四言挙要『瀕湖脈学』より

『瀕湖脈学』のファイナルは四言挙要


※『瀕湖脈学』(『重刊本草綱目』内に収録)京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『瀕湖脈学』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

四言挙要

宋の南康 紫虚隠君 崔嘉彦 希范が著わし(※1)
明の荊州 月池子 李言聞 子郁が刪補す (※2)

脈は乃ち血派、氣血の先。血の隧道、氣息 焉(これ)に応ず。
その象りは地に法る、血の府也。心の合也、皮の部也。
資は腎に始まり、資は胃に生ず。陽中の陰、営衛に本(もとづ)く。
営は陰血、衛は陽氣。営は脈中を行き、衛は脈外を行く。
脈は自ら行かず、氣に隨いて至る。氣動ずれば脈応ず、これ陰陽の義。
氣とは橐龠の如し、血は波瀾の如し。血脈氣息、上下に循環す。(※3)
十二経中には、皆 動脈有り。惟だ手の太陰、寸口に決を取る。
この経 肺に属し、上は吭嗌に系(つなが)る。脈の大会、息の出入、一呼一吸、四至を息と為す。
日夜、一萬三千五百息、一呼一吸、脈の行くこと六寸。日夜、八百十丈を準と為す。

初め脈を持する時は、その掌を仰かせしめる。掌後の高骨、これを関上を謂う。
関前を陽と為し、関後を陰と為す。陽寸陰尺、先後推し尋ぬ。
心肝は左に居り、肺脾は右に居る。腎と命門は、両尺部に居る。
魂魄穀神は、皆 寸口に見(あらわ)る。左は司官を主り、右は司府を主る。(※4)
左脈の大なるは男に順、右脈の大なるは女に順。命に本(もとづ)き命を扶く、男は左、女は右。
関前一分は、人命の主。左を人迎と為し、右を氣口と為す。
神門決断して、両(ふたつなが)ら関後に在り。人にこの二脈無くば、病死して癒えず。
男女の脈は同じ、惟(ただ)尺は則ち異なり、陽弱陰盛、これに反すれば病至る。

脈に七診有り。曰く浮中沈、上下左右。消息を求め尋ぬ。
又、九候有り。挙按軽重、三部浮沈。各々五動を候う。

寸口は胸上を候い、関上は膈下を候い、尺中は臍下から跟踝に至るまでを候う
左脈は左を候い、右脈は右を候い、病の所在に随う、病ざる者は否す。

浮は心肺と為し、沈は肝腎を為す。脾胃は中州、浮沈の間。
心脈の浮は、浮大而散。
肺脈の浮は、浮澀而短。
肝脈の沈は、沈而弦長。
腎脈の沈は、沈実而濡。
脾胃は土に属し、脈は和緩に宜しい。
命門は相火為(た)り。左寸は同断。

春は弦、夏は洪、秋は毛、冬は石。四季和緩、これを平脈と謂う。
太過にして実強なるは、病は外に生ず。
不及にして虚微なるは、病は内に生ず。
春に秋脈を得るは、死は金日に在り。五臓は此れに準ず、これを推して失せず。
四時、百病は胃氣を本と為す。脈に神有ることを貴ぶ、不可不審かにせずんばあるべからず。

自氣を調停し、呼吸定息、四至五至、平和これ則。
三至を遅と為し、遅なるは則ち冷と為す。
六至を数と為し、数なるは即ち熱証。
遅に転ずるは冷に転じ、数に転ずるは熱に転ず。
遅数既に明らかなれば、浮沈を當に別つべし。

浮沈遅数、内外の因を弁ず。
外因は天に于(よ)り、内因は人に于る
天に陰陽有り、風雨晦冥。人は喜怒憂思悲恐驚。
外因の浮脈は則ち表証と為し。沈は裏。遅は陰。数なるは則ち陽盛。
内因の浮脈は虚風の為す所。沈は氣にして遅は冷、数は熱なり、何ぞ疑わん。
浮数は表熱、沈数は裏熱。浮遅は表虚、沈遅は冷結なり。
表裏、陰陽、風氣、冷熱、内外の因を弁えて、脈と証を参別す。

脈理の浩繁なるを、四に総括す。既に提綱を得て、引申触類す。
浮脈は天に法る。軽手にて得る可し。泛泛として上に在り、水に木の漂うが如し。
力有るは洪大。来ること盛ん去ること悠かなり。
力無きは虚大。遅にして且つ柔なり。
虚甚しきは則ち散。渙漫して収せず。辺有りて中に無し、その名を芤と曰う。
浮にして小なるを濡と為す、綿の水面に浮く(が如し)。
濡の甚しきは則ち微なり、尋按に任ぜず。

沈脈は地に法る。筋骨に近く、深深として下に在り。沈の極まるを伏と為す。
力有るを牢と為す。実大弦長。牢甚しきは則ち実、愎愎として強し。
力無きを弱と為す。柔小なること綿の如し。弱甚しきは則ち細、蛛絲の如く然り。

遅脈は陰に属す。一息三至。遅より小快なる緩は四に及ばず。
二損一敗、病 治すべからず。両息奪精、脈は已に氣無し。
浮大に虚散、或いは芤革を見わす。浮小に濡微、沈小に細弱。
遅細を濇と為し、往来極めて難。散じ易く一止し、止まりて復た還る。
結脈は則ち来たること緩、止まりて復た来たる。
代脈は則ち来たること緩、止まりて回すること能わず

数脈は陽に属して、六至一息。七疾八極、九至を脱と為す。
浮大なる者は洪、沈大は牢実。
往来流利なるを、是これを滑と謂う。
力有るを緊と為し、弾ずること転索の如し。
数(しばしば)寸口に見われ、止有るを促と為す。
数(しばしば)関中に見われるを、動脈と候うべし、厥厥動揺して、状 小豆の如し。
長ずれば則ち氣は治まり、本位に過ぐ。長じて端直なる、弦脈の指に応ず。
短なれば則ち氣は病み、部に満つること能わず。関に見われず、惟(ただ)尺寸に候う。

一脈一形、各々主る病有り。数脈相い兼ねて、則ち諸証を見わす。(※5)

浮脈は表を主る、裏は必ず不足す。力の有るは風熱、力の無きは血弱。(※6)
浮遅は風虚、浮数は風熱、浮緊は風寒、浮緩は風湿。
浮虚は傷暑、浮芤は失血、浮洪は虚火、浮微は労極。
浮濡は陰虚、浮散は虚劇し、浮弦は痰飲、浮滑は痰熱。

沈脈は裏を主り、寒を主り積を主る。力の有るは痰食、力の無きは気欝。
沈遅は虚寒、沈数は熱伏、沈緊は冷痛、沈緩は水蓄。
沈牢は痼冷、沈実は熱極、沈弱は陰虚、沈細は痹湿。(※7)
沈弦は飲痛、沈滑は宿食、沈伏は吐利、陰毒、聚積。

遅脈は臓を主り、陽氣伏潜す。力の有るを痛と為し、力の無きは虚寒。
数脈は腑を主り、吐を主り狂を主る。力の有るは熱と為し、力の無きを瘡と為す。
滑脈は痰を主る、或いは食に傷れ、下は蓄血と為し、上は吐逆と為す。
濇脈は少血、或いは寒湿に中り、反胃、結腸、自汗、厥逆。
弦脈は飲を主り、病は肝胆に属す、弦数は多熱、弦遅は多寒。
浮弦は支飲、沈弦は懸痛。陽弦は頭痛、陰弦は腹痛。
緊脈は寒を主る、又、諸痛を主る。浮緊は表寒、沈緊は裏痛。
長脈は氣平、短脈は氣病む。細なるときは則ち氣少く、大なるときは則ち病進む。
浮長は風癇、沈短は宿食。
血虚すれば脈は虚し、氣実すれば脈は実する。
洪脈は熱を為す、その陰は則ち虚す。
細脈は湿と為す、その血は則ち虚す。(※8)
緩大なる者は風、緩細なる者は湿。緩濇は血少、緩滑は内熱。
濡小なるは陰虚、弱小なるは陽竭。陽竭すれば悪寒、陰虚すれば発熱。(※9)
陽微すれば悪寒、陰微すれば発熱。
男の微脈なるは虚損、女の微なるは瀉血。(※10)
陽動ずれば汗出、陰動ずれば発熱。痛と驚とを為す、崩中失血。
虚寒相い搏つは、その名を革と為す。男子は失精、女子は失血。
陽盛なれば則ち促、肺癰、陽毒。
陰盛なれば則ち結、疝瘕、積鬱。
代なるときは則ち氣衰、或いは膿血を泄し、傷寒心悸、女性は胎三月(の可能性)。
脈の主病、宜不宜あり。陰陽順逆、凶吉を推する可し。

