『脈経』の分別三関境界脈候所主を紹介

これまでのあらすじ

第一章は脈象24種に関する内容、第二章は平旦という概念を通じて人と天地を繋ぐ脈の意義という内容でした。
今回は脈を陰陽(寸尺)に分け、その間に位置する関の話です。


※『脉経』京都大学付属図書館より画像引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『脈経』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

書き下し文・三関の境界 脈候の主る所を分別す 第三

魚際より高骨に至る、其の骨自ら高し、却り行くこと一寸、其の中を、名づけて寸口と曰う。
寸より尺に至る、名けて尺沢と曰う。故に尺寸と曰う。寸後尺前を名けて関と曰う。
陽出でて陰入る、関を以て界と為す。陽出ること三分、陰入ること三分、故に曰う三陰三陽と。
陽は尺に於いて生まれ、寸に於いて動ず。
陰は寸に於いて生まれ、尺に於いて動ず。
寸は上焦を射することを主る、頭及び皮毛より出て、手に竟(きわむ)。
関は中焦を射することを主る、腹より腰に及ぶ。
尺は下焦を射することを主る、少腹より足に至る。

一から二へ、二から三へ、三から萬物へ・・・

脈(広義の寸口脈)を寸尺に分けることについては難経二難の記事にて紹介しました。
二つに区分する以上は、陰陽に別れます。太極から両儀・陰陽へ…という世界観です。
陽を寸口、陰を尺中と区分することは既に広く知られた話です。

そして寸尺・陰陽の境となるのが関上です。『脈経』では「関上を以て界を為す(以関為界)」と言い表しています。
この言葉は陰陽論でみると実に深い言葉です。
『老子(道徳経)』第42章には「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず(道生一、一生二、二生三、三生萬物)」とありますが、まさに脈という一が二(尺寸)を生じ、二(尺寸)は三(関という界)を生じ、寸関尺という三で以て千変万化する病態を把握するのです。

また一にあたる脈ですが、その根源的な存在とし老子においては道、易においては太極、脈診においては神とも解釈ができると思います。

ちなみに後段の寸関尺の上焦・中焦・下焦の対応は難経十八難の(難経系)三部九候脈診と同じ脈診法だと思われます。
但し、寸口が皮毛より出て手に竟(きわむ)という、脈と手の対応は特殊だと思われます。

鍼道五経会 足立繁久

平脉早晏法第二 ≪ 分別三関境界脉候所主 ≫ 辨尺寸陰陽栄衛度数

■原文・分別三関境界脉候所主 第三

従魚際至高骨 其骨自高 、却行一寸其中、名曰寸口。従寸至尺、名曰尺澤。故曰尺寸。寸後尺前名曰関。陽出陰入、以関為界。陽出三分、陰入三分、故曰三陰三陽。陽生於尺、動於寸。陰生於寸、動於尺。
寸主射上焦、出頭及皮毛、竟手。関主射中焦、腹及腰。尺主射下焦、少腹至足。

 

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