【漢方メモ】呉茱萸湯

漢方MEMOについて

湯液(漢方薬)の方意を勉強するための備忘録です。
漢方薬には方意(方剤の意味・構成生薬の意図)があります。しかしこの方意は医家によって異なります。鍼灸でも同様のことがみられます。同じ治穴でも鍼灸師によってその意図が違ったりします。「これが
正しい!それは間違いだ!」という考えは「以管窺天」な考えです。様々な方意・術理を広く知り解することが視野を広げ、自身の糧となるのです。

※『漢方MEMO 』は各講座の教材として使っています

『傷寒論』記載の呉茱萸湯条文

『傷寒論』(張仲景 著) 呉茱萸湯

辨陽明病脉證并治

食穀欲嘔者、属陽明也。呉茱萸湯主之。得湯反劇者、属上焦也。呉茱萸湯。
呉茱萸湯方 呉茱萸(一升洗)、人参(三両)、生薑(六両切)、大棗(十二枚擘)
右(上記)四味、以水七升、煮取二升、去滓、温服七合、日三服。

辨少陰病脉證并治

少陰病、吐利、手足逆冷、煩躁欲死者、呉茱萸湯主之。
呉茱萸湯方 呉茱萸(一升)、人参(二両)、生薑(六両切)、大棗(十二枚擘)
右(上記)四味、以水七升、煮取二升、去滓、温服七合、日三服。

江戸期の医家たちのご意見を拝見

『古方節義』における呉茱萸湯解説

『古方節義』(1771年 内島保定 著) 呉茱萸湯

○呉茱萸湯 穀を食し嘔せんと欲する者は、陽明に属する也。呉茱萸湯之を主る。
呉茱萸湯方 呉茱萸(一升)、人参(三両)、生薑(六両)、大棗(十二枚)
右(上記)四味、水七升を以て、煮て三升に取り、滓を去りて、七合を温服す、日に三服す。

按するに、此れ「食穀欲嘔者、属陽明」と云うものは、胃は穀を受納するもの也。今、胃中寒して穀を納れるうこと能わざる也。それで嘔せんと欲す。此れ湯中を温して逆氣を下して其の嘔を止める也。
若し此の湯を服して反て甚しき者は必ず此れ中焦陽明の裏寒に非ず。乃ち太陽の表熱也。
呉茱萸の氣味俱に熱薬にして病に應ぜず。故に反て劇也。葛根加半夏湯の證なるべし。
扨、此の方は呉茱萸の辛温、寒を散じ胃を暖めて嘔を止めるなり。人参の甘温、胃陽を益し中を補う。大棗、胃氣を助く。生姜、嘔家の聖薬なり。
故に四味以て中を温して逆氣を下し、嘔を止む。
然るに呉茱萸、飲がたし少しにも熱あるものには應ぜぬなり。
獨り嘔、日に久しく止まざるに胃陽尽んと欲す者必ず求るところなり。

※『古方節義』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

『腹證奇覧』における呉茱萸湯解説

『腹證奇覧』(1800年 稲葉文礼 著) 呉茱萸湯

呉茱萸湯の證

図の如き即ち呉茱萸湯の證なり。余、此の證を得ざること久し。苦心刻意して近ごろ漸く審らかにすることを得たり。

門人 東民と共に論ず。東民も亦 苦心すること多年。時に此の證を患(うれ)うるもの、両三人に遇えり。因って共に単思して始めて此の證を理會(理解)することを得たり。
柴胡を用いて治せざるもの、間(まま)この證あり。なんとなれば胸脇苦満して嘔已(や)まざる者なればなり。然れども、胸脇苦満して嘔するものは、柴胡を用いて愈ゆ。柴胡の證にして唯(ただ)胸満するもの是 呉茱萸湯の證なり。
其の胸満するに、二證あり。
あらわれて胸満するあり、其のあらわれざる者、これを按ずるに實中に一点の空所(あきどころ)なし。是即ち此の方の證なり。