中風浮緩、急実なるは則ち忌む。
浮滑は痰に中る、沈遅は氣に中る。
尸厥、沈滑。卒かに人を知らず(人事不省)。
臓に入れば身冷え、腑に入れば身温る。
風が衛を傷れば、浮緩にして有汗、寒が営を傷れば、浮緊にして無汗。
暑は氣を傷りて、脈虚し身熱す、湿が血を傷りて、脈は緩細濇。(※11)
傷寒の熱病、脈は喜(しばしば)浮洪。沈微濇小なるは証に反して必ず凶なり。
汗後の脈静にして、身涼するは則ち安。
汗後の脈躁にして、熱甚しきは必ず難。
陽病に陰(脈)を見わすは、病必ず危殆。
陰病に陽(脈)を見わすは、困ずと雖も無害。
上りて関に至らずは、陰氣已に絶す、
下りて関に至らずは、陽氣已に竭る。
代脈は止歇なり、藏氣は絶し危に傾く。
散脈は根無く、形損じ医すること難し。
飲食内傷は、氣口急滑。
労倦内傷は、脾脈大いに弱し。
是の氣を知らんと欲して、手を下すときは脈沈。沈極まれば則ち伏、濇弱久しく深し。
火鬱は沈多し、滑は痰、緊は食。氣は濇、血は芤、数は火、細は湿。
滑は多痰を主り、弦は留飲を主る。
熱すれば則ち滑数、寒すれば則ち弦緊。
浮滑は風を兼ね、沈滑は氣を兼ぬ。
食傷は短疾、湿留まりて濡細。(※12)

瘧の脈は自ずと弦。弦数なる者は熱、弦遅なる者は寒。代散なる者は折(夭折の意か)。
泄瀉下痢なる、沈小、滑弱、実大、浮洪、発熱するは則ち悪し。
嘔吐反胃、浮滑なる者は昌(よい)。弦数、緊濇、結腸する者は亡す。
霍乱の候、脈代なるは訝ること勿れ。厥逆に遅微、是(これ)則ち怕る可し。
咳嗽の多くは浮、肺に聚り胃に関す。沈緊は小危、浮濡は易治。
喘急して息肩、浮滑なる者は順、沈濇、肢寒、散脈は逆証。

病熱に火有り、洪数は医す可し。沈微なるは火無し、無根なる者は危し。
骨蒸発熱、脈数にして虚。熱して濇小なるは、必ず其の躯を殞す。
労極の者は虚す、浮耎微弱。土敗れ双弦、火炎は急数。
諸病の失血は、脈必ず芤見わる。緩小は喜ぶ可し、数大は憂う可し。
瘀血内蓄するは、却って牢大に宜し。沈小濇微、反ってその害を為す。(※13)
遺精白濁、微濇にして弱。火盛陰虚、芤濡、洪数。(※14)

三消の脈、浮大なる者は生き、細小、微濇なるは、形脱す驚く可し。
小便の淋閟、鼻頭色黄、濇小なるは血無く、数大なるは何ぞ妨げん。
大便の燥結、須く氣血を分つべし。陽は数にして実、陰は遅にして濇。
癲は乃ち重陰なり、狂は乃ち重陽なり。浮洪は吉兆、沈急は凶殃。
癇の脈は宜しく虚すべし、実急なる者は悪し。浮は陽、沈は陰。滑は痰、数は熱。
喉痹の脈、数は熱、遅は寒。纒喉走馬に微伏なるときは則ち難。
諸風眩運に、火有り痰有り。左濇は死血、右大は虚を看る。
頭痛の多くは弦、浮は風、緊は寒、熱は洪、湿は細、緩滑は厥痰。
氣虚は弦耎、血虚は微濇。腎厥は弦堅、真痛は短濇。

心腹の痛み、その類に九つ有り。細遅は吉に従う、浮大は延久。
疝氣は弦急、積聚は裏に在り。牢急なる者は生き、弱急なる者は死す。

腰痛の脈、多くは沈にして弦、浮を兼ねる者は風、緊を兼ねる者は寒。
弦滑は痰飲、濡細は腎著。大は乃ち腎虚、沈実は閃肭。(※15)

脚気に四つ有り。遅は寒、数は熱。浮滑なる者は風、濡細なる者は湿。
痿病肺虚、脈多くは微緩、或いは濇、或いは緊、或いは細、或いは濡。
風寒湿の氣、合して痹と為す。浮濇にして緊の三脈を乃ち備う。(※16)
五疸の実熱、脈は必ず洪数。濇微は虚に属し、切に発渇に忌む。
脈、諸沈を得れば、その水有るを責む。浮は氣と風、沈は石、或いは裏。

沈数は陽と為し、沈遅は陰と為す。浮大は厄に出、虚小は驚く可し。
脹満は脈弦、土、木(于)より制す。湿熱は数洪、陰寒は遅弱。
浮は虚満と為し、緊なるは則ち中実。浮大は治す可し、虚小は危極。

五藏は積と為し、六腑は聚と為す。実強なる者は生き、沈細なる者は死す。
中悪、腹脹の緊細なる者は生く。脈 若し浮大なるは、邪氣已に深し。
癰疽の浮散なるは、悪寒発熱、若し痛処有るは、癕疽が発する所。
脈数は発熱、而して痛む者は陽。数ならずは熱せず、疼まず陰瘡す。
未だ癰疽の潰ざるは、洪大を怕れず。已に癰疽の潰れるは、洪大を怕る可し。
肺癰の已に成るは、寸数にして実。肺痿の形するは、数にして力無し。
肺癰は色白し、脈は短濇に宜しく、浮大は宜しからず、糊を唾し血を嘔す。
腸癰は実熱、滑数なるを知る可し。数して不熱は、関脈芤虚す。
微濇にして緊なるは、未だ膿せず當に下すべし。緊数なるは膿を成す、切に下す可からず。

婦人の脈、血を以って本と為す。血旺すれば胎し易く、氣旺すれば孕み難し。(※17)
少陰の動甚しき、これを子有りと謂う。尺脈の滑利なるは、妊娠、喜ぶ可し。
滑疾にして散ぜず、胎は必ず三ヵ月。但疾にして散ぜずは、五ヵ月、別つ可し。
左疾を男児と為し、右疾を女児と為す。女腹は箕の如く、男腹は釜の如し。(※18)
産まんと欲するの脈、それ離経に至る。水下して乃ち産する、未だ下らずとも驚くこと勿れ。※19
新産の脈は、緩滑を吉と為す。実大弦牢にして、証有るときは則ち逆。
小児の脈は、七至を平と為す。更に色証と虎口紋を察す。

奇経八脉、その診は又別なり。
直上直下、浮なるときは則ち督と為し。
牢なるときは則ち衝と為し、緊なるときは則ち任脉。(※20)
寸口の左右に弾ずるは、陽蹻に決す可し。
尺中の左右に弾ずるは、陰蹻に別つ可し。
関上の左右に弾ずるは、帯脉當に訣すべし。
尺外より斜めに上りて寸に至るは陰維。
尺内より斜めに上りて寸に至るは陽維。

督脉の病為る、脊強癲癇。
任脉の病為る、七疝瘕堅。
衝脉の病為る、逆氣裏急。
帯脉は帯下、臍痛精失を主る。
陽維は寒熱し、目眩僵仆す。
陰維は心痛み、胸肋刺築す。
陽蹻の病為る、陽緩陰急。
陰蹻の病為る、陰緩陽急。
癲癇瘈瘲、寒熱恍惚。八脉の脈証、各々属する所有り。

