舌診のお話
ここから舌診について詳しく論じられています。呉有性も『瘟疫論』下巻にて舌診について詳細に述べています。
葉天士が説く「舌診論」篤と拝見いたしましょう。
写真は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社より引用させて頂きました。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。
書き下し文・舌黄
【舌黄を論ず】
前の云いを再び(論ずるに)舌黄或いは濁なるは、須らく地に黄有ることを要す。
若し光滑する者は、乃ち形に湿熱に無く、中には已に虚の象り(ある)は、大いに前法を忌む①。
其れ臍以上を大腹と為し、或いは満、或いは脹、或いは痛、此れらは必ず邪が已に裏に入る、表症は必ず無しか、或いは十の一 存するか。
亦(また)舌に於いて之を験むることを要す。
或いは黄甚しく、或いは沈香色の如し、或いは灰黄色の如く、或いは老黄色、或いは中に断紋有る②は、皆當に之を下すべし③。
小承気湯の如し、檳榔、青皮、枳実、元明粉、生首烏等を用う。
若し未だ此れらの舌の現れざるは、宜しく此れ等の法を用うべからず、其の中に湿有りて太陰に聚りて満を為す、或いは寒と湿が錯雑して痛を為す、或いは氣が壅りて脹と為すことを恐れる、又、當に別法を以て之を治す。
再び(論ず)黄苔甚だ厚からずして滑なる者、熱未だ津を傷らず、猶(なお)清熱透表す可し。
若し薄苔と雖も乾なる者は、邪去ると雖も而して津は傷を受く也、苦味重剤の薬を當に禁ずべし、宜しく甘寒軽剤にて可なり。
舌診における地ってナニ?
さて「舌黄或いは濁なる」舌所見は前記事に登場しました。小陥胸湯や瀉心湯を用いて治療するという話でしたね。
しかし本論では「舌黄或いは濁なる」の続きが記されています。これらの舌苔には「須らく地に黄有ること」を確認することを要す、とあります。この黄や濁は舌苔のことを言っているのは分かります。
黄苔は言わずもがな、濁とは膩苔のようなものでしょう。問題は「地に黄有ること」の“地”です。これはどう解釈しましょう。
『温熱湿熱集論』(福建科学技術出版社)の【導読】にて張志斌 氏は「“地”(即舌苔之根基)=地とは即ち舌苔の根もと」のことであると記載しています。
つまり舌苔を表面だけでなく、根元の色を観よということを言っています。根本は舌質の色なのでしょうが(舌苔の根本の色という解釈もアリなのか…?)、なるほど、このようにしてみると舌診をより立体的にみることができそうです。
下線部①「若し光滑する者は、乃ち形に湿熱に無く、中には已に虚の象り(ある)は、大いに前法を忌む。」とはどう解釈しましょうか。
形に湿熱無く、とは形体に湿熱の所見が無いとして…「大いに前法を忌む」この前法とは下法のことでしょう。
湿熱もなく中焦には虚候が見われているとなれば下法は避ける可し、というのは前述(その4「下痢を鑑別することの大事」)にあるように湿の有無が下法選択の根拠となるのです。
以降、本論中段は下法の適応について記されています。
下線部②には、黄苔~褐色にかけての複数色の舌苔(老黄色や沈香色など)が挙げげられています。また断紋とは裂紋のことでしょう。
舌診において裂紋は陰虚や津液虚を示す所見ですが、黄苔(裏実=陽明腑実)と組み合わせて、陽明腑の熱実が津液・陰分を消耗しているという病理を想起させます。やはり『素問』標本病伝論にあるように裏実を下すことが先決でしょう。
脈証に翻訳するならば…
試みに「この當に下すべき黄苔の証」(下線部③)を脈診情報に翻してみましょう。脈数・脈位・脈力・脈状の4つの要素で以下に記します。
まずは可下(下して良し)の条件を満たす脈証として数脈・沈位で実脈(特に関上~尺中の沈位が有力)であることを挙げます。
加えて黄苔ベースであることをヒントに考えますと…(温熱病の下法は湿熱が対象であることから)脈証にも湿熱を示す情報が浮かび上がっているはずです。まとめると①の脈証になります。
①【数脉、沈位にて実脈に緩脈が絡(まと)う脈証】
(※熱を示す脈状に洪や滑も現れるでしょうが、下法を決定する脈診条件として上記の脈に情報を絞っています。以下の仮想脈証も同様です。)
もしくは李時珍が『瀕湖脈学』で記している湿邪を表わす脈状に細脈があります。湿邪が陽気を圧迫して鬱することで脈は細となる脈理を考察していますが、上記内容と併せて②【数脉、沈位にて細有力(細実)脈】という脈も想定できます。
病伝の進み方を考えると①から②へと脈証が推移していくこともあり得るでしょう。
さらに断紋(裂紋)の出現を上記の病理(陽明腑熱が津液・陰分を消耗する)と仮定することで…
③【数脉、中~沈位にて細有力(細実)脈、而して尺沈位(もしくは寸沈位も)虚脈や濇脈が見られる】というシミュレートも可能です。
従って同じ可下(下法適応)の証でも、①~②~③へと脈証が時々刻々と変化することを想定することができそうです。
他にも前半の「形に湿熱無く、中に虚がある証」にはそれに応じた脈証、
中盤以降の湿が太陰脾に集まり寒と湿が絡んだときの脈証、これ以降に挙げられた各証にも相応の脈証があります。
これら各脈証は病理を深く理解することで推測・想定することが可能です。
ですが細かな解釈はここでは割愛させていただき、次の絳舌の論に移ります。
鍼道五経会 足立繁久
■原文【論舌黄】
再前云、舌黄或濁、須要有地之黄。若光滑者、乃無形湿熱、中已虚象、大忌前法。其臍以上為大腹、或満、或脹、或痛、此必邪已入裏矣、表症必無、或十之存一。亦要験之于舌、或黄甚、或如沈香色、或如灰黄色、或老黄色、或中有断紋、皆當下之、如小承気湯、用檳榔、青皮、枳実、元明粉、生首烏等。若未現此等舌、不宜用此等法、恐其中有湿聚太陰為満、或寒湿錯雑為痛、或氣壅為脹、又當以別法治之。
再黄苔不甚厚而滑者、熱未傷津、猶可清熱透表。若雖薄而乾者、邪雖去而津受傷也、苦重之薬當禁、宜甘寒軽剤可也。