氣血交会図説『博愛心鑑』上巻 その②

痘疹・痘瘡の医学は発生学から始まる

魏直が記した痘疹医学書『博愛心鑑』シリーズの第二回です。前回は序章ともいうべき「氣血交会図」および「始形図」「交会図」「成功図」でした。陰陽学を基にして発生学ともとれる内容で、理解するのがやや困難な印象を受けます。
それもそのはず。痘疹の病因のひとつ遺毒は生まれ落ちる前に人体に備わるものです。故に生を受けた瞬間に目を向けないといけないわけです。しかも発生学を陰陽で論じるため、自ずと漠然とした表現となり、抽象的な印象を受ける論説になるのです。
しかし見方を変えれば、当時の生命観を知るには絶好の学問ともいえます。そんな視点で第二回の「氣血交会図説」を読んでみましょう。


※『痘疹博愛心鑑』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・氣血交会図説

氣血交会図説

夫れ人身は一太極のみ。蓋し氣血の伝変、陰陽交会の理、一太極の中より来たるに非ざること無き也。
故に曰く、人の生は天地と一般と。大且(おおよそ)人身の受る所の火毒、有形の先に於いて中り、有生の後に於いて発する。
曰く、痘とは其の形を以て而して之を名づく也。発すること必ず氣血を仮て而して後に解す。

予、嘗て其の氣血形色の象を究むるに、宜乎(むべならかな)!太極の道の存すること有り。故に痘の発するや、則(のり)有り。
中に於いて形(あらわるる)者を氣と曰い、外に於いて週(めぐ)る者を血と曰う。(中白き処を氣と曰い、外黒き処を血と曰う。一を以て而して例と為すれば則ち、百千皆な類す。)
即ち陰陽動静互いに其の根と為るの理、(陽動じ陰静するに、陰動じ陽静するの義、此れ太極の理を挙げて、以て痘の形象を正す)
一つに皆な氣血交会し、制化其の毒を制化して之を形(あらわす)也。(氣の尊、血の附に非ざれば則ち其の形を成すること能わざる也)。
陰始めて陽に交わる(初出一点の血、氣未だ至らず、陰は陽に交わると雖も未だ会すること得ざるの象也)、
血能く毒を載せ上を犯す(栄血、衛氣を犯すを謂う)、其の体立也。

●陽始めて陰に会する(氣、血に会すれば也)、氣能く位を定めて下を制す(謂氣、血毒を制するを謂う也)。
其の用行わる也、是を以て陽は上に於いて剛(陽剛)するに(氣は中に居して血を制す)、陰は下に於いて柔(陰柔)す(血は外を圍みて氣に附く、各々能く其の性に順する也)、而して健順の理を得る。(総て上文の意を結びて、陰陽性情を守りて失わずを言う。各々其の正を得る也)。

二変してを為す。陰中の陽(陰血盛んにして陽氣初めて長ず)、血は外に附いて、氣を体するの道を致す。(血の性、柔にして氣に附けば則ち順の義に於いて失われざるを言う)。
三変して⦿を為す。陽中の陰(陽氣盈して陰血漸く虧くる)、氣は内に於いて尊して、血を成すの功効なり。(氣の性、剛にして血を拘(とら)えて毒を化すれば則ち健の義に於いて失わざるを言う)。
氣和して血就(な)り(此れ極めて氣血交会の道、其の正を得ることを言う)。
萬殊、皆な貫いて一春に同じくす。(一を挙げて言うときは、則ち物物は皆な太極。物物は皆な陰陽なり)。陽施し陰化して(陽に非ざれば則ち以て其の毒を発すること能わず。陰に非ざれば則ち以て其の毒を化すること能わず)、血収まり氣足る。(毒既に外に発すれば、人身の氣血干(おか)すこと無し。)

