五行と六経・循環系と開放系

鍼道五経会の足立です。今日は2つの人体観の話。

なぜ人体観なのか?

当会では人体観についてよく話しますが、これは大事なことです。
 写真は『類経圖翼』(経絡治療学会 発行)より引用させていただきました。

人体観を漠然とさせたままでは鍼灸治療は難しいものがあります。

そしてこの状態が進めば…

『抽象的すぎ、観念的すぎ…』

『やっぱり東洋医学ってよく分からない』

という否定や鍼灸離れにつながることにもなると思うのです。

目に見える見えないは別にして(見えないものを無理に見ようとしてもおかしなことになるのですが…)

これまでの記事で書いたように東洋医学の世界には複数の人体観があります。人体観についてまとめた記事はコチラです。
これをごちゃ混ぜに覚えるのではなく、いったん整理してみることが大事です。

その結果、鍼灸治療の組み立て方が変わるはずです。

ということで、まずは鍼灸師にとってお馴染みの五行から。

五行の人体観は循環系

五行はいうまでなく木火土金水の5つの要素からなる世界観・人体観です。

木火土金水はそれぞれ五臓五腑に配当され・・・と、この話はすでにご存知でしょうから省略します。

さて、五行を図示すると五角形の木火土金水を描くことが通例です。

五角形で相生関係を描き、星型で相剋関係を表現します。

この相生・相剋をベースに鍼灸を組み立てることはよく知られています。

五行の基本コンセプトは図から見てわかるように“循環”です。

絶え間ない循環が平衡・バランスを維持するというシステムです。

このバランスが乱れると病気であり、バランスが極端に破綻したり、循環が止まると死です。

五行システムに感じる矛盾

しかし、この五行の循環システムには矛盾があります。特に人間一個体に当てはめると無理が生じると思うのは私だけでしょうか。

それは「入口と出口がないこと」です。

五行の図だけでは、さながら永久機関のようにエネルギーを補給することもなく、循環を繰り返しているようにみえます。
永久機関というか「エッシャーのだまし絵」風イラスト

恒久的な循環は、生物としては“ある意味 理想の姿”といえるかもしれません。
外部からの補給は要らず、流れが止まることはない…ということは不老不死に近い概念なのですから。

道教思想の影響を受けている医学でありますので、それはそれでなるほど…と思えなくもないですが。

あるいは、ある一瞬を切り取れば この循環思想もありでしょう。(摂食と排出を除く)

ということで、五行医学は循環系医学だと表現できるのではないでしょうか。

循環系医学に対して開放系医学

先ほどの循環系人体観とは見かたを変えれば“密閉型人体観”です。

密閉型に対するは開放系の人体観です。

そしてこの開放系人体観は傷寒論医学にあります。六経弁証や六病位と呼ばれ診断に活用されています。

分かりやすいのは“汗・吐・下”と呼ばれる発汗法、吐法、下法といった治療法があります。
(もちろん補法もあります)

この人体観をイメージするなら竹筒状の人体観です。
 バームクーヘンのイラスト。真ん中を“腑” “消化管”と見立てて、その周囲は複数の層から構成される。この点においてバームクーヘンを人体観に当てはめてイメージしやすいのではないだろうか。

口から始まり、肛門までの消化管を体の中心(の1つ)に据え、体の詰まりや閉塞を生じると病になるという人体観・病理観です。

この病理観は傷寒論だけでなく、内経、金元医学、温病学にもあります。

追い出すべき病邪の居場所と、どのように追い出すか?を明確にした医学体系だと言えるでしょう。

この具体性は五行医学とは一線を画します。

真実はいつもひとつ!ではない

両者の特徴をまとめますと…

五行は循環を主旨とし平衡・バランスを整えるのに向いている。

六経・六病位は流通・交通を旨とし、閉塞を開通させ、体をクリーンにすることに強い医学体系だと言えます。

補瀉はその基本単位ですね。

循環や平衡を司る五行的人体観の弱点は観念的であり抽象的でありますから、抽象的・観念的な思考に弱い現代日本人には理解するまでに抵抗を感じるかもしれません。

特に伝統医学の人体観・病理観を理解するのが難しいと感じる人こそ、複数の人体観を知っておくことをお勧めします。「真実はいつもひとつ!…なのではない」そんな柔軟な思考が大事なのです。

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP