葉天士の『温熱論』その11 望歯について

葉氏医学の望診

葉天士の医学は衛気営血弁証、そして舌診がよく知られています。しかし葉天士の書を通覧するに、葉氏一門の医学は舌診に限定したものではなく望診そのものに注力していると思えます。

その例が本章の「歯を診る」診法と前章の「癍疹」です。
本章では歯の潤燥、歯茎の色を診、皮膚の癍疹を診ることで、熱邪の病勢・氣液の盛衰を察することを提示していますが、これはまさしく望診といえるでしょう。

写真は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社より引用させて頂きました。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・歯について論ず

再び(論ず)温熱の病、下した後を看るに、亦(また)須らく歯を験みるべし。
歯は腎の余と為す、齦は胃の絡と為す①
熱邪、胃の津を燥せざれば、必ず腎液を耗す②
且つ二経の血は皆(みな)其の地を走る、病深ければ血を動じ、瓣(はなびら・弁)上に於いて結ぶ。
陽血なる者は色必ず紫、紫は乾漆の如し、陰血なる者は色必ず黄、黄は醤瓣の如し。
陽血若し見われるは、安胃を主と為す、陰血若し見われるは、救腎を要と為す。
然るに豆瓣の色の者は多くが険、若し症が還りて逆せざる者尚(なお)治す可し、否なれば則ち治し難し。
何を以っての故か?蓋し陰は下に竭き、陽は上に厥する也。

歯、若し光りて燥すること石の如くなる者は、胃熱の甚しき也。
若し無汗悪寒、衛に偏勝する也、辛涼にて衛を泄す、透汗を要と為す。
若し枯骨の色の如くなる者、腎液の枯れ也、難治と為す。
若し上半截(上半分)の潤は、水の上承せざる、心火炎上する也、急急に心を清して水を救う、枯処の転潤するを俟(ま)ちて妥と為す。
若し咬牙し噛歯(※)する者は、湿熱が風に化して痙病なり。
但だ咬牙する者は、胃の熱氣が其の経絡を走る也③
若し咬牙して脉症皆(みな)衰う者は、胃虚、穀氣以て内を営すること無く、亦(また)咬牙也。
何を以っての故か?
虚すれば則ち実するを喜む也。

舌本は縮せずして硬し、而して牙関咬定し開き難き者、此れ風痰阻絡に非ず、即ち痙症を作さんと欲す、酸物を用いて之を擦す即ち開く。酸は筋を走る、木来りて土を泄する故也。

若し歯の垢、灰の如く糕样なる者、胃氣に権無く、津亡びて、湿濁事を用う、多くは死す。
而して初病、歯縫に清血流れて痛む者、胃火衝激と為す也、痛まざる者は龍火内に燔する也。

歯焦げ垢無き者は死す、歯焦げて垢有る者は腎熱胃劫也、當に微しく之を下すべし④、或いは玉女煎、胃を清め腎を救うべき也。

※噛の字は断と記されるもの版もある。

歯と歯茎を診ることで

下線部①「歯は腎の余」であり「齦(歯ぐき)は胃の絡」です。歯を診るということは、歯だけでなく齦・歯茎をも診ること。至極あたり前にも思うかもしれませんが、見落としてしまうことでもあると思います。

下線部②「熱邪が胃の津液を乾燥させなければ、必ず腎液を消耗す。」とは、病熱によって胃か腎どちらかの津液は必ず損耗するということです。衛気営血弁証でみると、さらに熱邪は深くへ侵攻します。
病位が血分に到ることで、血は動じて色に変化があらわれます。「胃・腎の二経の血はその地を走る」とありますので、舌診の際は舌裏から歯茎にかけて診ておく必要がありそうです。

歯の食いしばりを鑑別する

また葉氏の望診は舌・歯・歯茎の色だけでなく、歯の食いしばり(咬牙・噛歯)にまで及んでいる点は誠に秀逸であると言えるでしょう。

熱病において注意を要する病伝の一つに「痙病(痙攣)」があります。瘟疫でなくとも発熱をきっかけに熱性けいれんに至るケースがあります。小児はりをしていると熱性けいれんの既往歴があり、発熱のたびに“熱性けいれん(痙症)”の予防に来院されるケースも複数例あります。
小児はりを実践するのであれば、熱邪の処理の仕方や、痙攣に至る病機を理解しておくことは必須と言えるでしょう。

さて下線部③では面白いことに、熱病病伝ではない咬牙についてもその理由が述べられています。
お子さんって、けっこう歯をガリガリ喰いしばったりするんですよね。その理由が本文にある「胃の熱気がその経絡を走るから」である、とのこと。なるほど納得です。

腎熱胃劫の謎

下線部④「歯焦げて垢有る者は腎熱胃劫也、當に微しく之を下すべし、或いは玉女煎、胃を清め腎を救うべき也。」

これは腎熱し胃が劫す(腎熱劫胃ではなく腎熱胃劫)証を示しています。腎熱もあり胃にも熱が及び胃陰(葉氏の言う胃汁)が損傷されている状態です。
胃熱に対し、少しく下す処方も示唆されています。また腎も胃も共に清熱して陰を守るという点では、玉女煎が勧められています。
玉女煎は胃熱を清し、腎陰を滋する方剤で『景岳全書』が出典のようです。その組成は〔石膏、熟地黄、知母、麦門冬、牛膝〕です。

鍼道五経会 足立繁久

原文【論歯】

再温熱之病、看下之後、亦須験歯。歯為腎之餘、齦為胃之絡。熱邪不燥胃津、必耗腎液。
且二経之血皆走其地、病深動血、結瓣于上。
陽血者色必紫、紫如乾漆、陰血者色必黄、黄如醤瓣。
陽血若見、安胃為主、陰血若見、救腎為要。
然豆瓣色者多険、若症還不逆者尚可治、否則難治矣。
何以故耶?蓋陰下竭、陽上厥也。

歯若光燥如石者、胃熱甚也。若無汗悪寒、衛偏勝也、辛涼泄衛、透汗為要。
若如枯骨色者、腎液枯也、為難治。
若上半截潤、水不上承、心火炎上也、急急清心救水、俟枯処轉潤為妥。
若咬牙噛(※)歯者、湿熱化風痙病。但咬牙者、胃熱氣走其経絡也。
若咬牙而脉症皆衰者、胃虚、無穀以内營、亦咬牙也。
何以故耶?
虚則喜實也。舌本不縮而硬、而牙関咬定難開者、此非風痰阻絡、即欲作痙症、用酸物擦之即開。酸走筋、木来泄土故也。
若歯垢如灰糕样者、胃氣無権、津亡、湿濁用事、多死。
而初病歯縫流清血、痛者為胃火衝激也、不痛者龍火内燔也。
歯焦無垢者死、歯焦有垢者腎熱胃劫(熬?)也、當微下之、或玉女煎、清胃救腎可也。

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