葉天士の『幼科要略』その17 春温風温について

これまでのあらすじ

いよいよ『幼科要略』も大詰めです。残るところ今回の「春温風温」と次の「夏暑」のみ。(長かった…)
風温については、すでに「その3 風温」で解説されていますので、今回はその総括とみても良いのではないでしょうか。第3回の記事と併せて読んでみてください。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・春温、風温

春月の暴かに暖にし忽(たちまち)冷するは、先ず温邪を受く、継いで冷束を為す。
咳嗽し痰喘するは最多し、辛解して温むを忌む、只一剤を用う、大いに絶穀を忌む。
若し甚しき者は、宜しく昼夜堅抱して三四日に倒すこと勿れ。
夫れ軽きは咳を為し、重きは喘を為す。喘急すれば則ち鼻掀胸挺(呼吸困難)す。
春温は皆、冬季の伏邪なり①、大方 諸書に詳らかなり。
幼科にも亦(また)伏邪有り②、治は大方に従う。

然るに暴感を多しと為す、頭痛、悪寒発熱、喘促鼻塞、身重、脉浮、無汗の如くは、原(もと)より表散すべし。
春令は温舒なり、辛温するは宜しく少しく用うべし。陽経表薬(を用いる際は)、最も混乱を忌む。
若し身熱咳喘有痰の症に至りては、只だ宜しく肺薬辛解すべし、瀉白散加前胡牛蒡薄荷の属、消食薬は只だ宜しく一二味とすべし。若し二便俱に通ずる者には、消食を少しく用う。
須らく表裏上中下の何れの者かを辨じて施治を為す。

春季の温暖は、風温極めて多し、温(邪)は熱に変ずること最も速し。
若し発散風寒消食すれば、津液を劫傷する、変症するは尤も速し。
初め咳嗽喘促起き、通行して薄荷(汗多不用)、連翹、象貝(貝母)、牛蒡、天花粉、桔梗、沙参、木通、枳殻、橘紅、桑皮、甘草、山梔子(泄瀉不用)、蘇子(瀉不用、降氣)を用う。
熱を表解して清ならざるは、黄芩、連翹、桑白皮、天花粉、地骨皮、川貝母、知母、山梔子を用う。
裏熱の清ならずして、早上(朝)は涼して、晩暮には熱す、即ち當に血分を清解すべし、久なるときは則ち滋清養陰す。
若し熱陥りて神昏し、痰升り喘促するは、急ぎ牛黄丸、至宝丹の属を用う。

按ずるに、風温は乃ち肺が先ず邪を受け、遂に心包に逆伝す。
治は上焦に在り、清胃攻下とを同法にせず。
吾が郷里の幼科では當に此れなるべし。初め発散消食を投じて応ぜずば、改めて柴胡、黄芩、瓜蔞(栝楼)枳実、川連(※1)を用う。
再度、下奪して応ぜずは、多くは危殆を致す。皆、手経の病の不明なるに因るのみ。
若し寒痰阻閉して、亦(また)喘急胸高有るは、前法を与うべからず。三白(※2)を用いて之を吐す、或いは妙香丸。

※1、川連…峨眉山特産の「峨眉野連」をはじめ、栽培の「味連」と「雅連」は品質が良く、この3つを合わせて「川連」という。
小太郎漢方製薬株式会社のホームページより)

※2、三白…白芨、白术、白茯苓を合わせて三白という。もしくは三白草(半夏生のこと)か。
  三白草についての生薬説明は「武田薬品工業株式会社 京都薬用植物園」のサイト記事を参考にされたし。

春温・風温とは

風温についてはすでに『その3 風温について』の記事で勉強しましたが、復習する気持ちで読んでみましょう。
「温邪は熱に変ずるのが最も速い」とか「風温は肺が先ず邪を受ける」「心包に逆伝する」「治は上焦に在り」といった言葉は見覚えがありますね。
また「若し発散風寒消食など不適切な処置をすれば、津液を傷つける」「その場合、変症するは最も速し!」といったことも今までの『温熱論』『幼科要略』を通じて理解することは容易いと思われます。

