『脾胃論』の陰病は陽を治し 陽病は陰を治す

脾胃論 陰病治陽 陽病治陰のみどころ

本章では『内経』に記されている陰陽の法則を基盤に鍼治法が構築されています。『内経』の陰陽論に忠実に、且つその時の病態を治療すべく工夫した李東垣の姿勢が記されています。

本論の内容は「東垣鍼法から陰火学説を考える 後篇」(『中医臨床』2022年9月号に掲載予定)にて解説しています。発刊されるのは随分と先ですが、これまたネタバレしない範囲で記事を公開しておきます。


※画像・本文ともに『脾胃論』(足立鍼灸治療院 蔵)より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

脾胃論 陰病治陽 陽病治陰・書き下し文

書き下し文・「陰病は陽を治し、陽病は陰を治す」

陰陽応象大論に云う、其の陰陽を審かにして、以て柔剛を別つ。陽病は陰を治し、陰病は陽を治する。其の血氣を定めて、各々其の郷を守る。血実するは宜しく之を決し、氣虚するは宜しく之を掣引すべし。

▸夫れ陰病の陽に在る者は、是れ天外風寒の邪、中に乗じて而外より入りて、人の背上、腑腧藏腧に在り。
是れ人の天外客邪を受けるに、亦た三説有り。

陽に中るときは則ち経に流るる。
此の病、外寒よりて始めて、終りは外熱に帰する。故に以て風寒の邪を治するに、其の各藏の腧を治する。
止(ただ)風寒のみに非ず、六淫の湿暑燥火、皆な五藏の受ける所。乃ち筋骨血脈、邪を受ければ、各々背上に五藏の腧有り、以て之を除く。(これは陽病治陰)
傷寒一説は仲景に従いて、八風に中る者には風論(『素問』風論)有り。

暑に中る者、治は背上小腸腧に在り。
湿に中る者、治は胃腧に在り。
燥に中る者、治は大腸腧に在り。
此れらは皆、六淫客邪の有余の病なり。皆な背に在る腑腧を瀉す。
若し病、久しく伝変して虚有り実有れば、各々病の伝変に随いて補瀉は定めず。只、治は背の腑腧に在り①

別に上熱下寒有り。
経に曰う、陰病は陽に在り、當に陽に従いて陰を引くべし、必ず須らく先に絡脉経隧の血を去るべし②。
若し陰中の火旺、天に上騰して、六陽は反て衰えずして上に充るを致す者には、先ず五藏の血絡を去り、引きて下行す。天氣降下するときは則ち下寒の病、自ら去るなり。慎みて独り其の六陽を瀉すること勿れ。
此の病陽亢すれば、乃ち陰火の邪、之を滋す。只だ陰火を去るのみ、只だ血絡経隧の邪を損するのみ、悞まること勿れ也③

陽病の陰に在る者は、陰に従い陽を引く(陰より陽に引く)。是れ水穀の寒熱に感ずるときは則ち人六腑を害する。
又曰く、飲食失節、及び労役形質、陰火の坤土の中に於いて乗ずるは、穀氣・栄氣・清氣・胃氣・元氣の上升すること得ざることを致す、六腑の陽氣に於いて滋する。是れ五陽の氣、先に外に於いて絶す。外とは天也
下に流れて坤土 陰火の中に於いて伏す。皆な先に喜怒憂恐に由りて五賊の傷る所と為し、而して後に胃氣行らず。労役飲食不節が、之に継ぐときは則ち元氣乃ち傷れる。當に胃合三里穴中より推して之を揚げ、以て元氣を伸ばす④
故に曰く、陰より陽を引くと。
若し元氣愈(いよいよ)不足すれば、治は腹上諸腑の募穴に在り⑤
若し伝えて五藏に在りて九竅不通を為すときは、各々の竅の病に随う。治は其の各藏の募穴、腹に於いてす。
故に曰く、五藏不平なれば、乃ち六腑の元氣、閉塞する之生じる所也。
又曰く、五藏不和なれば、九竅不通す。皆な陽気不足、陰気有余なり。
故曰く、陽その陰に勝たざれば、凡て腹の募を治す⑥
皆な元氣不足と為す。
陰より陽を引く、悞まること勿れ也。

若し錯(あやま)りて四末の腧を補する、錯りて四末の余を瀉するでは、錯りて瀉する者、(その)差尤も甚だし⑦
岐伯の説く所を按ずるに、況んや天上に穴を取るらんや。天上とは、人の背上、五藏六腑の腧。豈に生有る者をや、此れについて言うに及べば寒心徹骨なり。
若し六淫客邪、及び上熱下寒、筋骨皮肉血脈の病、錯りて胃の合を取穴して、諸腹の募に及ぶ者は、必ず危うし。
亦た岐伯の言、下工は豈に慎ざる可けんや。

陰陽応象大論から始まるということは…

本論は『素問』陰陽応象大論の最後の一節から始まります。(▸マークから始まる段落が李東垣の註文です。)

経に云う、其の陰陽を審かにして、以て柔剛を別つ。陽病は陰を治し、陰病は陽を治する。其の血氣を定めて、各々其の郷を守る。血実するは宜しく之を決し、氣虚するは宜しく之を掣引すべし。
(原文 審其陰陽、以別柔剛。陽病治陰、陰病治陽。定其血氣、各守其郷。血實宜決之、氣虚宜掣引之。)

