中国医学 五大治法と六つめの治術・その1

素問に伝えられる5つの治法

『素問』異法方宜論第十二には五行と五方に合わせた5つの治法・治術が紹介されています。

1、砭石(へんせき)
2、毒薬(湯液治療)
3、灸炳(お灸)
4、微鍼(鍼)
5、導引按蹻

これらの5つの治法が五方(東・西・南・北・中央)に対応されています。

そしてさらにはもう一つの治術が記されています。
まずは5つの治法について詳しく紹介しましょう。
以下に意訳と異法方宜論の書き下し文を交互に紹介します。

東方の治法・砭石について


【鈹鍼鋒鍼の写真】

中央(中原)からみて東方には海があります。
海浜に住む人々は魚介類を多く食し、塩分の摂取も過多になります。

食物本草では多くの魚は体に熱をこもらせる性質を持ちます。
そのため、熱をこもらせないように辛味のものと
組み合わせて食べるよう注意している食物本草書もあります。

さて、その熱が血分にこもると癰瘍ができます。
その血熱を排出排除するために砭石を用います。

砭石は石鍼、ひいては鈹鍼や鋒鍼のような切開用の鍼(※1)のことを云います。
以下は異法方宜論の書き下し文です(原文は文末にあります)

黄帝問うて曰く、醫の治病や、一病にして治は各々同からずして、みな癒えるは何ぞや?
岐伯対て曰く、地勢然らしむれば也。故に東方の域は天地の始生する所なり。
魚鹽の地、海濱、傍水。
その民、魚を食し、鹹(塩)を嗜む。
皆その處を安んじ、その食を美しとす。
魚は人をして中を熱せしむ、鹽は血に勝つ。
故にその民は皆、黒色疎理す。
故にその病、みな癰瘍を為す。
その治、宜しく砭石すべし。故に砭石はまた東方より来たる。

西方の治法・湯液について


【調胃承気湯に含まれる大黄など生薬の写真】大黄は四川省・青海省・陜西省・甘粛省に野生種があるという。

西方は金玉・砂石の多い地です。
人々の多くは脂肥する体質にあり腠理は緻密です。
つまり外邪の侵入を簡単には許しません。
そのため病は内側から生じます。
内の病毒を治するために、毒薬を用います。

私見ながら、ここでいう毒薬は補剤というよりも瀉剤ではないでしょうか。
故に毒薬という表現でもあるのです。

もちろん、補剤を使うこともあるでしょうが、瀉剤を用いるための補助としての機能させているのだと考えられます。

西方は金玉の域。沙石の處、天地の収引する所なり。
その民、陵居して風多し、水土は剛強なり。
その民、衣せずして褐薦す。
その民、華食して脂肥なり。
故に邪、その形体を傷つけること能はず。その病は内に生ずる。
その治、毒薬に宜し。故に毒薬はまた西方より来たる。
※『太素』では褐薦を疉篇、華食を笮食としています。

北方の治法・灸焫について


【灸治の写真】

北方は風寒の強い地であり、この地に住まう人々は騎馬遊牧民族として知られています。
狄(てき)や戎(じゅう)といった異民族を示す言葉は、
世界史の知識として残っているのではないでしょうか。
当時の食文化も、羊・馬・牛といった家畜がいたと想像できます。

それらの生活様式を異法方宜論では「野処を楽しみ乳食する」と表現しています。

臓寒して満病を生ずるとありますが、乳食が臓腑を冷やす性質を持つことを示していたのではないでしょうか。

ちなみに『本草項目』によると乳の性は、牛、馬、驢馬、駱駝ともに微寒もしくは冷の性質を持っています。
しかし、羊の乳のみ温の性を帯びており、北方に住む人々の体を肥健させていると記しています。

灸焫つまりはお灸で寒冷に対する治法を宜とします。

北方は天地の閉藏する所の域なり。
その地、高く、陵居し、風寒冰冽す。
その民、野処を楽しみ乳食する。
藏寒して満病を生ず。
その治、宜しく灸焫すべし。
故に灸焫は北方より来たる。

南方の治法・微鍼について


【微鍼・毫鍼治療の写真】

南方は地であり、湿(霧露)の多い土地であり、気候・飲食共に湿熱が体内に蓄積しやすい土地です。
※胕とは腐ったものという意味があり、張景岳は鼓・鮓・麹・醤といった発酵食品を指していると言っています。

攣痺するとの病症ですが、脚気がイメージしやすいかと思います。

南方は天地の長養する所、陽の盛んなる所なり。
その地、下(ひく)く、水土弱し。霧露の聚まる所なり。
その民、酸を嗜み胕を食す。
その民、みな緻理にして色赤く、その病は攣痺す。
その治、宜しく微鍼すべし。
故に九鍼はまた南方より来たる。

中央の治法・導引按蹻について


【按腹図解の写真】

中央は物流の中心であり各地の物資食材が集まる地です。
そのため色々なものを食し、かつ労働量は他地域に比べて少ないため、
体内に寒熱が錯綜し流れも悪くなり、痿厥するとあります。

以上の氣の流行不調を改善するために導引按蹻を推しています。

中央はその地平にして以て湿。天地、萬物を生ずるの所以なり。
その民、雑を食し労せず。
故にその民、多く痿厥し寒熱す。
その治、導引按蹻に宜し。
故に導引按蹻はまた中央より出づる也。

このように中華思想をうかがわせる五大治法の分類ですが、
実際にはそれぞれの特性や長所を把握した上で、各治法を組み合わせて用います。
病理と治の術理を理解すればそれは可能となります。

故に聖人は雑合して以て治す。
各々その宜しき所を得る。
故に治、異なる所以にして病みな癒える者は、病の情を得、治の大体を知るなり。

五大治法については以上になりますが、実はもう一つ治術が素問には記されています。その治術についてはまた別記事にて紹介します。

※砭石について

※1、砭石:『霊枢』玉版篇には以下のようにあり、切開用の鍼であることが分かります。

『霊枢』玉版篇
「岐伯曰く、小を以て小を治する者はその功小なり、大を以て大を治する者はその害は多し。
故に其のすでに膿血を成した者には、其れただ砭石、鈹鍼、鋒鍼の取る所なり。
(原文)「岐伯曰、以小治小者、其功小、以大治大者、多害。故其已成膿血者、其唯砭石鈹鋒之所取也。」

しかし『鍼灸甲乙経』には以下のようにあり、私としては甲乙経の文がしっくりくるなと思います。
霊枢玉版との違いは下線部の文です。

『鍼灸甲乙経』巻十一 寒氣客於経絡之中発癰疽風成発厲浸淫第九下
「曰く、小を以て小を治する者は、その功小なり。
 大を以て大を治する者は、その功大なり。
 小を以て大を治する者、多くは害大なり。
故にそのすでに膿血を成した者には、それただ砭石、鈹鍼、鋒鍼の取る所也。」
(原文)「曰、以小治小者、其功小、以大治大者、其功大。以小治大者、多害大。故其已成膿血者、其唯砭石鈹鋒之所取也。」

ここでいう大小とは鍼法と病勢についての表現でしょう。

小を以て治するとは微針、毫鍼。
大を以て治するとは鈹鍼や鋒鍼。

病勢が強く、膿血を形成するにまで及んでしまうと微針ではなく、鈹鍼鋒鍼で排膿した方が安全かつ手っ取り早いのです…というお話。

次回は五大治法に加えて、六番目の治術を紹介します。(その2・六番目の治術はコチラ

異法方宜論の書き下しの全文を以下に紹介します。
少し長文に感じるかもしれませんが、比較的読みやすい文章です。

『素問』異法方宜論第十二
黄帝問うて曰く、醫の治病や、一病にして治は各々同からずして、みな癒えるは何ぞや?
岐伯対て曰く、地勢然らしむれば也。故に東方の域は天地の始生する所なり。
魚鹽の地、海濱、傍水。
その民、魚を食し、鹹(塩)を嗜む。
皆その處を安んじ、その食を美しとす。
魚は人をして中を熱せしむ、鹽は血に勝つ。
故にその民は皆、黒色疎理す。
故にその病、みな癰瘍を為す。
その治、宜しく砭石すべし。故に砭石はまた東方より来たる。西方は金玉の域。沙石の處、天地の収引する所なり。
その民、陵居して風多し、水土は剛強なり。
その民、衣せずして褐薦す。
その民、華食して脂肥なり。
故に邪、その形体を傷つけること能はず。その病は内に生ずる。
その治、毒薬に宜し。故に毒薬はまた西方より来たる。北方は天地の閉藏する所の域なり。
その地、高く、陵居し、風寒冰冽す。
その民、野処を楽しみ乳食する。
藏寒して満病を生ず。
その治、宜しく灸焫すべし。
故に灸焫は北方より来たる。南方は天地の長養する所、陽の盛んなる所なり。
その地、下(ひく)く、水土弱し。霧露の聚まる所なり。
その民、酸を嗜み胕を食す。
その民、みな緻理にして色赤く、その病は攣痺す。
その治、宜しく微鍼すべし。
故に九鍼はまた南方より来たる。中央はその地平にして以て湿。天地、萬物を生ずるの所以なり。
その民、雑を食し労せず。
故にその民、多く痿厥し寒熱す。
その治、導引按蹻に宜し。
故に導引按蹻はまた中央より出づる也。故に聖人は雑合して以て治す。
各々その宜しき所を得る。
故に治、異なる所以にして病みな癒える者は、病の情を得る。
治の大体を知るなり。

『素問』異法方宜論第十二の原文

『素問』異法方宜論第十二
黄帝問曰、醫之治病也。一病而治各不同、皆癒何也。
岐伯曰、地勢使然也。
故東方之域、天地之所始生也。魚鹽之地、海濱傍水、其民食魚而嗜鹹、皆安其處、美其食。
魚者使人熱中、鹽者勝血。
故其民皆黒色疎理。故其病皆為癰瘍。
其治宜砭石、故砭石者亦従東方来。西方者、金玉之域、沙石之處、天地之所収引也。
其民陵居而多風、水土剛強。
其民不衣而褐薦。
其民華食而脂肥。
故邪不能傷形体、其病生於内。
其治宜毒薬。
故毒薬者、亦従西方来。北方者、天地所閉藏之域也。
其地高、陵居、風寒冰冽。
其民楽野処而乳食。
藏寒生満病。
其治宜灸炳。故灸炳者、亦従北方来。南方者、天地所長養、陽之所盛處也。
其地下、水土弱。霧露之所聚也。
其民嗜酸而食胕。
故其民皆緻理而赤色、其病攣痺。
其治宜微鍼、故九鍼者亦従南方来。中央者、其地平以湿、天地所以生萬物也。
其民食雑而不労、故其民多痿厥寒熱。
其治宜導引按蹻。故導引按蹻者、亦従中央出也。故聖人雑合以治。各得其所宜。
故治所以異而病皆癒者、得病之情、知治之大体也。

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