・痘始めて形を成す。(痘の発する下態萬状、総べて痘の形色に帰する。斯れ氣血交会、毒を制するの妙と為す。其の形色に逆すれば、天命此れに由りて終わらざること莫し。)
而して火毒斯解す。厥の功成りて焉。以て陰陽交会、毒を制し其の全道を得るを見るに足れり。
斯の毒や、則ち巨細・稀密の殊なり有りと雖も、而かも百千の形状皆な一性に類する也。(痘の性、能く圓(まどか)に、火の炎上、水の順下して、萬殊一太の義の如し。此れ天地自然の理を言う也。)
惟だ其の変態、一情ならざる也。(毒出でて陥塌し、紫褐黒白の形、手足に類せざる者、此れ皆な陰陽氣血虧盈の然しむる也。)
性、天地に出でて、情は陰陽に出づる。情は化すべし、性は豈に人力の為すならんや。(此の中、毒受の理を言う、四体百脈に週流して闢闔に準ありと雖も、一つでも乖離あれば、実(まこと)に氣血の為す所、人が得て而して修為すべし。如し理に偏倚ありて斡旋せんと欲せば、聖人と雖も能(よく)すること莫し。)

然れども、陰陽は氣血の司命なり。交会尅勝の理に違うこと有れば、毒勢反て盛にして曷(いずくんぞ)解すべきや?!
治を擬するに、陰始て陽に交るの際(あいだ)陽交わり陰会するの初めの若き、憂虞(ゆうぐ)の象、未だ治を加うべからず。恐らくは其その薬性紊乱せん。
氣血交会の機、氣始めて位を定め血初めて帰附するが若き、吉凶得失、此れに由りて生ずる。苟しくも其の正を失わば則ち宜しく治すべし。然らざれば恐らくは其の氣血虧弱すれば、毒必ず内攻せん。是を業とする者、當に調爕(ちょうしょう)を加うべし。氣尊く血附き、乾坤道済して、以て陰陽の化を治むるを見るに足れば、其の全功を収めん。竊かに造化の生生するを観れば、太極中より之を求むるに非ずんば、安んぞ得て而して知るべき。此れ誠に百世不易の定法ならんか。

人体も痘疹も突き詰めていくと陰陽

「人体とは陰陽である。」
「それを構成するものの一つに氣血があり、臓腑があり、経絡がある…」
さらに突き詰めていくと「それらは太極に遡ることができる。」
そして観点を拡げると「陰陽の法則に沿った存在はなにも人体だけではなく、天地自然そのものがそれである。」…と、天人相応の思想に行きつくわけです。そして病もまた陰陽の法則に従うものの一つ。痘疹とはいえ、その病根に目を向ければ陰陽の法則に則するものともいえます。

文中では●(黒点)と❍(黒丸の中の白点)◉(白丸の中の黒点)そして○(白点)の4つの記号が登場します。
前回の「始形図」「交会図」「成功図」にも同様の絵図・記号が示され、それぞれ「純陰の象」「微陽の象」「微陰の象」「純陽の象」として図示されていました。陰陽・氣血そして毒との盛旺が説かれていましたね。

二変の❍は陰中の陽を示しており「陰血が盛んになることで、陽氣が長ずることができる」の語句はわかりやすいと思います。
三変の◉は陽中の陰を示しており「氣の性質は陽剛である故に血を拘(とらえ)て毒を化する」という遺毒を制御する氣のはたらきを説明しています。これもなんとかイメージできる範囲内でしょう。
そして○の「痘始成形」。これまで二変・三変と生まれ落ちる前の話をしておいて、いきなり痘疹発症の話に時間軸が移っているようです。これにはちょっと面喰いますが、まあ痘疹の症状を挙げつつ、氣血の盈虧と痘疹という病の陰陽の法則性について言及しています。

ここで興味深く感じた点はこの文「性出于天地、情出于陰陽、情可化、性豈人力爲哉」です。

痘疹の性と情と天地陰陽の法則

「(痘疹の)性は天地に出づる。(痘疹の)情は陰陽に出づる。」
「痘疹の情は化するべし、痘疹の性は豈に人の力の為すことならんや!(いやそうではない)」

前文にあるように、痘疹の性とは(痘疹の発し方にも)巨細・稀密の違いがあり、それは百千の形状の個人差があります。しかしその違いも包括して一つの性、すなわち天地自然の理に類することができるのです。
この文を承けて「痘疹の性は天地に出づる」となるのです。