▸・・・以下は李東垣の言葉になります。“三説あり”というのは、外邪が人体に侵入し障碍を起こすルートとして3種の医説を提示しています。
一つ目の説は『霊枢』邪氣藏府病形第四の説。『脾胃論』本文では「中於陽則流於経」とあり、『霊枢』の「中於陽則溜於経」のフレーズとは一文字違いがあります。が、大意は変わりないものとみます。
二つ目の説は『傷寒論』三つ目の説は『素問』風論のことです。

下線部①までの内容は「外邪由来の病に対して背部の腑兪でとる」ことを李東垣は提唱しています。この内容もシンプルですが、後の布石となります。

陰火の治療における鍼法の要点

下線部③の文には「陰火には滋す」という言葉があり、これは瀉陰火の丁寧な説明であります。瀉陰火という言葉を李東垣はしばしば使いますが、実際には火邪を瀉する(すなわち清熱など)のような方剤・生薬を使うことなく陰火を瀉しています。その実態は陰火を滋するということなのだと私は解釈しています。(詳しくは「陰火学説を素霊難および脈診の観点から考察する」(『中医臨床』通巻165号 Vol.42-No.2 に掲載)を参考に)

補中益気湯はその最たるもので、補氣を行うことで陰火を制御する。これにより陰火を去るのだ損するのではない。しかし血絡・経脈の邪は瀉法を行う必要がある。とはいえ、その根本には深刻な裏虚が存在するため邪を去るからといって安易に瀉鍼を行うことは避けたい…と、このような事情があります。これこそが東垣鍼法の主意であります。

下線部④は長文になりますが、陰火発生から「陰火得以乗其土位」の段階に陥った病態を指しています。
『脾胃虚損・脾胃虚弱だし、陰火が土位(脾胃)を乗じて傷害するのだから、足三里を治穴にするのは当然じゃん?』と思うかもしれませんが、そんな簡単なストーリーではありません。
まるで名作の物語のように、その流れには背景や布石があり、そして最善の一手が胃経の合穴・足三里なのです。
このように病理と治病のストーリは繊細にして緻密です。となると、一手まちがえると悪手となる可能性が大いにあります。

誤治の可能性を3パターン

下線部⑦は誤治のパターンを3つ挙げています。
さらにこれら誤治パターンにも軽重あることを示していますので、その軽重の理由を考察することが東垣鍼法の奥深さを理解することにもつながるでしょう。

本論の名は「陰病治陽 陽病治陰」です。陰陽の法則をいかに治病に用いるか?『内経』に記された陰陽の法則に忠実に従いながらも、存分に工夫している李東垣の姿勢に敬意を覚えるます。

鍼道五経会 足立繁久

原文 『脾胃論』「陰病治陽、陽病治陰」

■原文 脾胃論「陰病治陽、陽病治陰」

陰陽應象大論云、審其陰陽、以別柔剛。陽病治陰、陰病治陽。定其血氣、各守其郷。血實宜決之、氣虚宜掣引之。

▸夫陰病在陽者、是天外風寒之邪、乗中而外入、在人之背上腑腧藏腧。是人之受天外客邪、亦有三説。
中於陽則流於経、此病始於外寒、終帰外熱。故以治風寒之邪、治其各藏之腧。非止風寒而已、六淫濕暑燥火、皆五藏所受、乃筋骨血脉受邪。各有背上五藏腧、以除之。
傷寒一説、従仲景。中八風者、有風論。

中暑者治在背上小腸腧。中濕者、治在胃腧。中燥者、治在大腸腧。此皆六淫客邪有餘之病、皆瀉在背之腑腧。
若病久傳變有虚有實、各隨病之傳變、補瀉不定、只治在背腑腧。

別有上熱下寒。経曰陰病在陽、當従陽引陰。必須先去絡脉経隧之血。若陰中火旺上騰於天、致六陽反不衰而上充者、先去五藏之血絡、引而下行。天氣降下則下寒之病、自去矣。慎勿獨瀉其六陽。此病陽亢、乃陰火之邪滋之。只去陰火、只損血絡経隧之邪、勿悞也。
陽病在陰者、病従陰引陽。是水穀之寒熱、感則害人六腑。
又曰、飲食失節、及勞役形質、陰火乗於坤土之中、致穀氣榮氣清氣胃氣元氣不得上升滋於六腑之陽氣、是五陽之氣先絶於外、外者天也。
下流伏於坤土陰火之中。皆先由喜怒憂恐、為五賊所傷、而後胃氣不行。勞役飲食不節、継之則元氣乃傷。當従胃合三里穴中、推而揚之、以伸元氣。
故曰、従陰引陽。

若元氣愈不足、治在腹上諸腑之募穴。若傳在五藏為九竅不通、随各竅之病、治其各藏之募穴於腹。故曰、五藏不平、乃六腑元氣閉塞之所生也。
又曰、五藏不和、九竅不通、皆陽氣不足陰気有餘。故曰、陽不勝其陰、凡治腹之募、皆為元氣不足。従陰引陽、勿悞也。

若錯補四末之腧、錯瀉四末之餘、錯瀉者、差尤甚矣。
按岐伯所説、況取穴於天上。天上者、人之背上、五藏六腑之腧、豈有生者乎、與言及此、寒心徹骨。若六淫客邪、及上熱下寒、筋骨皮肉血脉之病、錯取穴於胃之合、及諸腹之募者、必危、亦岐伯之言下工豈可不慎哉。

 

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