春温は冬季の伏邪にして固密の余

本文のポイントとしては下線部①「春温は皆、冬季の伏邪なり(春温皆冬季伏邪)」です。
この語句はシンプルながらも春温の病の本質をついています。

『その10 秋燥-秋の病を理解するには、春の病を理解する-』では春温と秋燥とを比較することで両症の理解を試みました。
本論のこの言葉は秋燥の言葉「春月為病、猶冬藏固密之餘」をよりシンプルに言い換えていると言えるでしょう。

小児の病は伏邪が大半

下線部②「小児にも伏邪有り(幼科亦有伏邪)」についてです。
小児には冬季の伏邪の他にも生まれ持った伏邪があります。いわゆる胎毒という病理体質です。拙稿『胎毒からみえてくる伝統医学の小児科(前編)曲直瀬道三が伝えた小児科医学を中心に、三系統の胎毒を紹介する』を参照のこと)

明代の医家、虞摶(1438-1517年)は次のような言葉を残しています。
「幼科之疾…(中略)…大半胎毒而少半傷食也。其外感風寒之証十一而已。」(『医学正傳』巻八, 虞摶 著)

日本の医家、戦国時代のスーパードクターとしてNHKが評した曲直瀬道三も虞摶が提唱した小児病理をそのまま引き継いでいます。
「小児の病の大半は胎毒、小半は傷食にして、外感風寒の病は十に一つのみ」(『遐齢小児方』曲直瀬道三 著)

小児にはすでに伏邪としての胎毒が存在し、諸病の病因として考慮する必要があります。本文では直接的な胎毒治療の情報は見受けられませんが、胎毒の多少によって熱病など諸症状の軽重が変動することは東医的臨症では大いにあることです。
これもまた小児の治療は成人男性の100倍難しいとも言われる所以であります。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 春温、風温

春月暴暖忽冷、先受温邪、継為冷束、咳嗽痰喘最多、辛解忌温、只用一剤、大忌絶穀。若甚者、宜昼夜堅抱勿倒三四日。夫軽為咳、重為喘。喘急則鼻掀胸挺。
春温皆冬季伏邪、詳于大方諸書。幼科亦有伏邪、治従大方。
然暴感為多、如頭痛、悪寒発熱、喘促鼻塞、身重、脉浮、無汗、原可表散。春令温舒、辛温宜少用。陽経表薬、最忌混乱。
至若身熱咳喘有痰之症、只宜肺薬辛解、瀉白散加前胡牛蒡薄荷之属、消食薬只宜一二味。若二便俱通者、消食少用。
須辨表裏上中下何者為施治。
春季温暖、風温極多、温変熱最速。若発散風寒消食、劫傷津液、変症尤速。
初起咳嗽喘促、通行用薄荷(汗多不用)、連翹、象貝、牛蒡、花粉、桔梗、沙参、木通、枳殻、橘紅、桑皮、甘草、山梔(泄瀉不用)、蘇子(瀉不用、降氣)
表解熱不清、用黄芩、連翹、桑皮、花粉、地骨皮、川貝、知母、山梔。
裏熱不清、早上涼、晩暮熱、即當清解血分、久則滋清養陰。若熱陥神昏、痰升喘促、急用牛黄丸、至宝丹之属。

按、風温乃肺先受邪、遂逆傳心包、治在上焦、不與清胃攻下同法。吾郷幼科當此、初投発散消食不應、改用柴芩瓜蔞(栝楼)枳実、川連、再下奪不應、多致危殆、皆因不明手経之病耳。
若寒痰阻閉、亦有喘急胸高、不可與前法。用三白吐之、或妙香丸。

※「常有継病、治之無効、待妊婦産過自愈者」此文義不通、疑錯文。周本加注曰「継」亦作「魅」、或可参。

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