩躁、不得臥寐者死。
少陰病、始得之、反發熱、脉沈者、麻黄細辛附子湯主之。方一。
麻黄(二兩去節) 細辛(二兩) 附子(一枚、炮、去皮、破八片)
右三味、以水一斗、先煑麻黄、減二升、去上沫、内諸藥。煑取三升、去滓。温服一升、日三服。
少陰病、得之二三日、麻黄附子甘草湯。微發汗、以二三日無證、故微發汗也。方二。
麻黄(二兩、去節) 甘草(二兩、炙) 附子(一枚、炮、去皮、破八片)
右三味、以水七升、先煑麻黄一兩沸、去上沫、内諸藥。煑取三升、去滓。温服一升、日三服。
少陰病、得之二三日以上、心中煩不得臥、黄連阿膠湯主之。方三。
黄連(四兩) 黄芩(二兩) 芍藥(二兩) 雞子黄(二枚) 阿膠(三兩、一云三挺)
右五味、以水六升、先煑三物、取二升、去滓。内膠烊盡、小冷内雞子黄、攪令相得、温服七合、日三服。
少陰病、得之一二日、口中和、其背惡寒者、當灸之。附子湯主之。方四。
附子(二枚、炮、去皮、破八片) 茯苓(三兩) 人參(二兩) 白朮(四兩) 芍藥(三兩)
右五味、以水八升、煑取三升、去滓。温服一升、日三服。
少陰病、身體痛、手足寒、骨節痛、脉沈者、附子湯主之。五。(用前第四方)
少陰病、下利便膿血者、桃花湯主之。方六。
赤石脂(一斤、一半全用。一半篩末) 乾薑(一兩) 粳米(一升)
右三味、以水七升、煑米令熟、去滓、温服七合。内赤石脂末方寸匕、日三服。若一服愈、餘勿服。
少陰病、二三日至四五日、腹痛、小便不利、下利不止、便膿血者、桃花湯主之。七(用前第六方)
少陰病、下利、便膿血者、可刺。
少陰病、吐利、手足逆冷、煩躁、欲死者、呉茱萸湯主之。方八。
呉茱萸(一升) 人參(二兩) 生薑(六兩、切) 大棗(十二枚、擘)
右四味、以水七升、煑取二升、去滓、温服七合、日三服。
少陰病、下利、咽痛、胷滿心煩、猪膚湯主之。方九。
猪膚(一斤)
右一味、以水一斗、煑取五升、去滓。加白蜜一升白粉五合熬香、和令相得、温分六服。
少陰病、二三日咽痛者、可與甘草湯。不差與桔梗湯。十。
甘草湯方
甘草(二兩)
右一味、以水三升、煑取一升半、去滓、温服七合、日二服。
桔梗湯方
桔梗(二兩) 甘草(二兩)
右二味、以水三升、煑取一升、去滓、温分再服。
少陰病、咽中傷生瘡、不能語言、聲不出者、苦酒湯主之。方十一
半夏(洗、破如棗核、十四枚) 雞子黄(一枚、去黄、内上苦酒、着雞子殻中)
右二味、内半夏、著苦酒中、以雞子殻、置刀環中、安火上、令三沸、去滓、少少含嚥之。不差、更作三劑。
少陰病、咽中痛、半夏散及湯主之。方十二。
半夏(洗) 桂枝(去皮) 甘草(炙)
右三味、等分各別擣篩巳(已)、合治之。白飲和。服方寸匕、日三服。若不能散服者、以水一升、煎七沸、内散兩方寸匕。更煑三沸、下火令小冷、少少嚥之。半夏有毒、不當散服。
少陰病、下利、白通湯主之。方十三。
葱白(四莖) 乾薑(一兩) 附子(一枚、生、去皮、破八片)
右三味、以水三升、煑取一升、去滓、分温再服。
少陰病、下利、脉微者、與白通湯。利不止、厥逆、無脉、乾嘔煩者、白通加猪膽汁湯主之。服湯脉暴出者死、微續者生。白通加猪膽汁湯方十四。(白通湯用上方)
