葉天士の『温熱論』その7 舌苔について

舌苔について

前章の「絳舌を論ず」では、舌の乾燥が津液・陰分の損耗を判定する指標としていました。
今回はその反対。東医家は津液の過多を表わす所見として舌苔を診ています。

『温熱論』に記される治療観においては湿を主対象とする局面があります。その湿濁・湿熱を推し測る指標として舌苔の動きは重要な所見となるでしょう。『温熱論』における舌苔の位置づけがどのようなものなのか?しっかり学んでいきましょう。

写真は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社より引用させて頂きました。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・舌苔を論ず

再び(論ず)舌苔の白厚にして乾燥する者、此れは胃燥き氣傷れる也。滋腎薬の中に甘草を加う、甘をして津を守らしめ之を還らすの意。①
舌白にして薄き者は、外感風寒なり、當に之を疏散すべし②
若し白 乾いて薄き者は、肺津の傷れ也③、麦門冬、花露、蘆根汁等 軽清の品を加う、上の者は之を上す(上部の病は上部で治する)と為す也。
若し白苔絳底の者は、湿が熱を遏して伏する也④、當に先ず湿を泄して透熱すべし、其れ乾に就くを防ぐ也。之を擾すること勿れ、再び裏従(よ)り外に透するときは則ち潤に変ずる矣。
初病、舌に乾が就き、神の昏せざる者は、急ぎ正を養う、微しく透邪の薬を加う。若し神が已に昏するは、此れ内匱なり、救薬すべからず。
又、何色にも拘わらず、舌上に芒刺を生ずる者は、皆是(これ)上焦熱の極み也、當に青布にて(※令、一作冷、ここでは冷が妥当だと思われる)薄荷水を拭いて之を揩うべし、即ち去る者は軽し、旋りて即ち生じる者は険なり。

舌苔 燥ならず、悶極を自覚する者は、脾湿盛に属する也。或いは傷痕 血迹の有る者は、必ず曾つて掻挖(掻は掻く、挖は掘る)を経るか否かを問う、血有るを以て便ち枯症と為すべからず、仍(なお)湿従(よ)りして治すも可也。

再び(論ず)神有りて情 清爽にして、舌脹大して口より出すこと能わざる者、此れ脾湿胃熱、鬱極して風に化する、而して毒が口に延する也、大黄を磨し入れて當に剤内に用うべし、則ち舌の脹れ自ずと消える。

再び(論ず)舌上の白苔黏膩にして、濁厚涎沫を吐出する者⑤、口必ず甜を味う也、脾癉の病と為す。
乃ち湿熱の氣聚まりて、穀氣と相い搏つ、土に余り有る也、盈満すれば則ち上泛する、當に醒頭草の芳香辛散を用い以って之を逐うときは則ち退く。
若し舌上の苔が碱の如くなる者⑥、胃中の宿滞 濁穢を挟み鬱し伏する、當に急急に開泄すべし、否なれば則ち中焦を閉結して、膜原従(よ)り達出すること能わざる也。

白苔比べ 6種

まず舌苔の最も浅い病態として記されているのが下線部②の薄白苔ではないでしょうか。
舌白にして薄き(舌白而薄)とありますが、これはいわゆる淡白舌、薄苔のような舌証を言っているのでしょう。
風寒外邪の侵入であり、その治法に疏散を支持しています。病位は記していませんが、治法からその病位は表位であることが推測できます。

温熱病では舌の乾燥に注目

温熱病の病伝を考えると注目すべきは下線部①と③の舌証です。両者は「舌の乾燥」を目の付け所として挙げています。

乾燥所見を①「舌苔白厚にして乾燥」と③「舌乾いて薄」の二証が挙げられています。前者①は「胃燥氣傷(胃燥き氣傷れる)」とし、後者③は「肺津傷也(肺津の傷れ)」としています。

どちらも陰分津液が損傷しているのですが、病位が胃腑と肺藏の違いがあります。
胃腑が傷つくと胃氣が低下するという事態を懸念すべきですが、肺臓の陰が損耗を受けることは熱病においては大いに危惧すべきことです。いずれにせよ、臓(陰)と腑(陽)の比較で病位の浅深は自ずと弁別できることでしょう。
従って肺臓の陰が損耗を受ける舌証の“薄”とは舌苔ではなく舌体そのものの薄、すなわち痩舌・痩薄舌ではないかと思われます。

舌燥(舌の乾燥)を見極める法としては『絳舌について』にて「舌絳に至り、之を望(望診)して若し乾き、手で之(舌)を捫して原(もと)津液有り…」と記されており、実際に舌を触ってその湿潤・乾燥を確かめていたようにも見受けられます。

津液の損耗により、火熱の邪はあっという間に陰分に侵攻します。このような病伝で恐れるべきは上焦においては肺藏への熱邪侵攻でしょう。肺は嬌臓でもあり、火熱邪が肺に乗じるということは「火剋金」の相侮関係・賊邪でもあります。
この状態になると病位は深く、且つ容易に好転させにくくなるということが予想できます。

舌苔の厚・膩・碱について

温熱・瘟疫において火熱邪の存在は要注意です。しかし本書『温熱論』においては湿熱の存在はかなりマークされています。
本章でも湿邪を判定する舌所見として下線部④と⑤が挙げられています。