其の餘、猶あまたあり。
食せんとして嘔するものあり。手足厥冷、煩躁、吐利して死せんと欲する者あり。乾嘔、喘沫、頭痛するものあり。又、嘔して胸満するものあり。この四證要するに、胸脇苦満、心下痞鞕して嘔するを準拠とすべし。
柴胡の症、大略かくの如し。然れども、痞鞕に至りては、呉茱萸の證を大なりとす。


※『腹證奇覧』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

『腹證奇覧翼』における呉茱萸湯解説

『腹證奇覧翼』(1808年 和久田叔虎 著) 呉茱萸湯

呉茱萸湯の證

図の如く、冷氣、心下に聚るを覚え、胸脇へ逆満して乾嘔(からえづき)、若しくは涎沫を吐し、頭項強痛し、手足逆冷するもの、呉茱萸湯の證なり。

故に腹状に於いては、胸満、心下痞鞕、脇下攣急(両の章門の行、上下に攣急す)、右の小腹結聚し、按して痛む等の證を得るべし。(當歸四逆加呉茱萸生姜湯の併せみるべし)。
而して此の證あるものは、寝(やや)冷を感じ、或いは天(そら)雨ふらんとする時に當たれば、或いは腹満、或いは氣、衝逆して頸項強り、頭額重く、若しくは頭痛し、劇しきものは嘔氣、涎を唾す。
或いは平常、吐酸、吞酸、𩞄雑等の患(うれい)あるべし。是皆(これみな)下焦の寒冷、相い感じて衝逆を致すもの、表証の剤を誤り投ずべからざれ。(近世の粗毉、項背強急等の証にあえば、妄りに葛根湯を用いて、其の証を辨ぜざるもの多し。内にしては呉茱萸の剤、外にしては黄耆の剤、項背強るも却て多し。誤るべからず)

論に曰く「穀を食して、嘔を欲する者は、陽明に属するなり。呉茱萸湯之を主る。湯を得て反て劇する者は上焦に属するなり」

嘔はえづく聲なり。物を吐くに非ず。嘔を欲するはえづきたく思うことなり。陽明は胃家の實証なり。穀食は胃府におさまる。食後に嘔氣あるは、胃府の病たることを知る。然れども生証に非ず。故に陽明に属すというなり。属は其の手下につくこと。

夫れ食後嘔氣あるもの、下焦の寒上りて胃陽を犯すところありて、食物のおちつきあしく、頓(にわかにし)て逆氣を起こして嘔を発せんとするなり。呉茱萸の辛温なるもの、人参の苦味を佐とし、更に生姜、大棗の水飲をさばきひらくものにて、胃中に送り下せば、冷をあたため、逆を平(たいらか)にして嘔氣さり、食物おちつきて消化を得るなり。

『外臺(外臺秘要方)』に此の方ののせて曰く、「延年、食し訖(おわ)れば醋咽し、噯を多くするを療す」と。是の証と同意なるを見るべし。醋咽は吞酸と同じ、咽まで酸(すき)おくびが逆するなり。噯はおくびのことなり。俗にむねのやけると云うの類なり。湯を得るの湯は乃ち呉茱萸湯なり。此の湯を服し得れば、嘔氣止むべきものが反て劇甚するは、中焦胃府の病にあらず。一段上りて上焦に属する病なればなり。上焦は膈以上、心胸の位に属するもの。呉茱萸湯の主治する部位にあらず。故に湯を得れば反て劇しきをいたすなり。劇は、てしげくくることにて、嘔を欲するが乾嘔するようになるをいう。

又曰く「少陰病吐利、手足厥冷、煩躁、死せんと欲する者、呉茱萸湯之を主る」

少陰病は下焦の寒なり。下焦の寒、上りて中焦を犯す。是を以て吐利、併せ至るなり。吐は物をはくなり。吐利に因て、手足厥冷を致す。衝逆して煩躁して死せんと欲するなり。
呉茱萸は中を温めて逆氣を降すものにして、之を主治するなり。是、四逆湯の証に似たり。四逆は急迫を緩くすることを主り、此の方は逆氣を降すことを主る。吐利後の煩躁、氣逆をみるべし。

證に曰く「嘔而して胸満する者は呉茱萸湯之を主る」

嘔而して胸満は、嘔逆して胸中氣満を致すなり。胸満、其の病位に非ず。嘔を主として之をいうもの、亦 其の病、中焦にあるの意を見るべし。
案ずるに小柴胡湯証に曰く「胸脇満而して嘔す」と。是、胸脇満を主として之をいうもの。胸脇、其の病在る所の位なることを知るべし。夫れ柴胡は表より転じて、裡(り)に入るもの、表位は頭項にして、裡位は胸脇なり。是、上よりして下に及ぼし、いまだ中焦胃府に至らざるものなり。呉茱萸は之と反して、下よりして上に逆するもの、中焦にせまれば、逆氣嘔を発し、嘔氣胸満をいたす。其の主証の相反するもの、二方証を併せ読みて詳らかなり。是に依りて之を観れば、呉茱萸は熱迫の嘔を治すること能わず。柴胡は冷逆の嘔を止めること能わず。各々、其の主るところあり。其の位にあらざれば、其の政を謀らざる、方意 味うべし。

又、曰く「乾嘔、涎沫を吐き、頭痛する者、呉茱萸湯之を主る」

乾嘔、涎沫を吐く者は中焦、冷氣衝逆するなり。衝逆に因りて頭痛するなり。故に亦 乾嘔を主として、頭痛の字、下句に綴るもの、其の意、見るべし。太陽表証の頭痛は頭痛を句首に置いて、頭痛、発熱、汗出、悪風などを書き下したる文に照らして、其の意を辨ずべし。是、謂う所、厥陰 痰飲頭痛などの証なりと知るべし。

以上四章の論、呉茱萸湯の主治を詳悉(しょうしつ)して、其の冷を温め、逆氣を降し、中焦を和し、穀食を安じ、以て嘔を止め、満を消し、煩を解し、痛を退くるの意、自ら明らかなり。読むもの翫味すべし。

附方、一方  腎氣、腹中より起り、上りて咽喉に築(つ)き、逆氣連屬して出ること能わず。或いは数十聲に至りて上下し、喘息すること得ざるを治す。

呉茱萸、橘皮、附子
右(上記)三味、等分を末と為し、糊丸、梧子大にす。
毎に姜湯にて七十丸を下す。
(孫氏仁方)

豁胸湯 腫病一切上りて心を衝き、胸満短氣する者を治す。
呉茱萸、桑白皮(各一銭半)、犀角(五分)、茯苓(一銭)
右(上記)四味、水煎服す。(此の方、風引湯と併せ考うべし。其の辨、上冊に詳らかなり)


※『腹證奇覧』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

『腹舌図解』における呉茱萸湯解説

『腹舌図解』(1813年序 能条玄長 著) 呉茱萸湯

舌色淡薄

腹候濡なり。
嘔吐せんと欲するに方(あたって)心下微満す。
※『腹舌図解』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

方意のわりに舌証にも腹証にも顕著な病的所見が指摘されていない点が、逆に呉茱萸湯の証を伝えているようです。
今、方(まさ)に嘔吐せんとする時に心下微満するという瞬間的な変化を捉えて記録している点が著者 能条氏の経験を反映していると思われます。

『勿誤薬室方函口訣』における呉茱萸湯解説

『勿誤薬室方函口訣』巻上(1878年 浅田宗伯 著) 

呉茱萸湯

此の方は、濁飲を下降するを主とす。故に涎沫を吐するを治し、頭痛を治し、食穀欲嘔を治し、煩躁吐逆を治す。『肘後』にては吐醋嘈雑を治し、後世にては噦逆を治す。
凡そ危篤の症、濁飲の上溢を審らかにして、此の方を處するときは、其の効挙げて数えがたし。
呉崑(呉昆)は烏頭を加えて疝に用ゆ。此の症は陰嚢より上を攻め、刺痛してさしこみ嘔などもあり。何(いず)れ上に迫るが目的なり。
又、久復痛、水穀を吐する者、此の方に沈香を加えて効あり。
又、霍乱後轉筋に木瓜を加えて大いに効あり。

『勿誤薬室方函口訣』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

各医書に関する詳しい考察はここでは控えます。当会では各講座にて皆と共に方剤・方意について考察し学び、そして鍼灸の術と治療に活用します。

鍼道五経会 足立繁久

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