淫火『博愛心鑑』下巻 その③

『博愛心鑑』では痘毒の原因である火毒が男女交媾によって生じると唱えています。しかし男女交媾とは即ち生殖活動であり、生命にとって必要不可欠であるものです。この生殖行為が毒の原因となるという一見矛盾を感じる説でもあります。さてさてこれをどのように解釈しましょうか。本文を読んでいきましょう。


※『痘疹博愛心鑑』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・淫火

淫火

淫なるは欲の之(これ)溢るる也。火なるは欲の之(これ)極み也。出没隠顕たるや、澒澒洞洞として、得て而して名づく可からざる也。夫れ男女交媾を縦(ほしいまま)なるが自(よ)り、其の烈熾の火毒、精血の間に於いて遺る。形声無しと雖も、殆(ほとんど)之を焚くに煙有り、之を撃つに火有るが如き一つなり。自然にして然る者、精血は孕して臓腑皮毛筋を成するに、要(かならず)皆な此の火の突然として、火性炎上する。寧ろ時に因り、勢に随いて発せんや。故に曰く、痘の在る所、皆な淫火の在る所也。
抑々、男子は陽盛にして淫火は氣に起こる、女子は陰盛にして淫火は血に動ずる。氣は則ち薄にして清し、血は則ち厚にして濁なり。薄きは則ち真氣に順じて生ずる也。厚きは則ち真氣に逆して衰ろう也。氣盛んにして稠なる者は陽毒也。血盛んにして稠なる者は陰毒也。陽毒は治し易し、陰毒は理し難し。此れに於いて見る可し、淫火は患を遺す之(これ)細ならざることを。有道の者これを戒めよ。

火毒の原因は…

本章では火毒の原因について述べています。
すなわち胎毒・痘毒の本質は「火毒」であることを明示しており、その火は「男女交媾」によるものであると、魏直先生のズバリ指摘しています。

この男女交媾に目を向けた点も非常に興味深いものがあります。
男女交媾とは即ち生殖です。生殖活動は生命にとって必要不可欠であるものです。その生命にとって不可欠たる生殖行為そのものが火を生じ、過剰な火が毒となり、次世代に影響して先天の遺毒となるという、一見すると矛盾に満ちた説でもあります。

しかし、従来の胎毒説も飲食や情動に起因するものでり、これもまた生命活動や人の精神活動という生きている以上、不可欠または不可避の要素であります。このように生きている以上は必ず内部に邪毒を生じるという観点はある一面では本質をついた生命観といえるのかもしれません。

さて、節度を弁えず情欲の赴くままの男女交媾には過剰な火を燃やします。その火が火毒の原因となり、子どもの体内の精血間に火毒を遺すことになります。この精血の間を潜伏部位に指定した魏直の着眼点もまたうならされるものがあります。(『博愛心鑑』氣血虧盈図説の「陰陽氣血と痘毒の病理関係をひも解く」の記事を参照のこと)

本文の「男子は陽盛にして淫火は氣に起こる」「女子は陰盛にして淫火は血に動ずる」
ここでの男女の性差は淫火なので、父母のことを言っています。

しかし「氣盛んにして稠なる者は陽毒也。血盛んにして稠なる者は陰毒也。」という、氣血によって火毒がさらに陽毒と陰毒に分かれるのだと言っています。この陰毒と陽毒の別は子どもの体内での話です。「陽毒は治し易し、陰毒は理し難し」と痘疹治療の難易を言っているからです。

このように火毒にも遺伝の軽重があることを示唆しており、「淫火遺患之不細矣(淫火が病患を遺すことは小さなものではない)」として、道を知る者は戒めねばならないと締めくくっています。

精血 ≪ 淫火 ≫ 察形 ≫≫ 辨胎血致毒

鍼道五経会 足立繁久

原文 『博愛心鑑』淫火 第一

■原文 『博愛心鑑』巻下

淫火

淫者欲之溢也。火者欲之極也。出没隠顯、澒澒洞洞。不可得而名也。夫自男女交媾縱、其烈熾火毒遺於精血間。雖無形聲、殆如焚之有煙、撃之有火一。自然而然者、精血成孕、臓腑皮毛筋骨、要皆此火之突然、火性炎上、寧不因時、隨勢而發。故曰痘之所在。皆淫火之所在也。抑男子陽盛淫火起於氣、女子陰盛淫火動於血。氣則薄而淸。血則厚而濁。薄則順眞氣生也。厚則逆眞氣衰也。氣盛而稠者陽毒也。血盛而稠者陰毒也。陽毒易治、陰毒難理。於此可見、淫火遺患之不細矣。有道者戒之。

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP