『奇経八脈攷』その15 帯脈為病について

帯脈為病について

奇経八脈の病に関する章もとうとう最終回です。本章では帯脈の性質について詳しく述べられています。また帯脈と関係の深い病邪、さらに多様な病理パターンが記されている点では、他の奇経為病と少し趣きの異なる印象を受けます。
帯脈が持つ特殊性についても考察として言及しておきたいと思います。


※『奇経八脈攷』(『重刊本草綱目』内に収録)京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『奇経八脈攷』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

書き下し文・帯脈為病

秦越人が曰く、帯の病為(た)るは、腹満、腰溶溶として水中に坐するが如し(溶溶とは緩慢の貌)。

『明堂』に曰く、帯脈の二穴は腰腹縦みて、溶溶として嚢水の状の如く、婦人の少腹痛、裏急後重、瘈瘲、月事不調、赤白帯下を主る。
鍼六分、灸七壮す可し。

張潔古が曰く、帯脈の病、太陰これを主る、宜しく章門二穴に三壮灸するべし①’

『素問』に曰く、邪が太陰の絡に客する、令人をして腰痛せしめ小腹に引き䏚に控く、以て養息することすべからず。(䏚とは季脇下の空軟なる処を謂う)。

張仲景が曰く、大病の瘥えて後、腰以下に水気有る、牡蠣沢瀉散これを主る。若し已えざるは、章門穴に灸する①’’

王叔和が曰く、帯脈の病為る、左右臍を遶りて腰脊痛み、陰股に衝く也。

王海蔵が曰く、小児の㿗疝、章門に三壮灸するべし、而して愈る、以て其れ帯脈と厥陰の分に行く、而して太陰これが主る①’’’

又曰く、女子の経病、血崩、久して枯を成す者は、宜しく之を澀し之を益するべし。血閉じ久しくして竭を成す者は、宜しく之を益し之を破るべし
破血する者には三治有り、始むるときは則ち四物に紅花を入れ、黄耆、肉桂にて調える。
次なるは則ち四物に紅花を入れ、鯪鯉甲(穿山甲)、桃仁、桂を調え、童子小便と酒に和して煎服する。
末なるは則ち四物に紅花を入れ、易老没薬散にて調える。

張子和が曰く、十二経と奇経七脈は皆 上下に周流する、惟だ帯脈は小腹の側、季脇の下に起き、身を環ること一周。腰に絡して過ぎること束帯の状の如し、而して衝任二脈、腹脇を循り、臍旁を夾み、気衝に伝え流れ、帯脈に於いて属する、腎脈、衝任督三脈に於いて絡し。同じく起きて異なりて行く、一源にして三岐、皆な帯脈に絡する。諸経の上下に往来するに因りて、熱を帯脈の間に遺す。客熱は欝抑して、白物が満溢して溲に随いて下り、綿綿として絶えず。是れを白帯と為す②
内経に云う、思想窮まり無くして願う所得ず、意は外に淫して、房に入ること太甚なれば発して筋痿を為す、及び白淫を為す。
白淫とは、白物の淫衍すること精の状の如し。男子は溲に因りて下り、女子は綿綿として下る也。皆な湿熱に従りて之を治する。痢を治することと同じ法。
赤白痢は乃ち邪熱の大腸に伝える、赤白帯は乃ち邪熱が小腸に伝える。
後世には、皆な赤を以て熱と為し、白を寒と為す。流誤千載、是れ医之を誤りなり。

又曰く、『(鍼灸)資生経』に一婦人の赤白帯下を患うを載せる。人有りて為に気海に炙(灸)するも、未だ効かず。次日に為に帯脈穴に炙(灸)する。鬼有りて耳に附きて云く、昨日の炙(灸)は亦た好し、只だ我に炙(灸)して着かず、今の炙(灸)は我に着く、去らん!酒食を為して我を祭るべし。其の家、其の言の如くにして之を祭りて、遂に愈える。
予、初め其の事を怪しむ。因りて、晋景公の膏肓二鬼の事③を思うに、乃ち虚労已に甚しく、鬼は虚に乗じるを得て、之に居する。
此れ婦は亦た或いは心を労し虚損す、故に鬼は之に居す。炙(灸)既に穴に着く、去らざることを得ずは、自ら是なり。
凡そ此れを病む者有れば、毎に之を為して、此の穴を按じて手に応じて酸痛せざること莫し。帰して之を炙(灸)せしむ。癒えざること有ること無し。其の穴は両脇季肋の下一寸八分に在り。更に百会穴に炙(灸)する若きは尤も隹(佳?)。
内経に云う、上に病有れば下に之を取り、下に病有れば上に之を取る。又曰く、上は之を下し、下は之を上らす、是れなり。

劉宗厚が曰く、帯下の多くは陰虚陽竭に本づく、営気は升らず、経脈は凝澀し、衛気は下陥、下焦 奇経の分に積滞し、蘊醸して成る。
帯脈の為(た)る病を以て名を得、亦た病形を以て而して名づく。白なるは気に属し、赤なるは血に属する。
多くは醉飽房労服食するに因り、燥熱の至る所、亦た湿痰が下焦に流注する者有り、腎肝の陰淫して湿勝つ者、或いは驚恐して木が土位に乗じ、濁液下流する④。或いは思慕無窮にして発して筋痿を為す。
所謂(いわゆる)二陽の病は心脾に発する也。或いは余経の湿熱が少腹の下に於いて屈滞す、或いは下元虚冷して子宮湿淫これを治するの法、或いは下し或いは吐し、或いは中を発し補中を兼ね、利するに類する。中を燥かして升発を兼ね、中を潤して温養を兼ねる。或いは温補し、或いは収澀す、諸々の例 同じからず、亦た病機の活法なり。

巢元方が『病源(諸病源候論)』に曰く、腎着の病、腰痛み冷えること氷の如し、身重くして腰に五千銭を帯びるが如し、渇せず、小便利して、労に因りて汗出でて衣裏冷え湿して久を得る、則ち変じて水と為る也。
○『千金(千金方)』では腎著湯を用い、『三因』では滲湿湯を用い、東垣(『脾胃論』)は獨活湯を用いて之を主る。

帯脈は肝経脾経と関係が深い

前章では帯脈と足厥陰肝経、足少陽胆経、そして足少陰経別、督脈・衝脈との関係について言及されていました。

(下線部①’~①’’’)章門という経穴が治療穴として頻繁に挙げられています。章門は肝経の経穴であり、脾の募穴であります。肝脾・木土を調整する存在として帯脈が有用であることが分かります。

しかし、ここで改めて考えるべきは「帯脈は肝経脾経と肝脾、どちらが関係が深いのか?」ということだと思います。“どんな病気にも効く便利な存在ではない”ということは『奇経八脈攷』を読むことでよくわかりました。
であるならば、帯脈の主治病位は主と従はそれぞれどこにあるのか?を明確にすべきでしょう。すなわち帯脈は臓腑と経脈のどちらの病位を主たる対象としているのか?ということです。

このテーマは鍼灸師が常々留意しておくべきことでもあります。経か腑か臓かの病位を明確にするということは治療においては常に重要なことです。

また帯脈という存在が少陽の性質、もしくは少陽に近い性質をもつことが下線部②から分かります。下線部②は張子和の言葉の引用です「因諸経上下往来、遺熱於帯脉之間」では、上下に流通する諸経が帯脈に於いて邪を遺残させることを示しています。遺残する邪を熱としている点も注目すべきでしょう。また下線部②の後半「客熱欝抑、白物満溢隨溲而下綿綿不絶、是為白帯」では、鬱した帯脈の伏熱が元となり、白物すなわち帯下が下る病理を示しています。ではなぜ帯脈の伏熱が帯下に結びつくのでしょうか。

帯脈と関係の深い病邪

文中に「水」というキーワードが頻出しており、帯脈と水・湿邪との密接な関係を示しています。これは帯下という病症からも異論はないかと思います。

帯脈は主に湿痰や濁邪に関与する経であり、かつ水は陰に属する存在です。潤下の性をもつ水は邪に変じたとしても、下部・下位に流れ貯留・蓄積します。陰の部位に隠れ潜む陰邪が、なんらかのきっかけを得て発動するときに病が生じます。前述の張子和の言葉では「帯脈の客熱」がこれに当ります。

と、ここまでが帯脈の基本スペックです。
水は陰のものとはいえ、湿邪は熱とも互結しますので、慢性化すると湿熱の邪に変じることはよく知られています。また陰の性を持つ故、下流して陰の位=下焦にて病を発生しやすいのです。また下部・陰位が病位であるということは、病邪は水だけでなく血が絡んでくるということも至極当然といえます。

以上のように「水」やさらには「血」と関与する奇経は帯脈の他にはないのでは?と思います。この点、督任衝や陰蹻脈、陽維脈が持つ特殊性ともまた趣きの異なる特異な点だと考えます。

episode of 病入膏肓

下線部③は諺にある「病、膏肓に入る」の逸話を指しています。この出典は『春秋左氏伝』にあり以下に引用します。

『春秋左伝』成公十年

晋景公疾病。求醫于秦。秦伯使醫緩爲之。
未至。公夢。
疾爲二竪子曰、彼良醫也。懼傷我。焉逃之。
其一曰、 居肓之上、膏之下、若我何。
醫至。曰、疾不可爲也。在肓之上、膏之下。攻之不可。達之不及。藥不至焉。不可爲也。
公曰、良醫也。厚爲之禮而歸之

晋の景公、疾を病む。医を秦に求む。秦伯、医緩にして之を爲さしむる。
(医緩の)未だ至らざるに、景公の夢をみる。
疾は二竪子と為りて曰く、(医緩)彼は良医也。我を傷つけんことを懼る。焉くにか之を逃れん。
其の一(竪子)曰く、 肓の上、膏の下に居れば、我を若何(いかに)せん。
医至る。曰く、疾は為(おさ)むべからざる也。肓の上、膏の下に在りて、之を攻むこと不可なり。之に達するも及ばず。薬至らず。為(おさ)むこと不可也と。
公曰く、良医なり。厚く之を礼を為して之を帰さしむ。

とあり、かの医緩のエピソードであります。『春秋左氏伝』では膏肓が病位ですが『鍼灸資生経』では病位が帯脈付近にあることを示唆しており、灸治で病邪が動くことをも示し非常に意味深いものがあります。

『奇経八脈攷』本文では豎子を「鬼」として表現しています。これをさらに現代日本の鍼灸師にイメージしやすくすると邪気となるでしょうか。

個人的に思うことですが、往古の人たちは自身の邪気・正気の存在やそれぞれの偏差に敏感に自覚できていたのではないか?とも思える『春秋左氏伝』『鍼灸資生経』のエピソードです。

帯下の病理について

下線部④の文を辿っていくと、劉宗厚の言「帯下の多くは陰虚陽竭に起因する。さらに……」の言葉に行きつきます。「帯下多本於陰虚陽竭、營氣不升、経脉凝澀、衛氣下陥、積滞於下焦、奇経之分。蘊醸而成。」となるのですが、「営気升らず、衛気下陥する」とは、まるで李東垣『脾胃論』の病理のようです。
続く文にも李東垣の表現に似た表現がみられます(と、思うのは私だけでしょうか)。「湿痰が下焦に流注する」「濁液下流」はそれに当ります。

さて下線部④「驚恐して木が土位に乗じ、濁液下流する」には興味深い病理が記されています。驚恐は腎に影響する感情であり、驚恐により水が虚するはずなのに、木が亢ぶり土を尅するストーリーを提示しています。
考えますに、水・腎が虚することで、下部の安定・納気を失い、木気の上亢を引き留めることができなくなる状態が前提にあるのではないでしょうか。抑えの効かなくなった肝木の気はセオリー通りに脾胃・土に乗じ尅します。
さらに尅傷された脾胃はその機能を失い、水穀を化し正常に運化することができずに濁陰の邪を生じます。濁陰の邪はその性のため、下に流れ蓄積する…という病理ストーリーが下線部④の言葉に含まれていると考えます。

続く文にはさらに様々な病理と治法を挙げいますが、最後には「病機の活法」と締めています。まさに病の機を縦軸横軸、さらにz軸を加えて病の位置・流れ・趨勢・方向性を見極めることが肝要と思います。

帯脈 ≪ 帯脈為病 ≫氣口九道の脈

鍼道五経会 足立繁久

■原文・帯脉為病

秦越人曰、帯之為病、腹満、腰溶溶如坐水中(溶溶緩慢貌)。

『明堂』曰、帯脈二穴、主腰腹縦、溶溶如嚢水之状。婦人少腹痛、裏急後重、瘈瘲、月事不調、赤白帯下。
可鍼六分、灸七壮。

張潔古曰、帯脈之病、太陰主之、宜灸章門二穴、三壮。

『素問』曰、邪客於太陰之絡、令人腰痛引小腹控䏚、不可以養息(䏚謂季脇下之空軟処)。

張仲景曰、大病瘥後、腰以下有水気、牡蠣沢瀉散主之。若不已、灸章門穴。

王叔和曰、帯脈為病、左右遶臍、腰脊痛、衝陰股也。

王海蔵曰、小児㿗疝、可灸章門三壮而愈、以其與帯脈行於厥陰之分、而太陰主之。

又曰、女子経病血崩、久而成枯者、宜澀之益之。血閉久而成竭者、宜益之破之。
破血者有三治、始則四物入紅花、調黄耆、肉桂。
次則四物入紅花、調鯪鯉甲、桃仁、桂、童子小便和酒煎服。
末則四物入紅花、調易老没薬散。

張子和曰、十二経與奇経七脉、皆上下周流、惟帯脉起小腹之側、季脇之下、環身一周、絡腰而過如束帯之状、而衝任二脉、循腹脇、夾臍旁、傳流於氣衝、属於帯脉、絡於腎脉、衝任督三脉。同起而異行、一源而三岐、皆絡帯脉。因諸経上下往来、遺熱於帯脉之間、客熱欝抑、白物満溢隨溲而下綿綿不絶、是為白帯。
内経云、思想無窮所願不得意淫於外、入房太甚発為筋痿、及為白淫。白淫者、白物淫衍、如精之状男子因溲而下女子綿綿而下也。皆従湿熱治之、與治痢同法。赤白痢乃邪熱傳於大腸、赤白帯乃邪熱傳於小腸。後世、皆以赤為熱、白為寒、流誤千載、是醫誤之矣。
又曰、資生経、載一婦人患赤白帯下、有人為炙(灸)氣海、未効。次日為炙(灸)帯脉穴。有鬼附耳云、昨日炙(灸)亦好、只炙(灸)我不着、今炙(灸)着我、去矣。可為酒食祭我。其家如其言祭之、遂愈。
予初怪其事、因思、晋景公膏肓二鬼之事、乃虚勞已甚、鬼得乗虚、居之。此婦亦或勞心虚損、故鬼居之。炙(灸)既着穴、不得不去、自是。凡有病此者、毎為之、按此穴莫不應手酸痛、令歸炙(灸)之、無有不愈其穴在両脇季肋之下一寸八分。若更炙(灸)百會穴尤隹。内経云、上有病下取之、下有病上取之。又曰、上者下之、下者上之、是矣。

劉宗厚曰、帯下多本於陰虚陽竭、營氣不升、経脉凝澀、衛氣下陥、積滞於下焦、奇経之分。蘊醸而成。以帯脉為病、得名亦以病形而名。白者属氣、赤者属血。多因醉飽房勞服食、燥熱所至、亦有湿痰流注下焦者、腎肝陰淫湿勝者、或驚恐而木乗土位、濁液下流、或思慕無窮発為筋痿、所謂二陽之病発心脾也。或餘経湿熱屈滞於少腹之下、或下元虚冷子宮湿淫治之之法、或下或吐或発中兼補中、類利、燥中兼升発、潤中兼温養、或温補或収澀、諸例不同、亦病機之活法也。

巢元方、病源曰、腎着病、腰痛冷如氷、身重腰如帯五千銭、不渇小便利、因勞汗出衣裏冷湿而得久、則變為水也。
○千金用腎著湯、三因用滲湿湯、東垣用獨活湯主之。

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