保元済会図説『博愛心鑑』上巻 その⑧

本章「保元済会図説」では保元湯の構成生薬の紹介、および「外剝」「内攻」病理のおさらいになります。ここも必見の章といえるでしょう。


※『痘疹博愛心鑑』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・保元済会図説

保元濟會圖説

夫れ元氣栄衛は、即ち太極陰の根本也。蓋し栄は脉中を行き、衛は脉外を行く。内外回護し、互いに相い滋養す。天地生生の道を得て、替わること無き也。且つ痘毒の火は、実に陰陽が相い亢りて、而して中り、天の沴氣と同し。其の軌轍(きてつ)、時に因り感動して発せざること莫きは、猶(なお)鏡の火を取るが如し。鏡中の火は在ると雖も、日の晶光の相い射ることを無からしめば、則ち何ぞ能く発せん也。
是の故に痘を治するの要、陰陽の伝変盈虧の理を得るに非ざれば、則ち治を氣血に於いて加ること能わず。
氣は内に在りて外に及ばざれば、則ち血は毒を載せて出でて外剝を為す。氣は外に在りて内に続かざれば則ち血は毒を載せて入りて内攻を為す。即ち陽道虚すれば陰往きて之に従う、陰道虚すれば則ち陽往きて之に従うの義。保元湯の善く氣血の過ちを補うに非ずんば、則ち其の功妙を施すこと能わず。

故に人参を用いて以て元を固くす。
内実すれば則ち能く其の衛氣の不足を続き、黄耆以て表を補う。
外実すれば則ち能く其の元氣を有余に益す、而して又、桂を以て其の血を制す。
血、内に在りて引きて之を出だせば、則ち氣は従りて内に入る。
血、外に在りて引きて之を入るれば、則ち氣は従りて外に出づる。
而して参耆も桂の血を逐い引導するに非ざれば、則ち独り其の功を樹(た)てること能わず。桂も亦た甘草の氣血を平和するに非ざれば、則ち其の條理を緒すること能わず。則ち其の土地の宜しき所に随いて、他薬を以て之を攻むと雖も、終に四品、君臣の要剤を出ること能わず。
予、擅(ほしいままに、もっぱら)に此の方を立て、此の図を立て、治法を開明して。将に天下国家を利すること欲せんとす。俾其の吾が道に従う者をして、離珠の索を費やさず而して得ること有らしめん。

外剝と内攻の病理をもう一度

「氣は内に在りて外に及ばざれば、則ち血は毒を載せて出でて外剝を為す。」

外剝の病理は、“氣が血中毒を制することができない”ことが前提です。これに表裏内外における偏差を病理に加えて考えます。外位・表位にまで氣の働きが及ばないことで、外位における“血中毒に対する制毒能”が発揮されずに「外剝」たる病態が形成されるのです。

「氣は外に在りて内に続かざれば則ち血は毒を載せて入りて内攻を為す。」

内攻の病理もまた“氣が血中毒を制することができない”ことが前提です。ここに内外偏差により、氣が外位に張り出し、内位では氣力が相対的に手薄となります。そのため内位における氣の“痘毒に対する制毒能”が発揮されずに「内攻」たる病態が形成されるのです。

この文から外剝と内攻の違いがより明確に分かると思います。前々章「氣血交会不足図」にある“外剝”と“内攻”の解説を今一度見直すと良いでしょう。
この外剝・内攻という病的状態をいかに打開・修正するかが治病の大きな指針となります。

保元湯の氣血の動かし方

前章までは、氣を動かすことで“いかに血中痘毒を制御するか?”がテーマでしたが、本章で説かれているのは“血を動かすことで、氣をスムーズに内外にシフトさせること”です。

「血、内に在りて引きて之を出だせば、則ち氣は従りて内に入る。」
「血、外に在りて引きて之を入るれば、則ち氣は従りて外に出づる。」

この文章は少し意訳になりますが、“内位にある血を引き出せば、血と交代するように氣が内位に入る”また“外位にある血を引き入れれば、血と交代するように氣が外位に出る”と読むことができます。

この血を動かす働きを官桂の薬能に任じています。これを「人参黄耆も、桂が持つ“血を逐い引導する薬能”でなければ、人参黄耆だけではその効能を発揮することはできない」そしてまた「桂もまた“甘草の氣血を平和する薬能”がなければ、その條理を緒することはできない」とあります。とくに人参・黄耆と桂の薬能の組み合わせは分かりやすいと思います。

また氣血を内外に引き導くという双方向性の動きを、この保元湯のみで効かせることは一見すると矛盾しているようにもみえますが、このように自在に氣血を動かすことを可能ならしめている点でも確かに「此方有君臣協恭、上下相濟之道。故總而名之、曰得元慧及生靈、建大功禦大患。誠王道之大。豈虚語哉。」と前章にて大いに自負する価値があると思います。

官桂について

ちなみに官桂についても確認しておきましょう。明代の本草書『本草綱目』(1590年序)を確認しましたが、今ひとつ判然としません。一応、以下に引用しておきます。

『本草綱目』桂
…(略)…
蘇頌曰、『爾雅』に但だ「梫、木桂」の一種のみ言う。『本草』には桂、及び牡桂、菌桂の三種を載せる。
今、嶺表に出す所、則ち筒桂、肉桂、桂心、官桂、板桂の名あり、而して医家はこれらを用いて、分別あること罕(まれ)なり。
旧説には、菌桂は正圓にして竹の如し。二三重なる者有るは則ち今の筒桂なり。牡桂は皮薄く色黄く脂肉の少なき者、今の官桂なり。桂これ半巻にて脂多き者は則ち今の板桂なり。

■原文『本草綱目』桂
頌曰、爾雅但言梫、木桂一種、本草載桂及牡桂、菌桂三種。今、嶺表所出、則有筒桂肉桂桂心官桂板桂之名、而醫家用之、罕有分別。舊説、菌桂正圓如竹、有二三重者、則今之筒桂也。牡桂皮薄色黄少脂肉者、今之官桂也。桂是半巻多脂者、則今之板桂也。……

…と桂の違いを記している。この文からして牡桂と官桂は同種のようです。

『本草綱目』に記される薬能としては、桂(肉桂)、桂心、牡桂、三種の薬能が記されており、その中で痘瘡に対する薬能が記されているのは「桂心」と「牡桂」です。
桂心はその[主治]に於いて「治風僻失音、喉痺、陽虚失血、内托癰疽痘瘡、能引血化汗化膿、解蛇蝮毒。(時珍)」
牡桂の[発明]に於いて「又丁香官桂治痘瘡灰塌、能温托化膿、詳見丁香下。」…とあり、蘇頌の説と照らし合わせて牡桂を官桂とみて良いだろうと思われます。
また[正誤]にて、官桂について触れています。とくに特記事項はありませんが、念のためメモしておきます。

『本草綱目』桂
好古曰、寇氏が『衍義』に言く、官桂は何に縁りて名を立てるか知らず。予、図経を考えるに、今を観るに、賔宜の諸州から出る者は佳なり。世人、観の字を多く書くを以て、故に寫して官と作する也。
時珍曰、此れ(王好古の説)誤りなり。図経の今を観れば、乃ち今視の意なり。嶺南に観州なし。官桂と曰う者は乃ち上等、官に供うるの桂也。

■原文
好古曰、寇氏衍義言、官桂不知縁何立名。予考圖經、今觀賔宜諸州出者佳。世人以觀字畫(畵)多。故寫作官也。
時珍曰、此誤矣。圖經今觀、乃今視之意。嶺南無觀州。曰官桂者、乃上等供官之桂也。

保元済会図 ≪ 保元済会図説 ≫ 栄衛相生図序

鍼道五経会 足立繁久

原文 『博愛心鑑』保元濟會圖説

■原文 『博愛心鑑』 保元濟會圖説

夫元氣榮衛者、即太極陰陽之根本也。葢榮行脉中、衛行脉外。内外囘護、互相滋養。得天地生生之道、而無替也。且痘毒之火、實陰陽相亢而中、與天之沴氣同。其軌轍莫不因時感動而發猶鏡之取火。鏡中火雖在焉。使無日之晶光相射、則何能發也。是故治痘之要、非得陰陽傳變盈虧之理、則不能加治於氣血。
氣在内外不及、則血載毒出爲外剝。氣在外内不續則血載毒入爲内攻。即陽道虚陰往從之、陰道虚則陽往從之之義。非保元湯善補氣血之過、則不能施其功妙。故用人參以固元。内實則能續其衛氣之不足、黄耆以補表。外實則能益其元氣於有餘、而又以桂制其血、血在内引而出之、則氣從内入。血在外引而入之、則氣從外出、而參耆非桂之逐血引導、則不能獨樹其功。桂亦非甘艸平和氣血、則不能緒其條理。雖則隨其土地所宐、以他藥攻之、終不能出乎四品君臣之要劑。予擅立此方立此圖、開明治法。將欲利乎天下國家、俾其從吾道者、不費離珠之索而有得焉。

 

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