しかし実際の臨床現場では、そのような理想論だけでは通用しません。それを指摘しているのが「痘疹の症状の変態は一の情ならず」です。実際には「痘疹・痘毒の現れ方は、陥塌あり、発疹の色にも紫色・褐色・黒色・白色の痘疹あり…」と実に多様な発症パターン、発症時期による違いがあります。これらは氣血の虧盈によるものであると説いています。つまり患者の氣血の盛衰、病邪(痘毒)の病勢によって発症の表現型は異なるということです。
それゆえに「痘疹の情は、天地ではなく人の陰陽(すなわち氣血の盈虧)に出づる。」となるのです。

従って「情は化すべし、性は豈に人力の為すならんや。」という言葉も、人の氣血の盈虧による痘疹の情は化する(修為もしくは調治する)べきあり、天地による痘疹の性は人力にては如何ともし難いものがある、と解釈できます。
これもまた前記事にて痘疹の病因に触れましたが、「遺毒」と「天行時氣」それぞれの病因が「情」と「性」のいずれに該当するか、言うまでもないことですね。

気血交会図・始形図・交会図・成功図 ≪ 気血交会図説 ≫ 氣血虧盈図

鍼道五経会 足立繁久

原文 『博愛心鑑』氣血交會圖説

■原文 『博愛心鑑』 氣血交會圖説

夫人身一太極耳。葢氣血傳變、陰陽交會之理、無非一太極中來也。故曰人生與天地一般。大且人身所受之火毒、中於有形之先、發於有生之後。曰痘者以其形而名之也。發必假氣血而後解。予嘗究其氣血形色之象、宐乎、有太極之道存焉。故痘之發也有則。形於中者曰氣、週於外者曰血。(中白處曰氣、外黒處曰血。以一而爲例則、百千皆類)即陰陽動靜互爲其根之理(陽動陰靜、陰動陽靜之義、此擧太極之理、以正痘之形象)。一皆氣血交會、制化其毒而形之也(非氣之尊血之附則不能成其形也)。陰始交陽(初出一點血、氣未至、陰雖交陽未得會之象也)、血能載毒犯上(謂榮血犯衛氣)、其體立也。

●陽始會陰(氣會血也)、氣能定位制下(謂氣制血毒也)、其用行也是以陽剛於上(氣居中而制血)、陰柔於下(血圍外而附氣各能順其性也)、而健順之理得矣(總結上文之意、言陰陽性情守而不失、各得其正也)。二變而爲❍、陰中之陽(陰血盛而陽氣初長)、血附於外、體氣之道致(言血性柔而附氣、則不失於順之義)。三變而爲⦿、陽中之陰(陽氣盈而陰血漸虧)、氣尊於内、成血之功効(言氣性剛而拘血化毒、則不失於健之義)。氣和血就(此極言氣血交會之道得其正)。萬殊皆貫同乎一春(擧一而言、則物物皆太極。物物皆陰陽也)。陽施陰化(非陽則不能以發其毒。非陰則不能以化其毒)、血収氣足(毒既發於外、與人身之氣血無干矣)。

・痘始成形(痘之發下熊萬状※1、總歸于痘之形色。斯爲氣血交會、制毒之妙。逆其形色、天命莫不由此而終焉)、而火毒斯解、厥功成焉。足以見陰陽交會、制毒得其全道矣。斯毒也、雖則巨細稀密之有殊、而百千形状皆類乎一性也。(痘之性能圓、如火之炎上、水之順下、萬殊一太之義。此言天地自然之理也。)惟其變態不一情也。(毒出陷塌紫褐黑白之形、不類手足者、此皆陰陽氣血虧盈之使然也。)性出于天地、情出于陰陽、情可化、性豈人力爲哉。(此中言毒受之理、雖週流四體百脉闢闔有準、一有乖離、實氣血之所爲、人可得而修爲。如理有偏倚而欲幹旋※2、雖聖人莫能焉。)

※1:熊、當作態。※2;幹、當作斡

然陰陽者氣血之司命也。交會尅勝之理有違、毒勢反盛曷可解耶。擬治若陰始交陽之際、陽交陰會之初、憂虞之象未可加治。恐其藥性紊亂氣血交會之機、若氣始定位血初歸附、吉凶得失由此生焉。苟失其正、則宜治矣。不然恐其氣血虧弱、毒必内攻。業是者當加調爕。氣尊血附、乾坤道濟、足以見陰陽治化、収其全功矣。竊觀造化生生非太極中求之、安可得而知、此誠百世不易之定法也歟。

 

 

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