④「白苔絳底の者は、湿が熱を遏して伏する」
舌苔の下地(根基)をみるべしという話は『温熱論その5 舌黄』の「舌診における地ってナニ?」にも前述されています。
ここでは白苔の下地が絳であることから、上の湿(白苔)が下の熱(絳)に覆いかぶさり圧迫している象りであるとしています。
しかしここで興味深いのは治療方針です。
湿と熱が互いに干渉しあう局面で、先に湿を泄し(それから)透熱するべし!と言及しています。湿が先なんですね…。それだけ熱が深いのか、動きにくいのかということなのでしょう。

⑤「舌上の白苔黏膩にして、濁厚涎沫を吐出する…」
黏膩苔という所見で湿濁の存在を示しています。
さらに舌診所見として唾液の性状について言及しているのも注目すべきです。
唾液の質や性状は問診しても分かることではありますが、苔ならず唾液の質も舌診の範疇に含むことで舌診の世界は自ずと広がります。

⑥舌上の苔が碱の如くなる者
碱とはアルカリ土類金属を指す…とありますが、もちろんここでの“碱”は比喩でしょう。おそらくは“碱”の見た目を指しているのだと思われます。黏膩苔よりもさらに濃縮された印象を碱苔という名から受けます。
証としても黏膩苔が「湿熱の氣聚まり穀氣と相い搏つ」に比べて、碱苔は「胃中の宿滞 濁穢を挟み鬱し伏す」であり、濁穢という言葉が両者の違いを表わすようです。
また、その後の展開も注目しましょう。
黏膩苔は「盈満すれば則ち上泛す」ですが、碱苔は「中焦を閉結し膜原より達出すること能わず」と記され、両者のベクトルが全く異なることが分かります。

おまけ「胃燥氣傷」に対する処方考察

下線部①「舌苔白厚而乾燥」という所見は「胃燥氣傷」という証を示すと本文中には記されています。
さらにはこの証に対し「滋腎薬中加甘草(滋腎薬に甘草を加える)」という処方、その意図は「令甘守津還(甘味によって津液の還流を守る)」と明記しています。
パッと見た感じ、分かるような…でもよく読むとピンとこないよな…なんとも微妙な感想を受ける文章ですので、ツラツラと考察してみました。

まず厚苔という情報から元々 津液過多があった点が分かります。そして厚苔が乾燥していることから熱の存在も推測できます。「胃燥氣傷」という言葉から、この熱は胃腑から来るものだと推測するのですが、その治法がまた悩みどころ。
滋腎薬に甘草を加え守津還津を提示しています。
確かに陰分の大元・腎を補いつつも、甘草を加えて脾胃を保護する要素を加味しようとしているとも読み取れます。
胃ではなく一つ深い下焦の腎にアプローチすることから、津液の保持そのものに支障をきたしている病態である可能性もあるかもしれません。

ここで注目するのは「守津還之(津液を守り津液を還らせる)」という表現がヒントとなります。生津(津液を生じさせる)のではない点がヒントです。もし生津液が必要であれば、甘草だけでなく人参も加える必要があると思われます。
しかし生津を行わなわず、守津還津を行うことから、最低限の津液は残っていることが分かります(白苔厚がこれを示すメッセージでしょう。厚苔という言葉に惑わされてはいけません。不薄・不燥という意味の厚苔なのでろうと推察します。)。
そして残る津液を腎の力+甘の作用にて還流させることが、この局面に於いては重要であるということなのでしょう。故に補脾胃生津ではなく滋腎を軸とした治法を提示しているのだと考えます。

しかしながら…やはり最後に残るのは「胃燥氣傷」に対して「滋腎薬加甘草」を処方して「守津還之」を主意とするのは釈然としない病理~治療ストーリーではあります。と、個人的にはまだ腑に落ちない考察メモを載せてつつ失礼します。

鍼道五経会 足立繁久

■原文
【論舌苔】
再舌苔白厚而乾燥者、此胃燥氣傷也。滋腎薬中加甘草、令甘守津還之意。
舌白而薄者、外感風寒也、當疏散之。
若白乾薄者、肺津傷也、加麦冬、花露、蘆根汁等軽清之品、為上者上之也。
若白苔絳底者、湿遏熱伏也、當先泄湿透熱、防其就乾也。勿擾之、再従裏透于外則変潤矣。
初病舌就乾、神不昏者、急養正、微加透邪之薬。若神已昏、此内匱矣、不可救薬。
又不拘何色、舌上生芒刺者、皆是上焦熱極也、當用青布拭令(※)薄荷水揩之、即去者軽、旋即生者険矣。
舌苔不燥、自覚悶極者、属脾湿盛也。或有傷痕血迹者、必問曾経掻挖否、不可以有血而便為枯症、仍従湿治可也。
再有神情清爽、舌脹大不能出口者、此脾湿胃熱、鬱極化風、而毒延于口也、用大黄磨入當用剤内、則舌脹自消矣。

再舌上白苔黏膩、吐出濁厚涎沫者、口必甜味也、為脾癉病。
乃湿熱氣聚、與穀氣相搏、土有餘也、盈満則上泛、當用醒頭草芳香辛散以逐之則退。
若舌上苔如碱者、胃中宿滞挟濁穢鬱伏、當急急開泄、否則閉結中焦、不能従膜原達出矣。

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