葱白(四莖) 乾薑(一兩) 附子(一枚、生、去皮、破八片) 人尿(五合) 猪膽汁(一合)
右五味、以水三升、煑取一升、去滓、内膽汁人尿、和令相得、分温再服。若無膽亦可用。
少陰病、二三日不已、至四五日、腹痛、小便不利、四肢沈重疼痛、自下利者、此為有水氣。其人或欬、或小便利、或下利、或嘔者、真武湯主之。方十五。
茯苓(三兩) 芍藥(三兩) 白朮(二兩) 生薑(三兩、切) 附子(一枚、炮、去皮、破八片)
右五味、以水八升、煑取三升、去滓、温服七合、日三服。若欬者、加五味子半升、細辛一兩、乾薑一兩。若小便利者、去茯苓。若下利者、去芍藥加乾薑二兩。若嘔者、去附子加生薑。足前為半斤。
少陰病、下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脉微欲絶、身反不惡寒、其人靣色赤、或腹痛、或乾嘔、或咽痛、或利止脉不出者、通脉四逆湯主之。方十六。
甘草(二兩、炙) 附子(一枚、生用、去皮、破八片) 乾薑(三兩、强人可四兩)
右三味、以水三升、煑取一升二合、去滓、分温再服。其脉即出者愈。靣色赤者、加葱九莖。腹中痛者、去葱加芍藥二兩。嘔者、加生薑二兩。咽痛者、去芍藥加桔梗一兩。利止脉不出者、去桔梗加人參二兩。病皆與方相應者、乃服之。
少陰病、四逆、其人或欬、或悸、或小便不利、或腹中痛、或泄利下重者、四逆散主之。方十七
甘草(炙) 枳實(破、水漬、炙乾) 柴胡 芍藥
右四味、各十分、擣篩、白飲和、服方寸匕、日三服。欬者、加五味子乾薑、各五分。并主下利、悸者、加桂枝五分。小便不利者、加茯苓五分。腹中痛者、加附子一枚炮令坼、泄利下重者、先以水五升、煑薤白三升、煑取三升、去滓、以散三方寸匕、内湯中。煑取一升半、分温再服。
少陰病、下利六七日、欬而嘔渇、心煩不得眠者、猪苓湯主之。方十八。
猪苓(去皮) 茯苓 阿膠 澤瀉 滑石(各一兩)
右五味、以水四升、先煑四物、取二升、去滓、内阿膠、烊盡、温服七合、日三服。
少陰病得之二三日、口燥咽乾者、急下之、宜大承氣湯。方十九。
枳實(五枚炙) 厚朴(半斤、去皮、炙) 大黄(四兩、酒洗) 芒消(三合)
右四味、以水一斗、先煑二味、取五升、去滓、内大黄。更煑取二升、去滓、内芒消、更上火、令一兩沸、分温再服。一服得利、止後服。
少陰病、自利清水、色純青、心下必痛、口乾燥者、可下之、宜大承氣湯。二十。(用前第十九方、一法用大柴胡。)
少陰病、六七日、腹脹、不大便者、急下之。宜大承氣湯。二十一。(用前第十九方)
少陰病、脉沈者、急温之。宜四逆湯。方二十二。
甘草(二兩、炙) 乾薑(一兩半) 附子(一枚、生用、去皮、破八片)
右三味、以水三升、煑取一升二合、去滓、分温再服。强人可大附子一枚、乾薑三兩。
少陰病、飲食入口則吐、心中温温欲吐、復不能吐、始得之、手足寒、脉弦遲者、此胷中實、不可下也、當吐之。若膈上有寒飲、乾嘔者、不可吐也。當温之、宜四逆湯。二十三。(方依上法)
少陰病、下利、脉微濇、嘔而汗出、必數更衣、反少者、當温其上灸之。(脉経云、灸厥陰。可五十壮。)

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