平人の無脈、外格に移る。兄の位に弟が乗ずる、陽谿列缺。(※21)
病脈が既に明らかなり、吉凶を當に別つ可し。経脉の外に又真脈有り。

肝絶の脈、刀を循ること責責たり。
心絶の脈、豆を転じて躁疾たり。(※22)
脾脈は則ち雀啄、屋の漏るる如く、水の流るる如く、杯の覆うが如し。
肺絶は毛の如く、根無く粛索たり、麻子動揺して、浮波の合。
腎脈の将に絶せんとするは、至ること客を省するが如し、来たること石を弾くが如し、去ること索を解くが如し。
命脈の将に絶せんとするは、蝦遊魚翔。至ること涌泉の如く、絶は膀胱に在り。
真脈の既に形するは、胃已に無氣。察色と証を参えて察し、これを断するに臆を以ってす。(※23)

四言詩の形式で脈診を伝授

長~い文章でしたが、分割せずに全文を引用しました。そもそもこの『瀕湖脈学』シリーズを読む人もそうはいないでしょうから。
本来の文体はその名の通り、四言詩の形を取ります。これは下記原文を参照ください。
書き下し文にするよりも読みやすいかもしれません。

とはいえ細かな点だけ補足しておきます。まずは冒頭文から。
※1;崔嘉彦とは宋代の医家であり道士です。希范は字(あざな)、紫虚は号です。度々登場した『脈訣(崔氏脈訣)』の著者であります。
※2;李時珍の父、李言聞は字を子郁、号を月池といいます。父、李言聞、子郁により『脈訣』を刪補したと書かれています。

※3;氣とは橐龠、血は波瀾のようなもの。この譬えは分かりやすいですね。
橐龠(たくやく)とは鞴(ふいご)のこと。いわゆる氣の推動作用などはこれに相当するのではないでしょうか。
そして血脈が波瀾であるという譬えが良いですね。水もまた水だけでは動けないものです。氣という火・力が必要なのです。

※4;司官、司府の記述については『脉経』に登場する用語です。
「《脈法贊》云:肝心出左、脾肺出右、腎與命門、俱出尺部。魂魄穀神、皆見寸口。左主司官,右主司府。左大順男、右大順女。関前一分、人命之主。左為人迎、右為氣口。神門訣斷、兩在關後。人無二脈、病死不愈。諸経損減、各随其部。察按陰陽、誰與先後《千金》云、三陰三陽、誰先誰後。陰病治官、陽病治府。奇邪所舍、如何捕取。審而知者、鍼入病愈。…」これについてはまた『千金方』を含め学び直す必要があります。

※5;「一脈一形、各々主る病有り。数脈相い兼ねて、則ち諸証を見わす。」
一脈には一つの形(脈象)しかありません。しかし病は百病どころか千変万化するものです。その多彩な病症にどのように対応しているのか?
李時珍は一つの解として、複数の脈を組み合わせるとしています。

※6;「浮脈は表を主る、裏は必ず不足す。力の有るは風熱、力の無きは血弱。」
浮脈を脈位だけでみると、表病を表わす脈です。しかし浮位・表位に病位が浮き上がるということは、その分だけ沈位・裏位に手薄な部分が生じるのです。
この脈理病理を示すフレーズです。

※7;「沈緩は水蓄。…沈細は痹湿。」とこの辺りのフレーズは、緩脈と水、細脈と湿邪の関係を示しています。
水に関与する脈状では滑や弦と痰・飲、そして緩脈と水、濡脈・細脈と湿との関係が挙げられています。
李時珍の頃の医学では水と各脈状がどのように形成されたのかは興味深いものがあります。

※8;「細脈は湿と為す、その血は則ち虚す。」前述※7でも触れました、李時珍は細脈と湿とを関連づけています。これは正直に言いますと、意外な組み合わせ。
細脈と血虚とはイメージしやすいのですが、湿と細脈はリンクできていませんでしたね。これも今後要考察です。文脈から血虚を経て湿邪(陰邪)に侵される病理が垣間見れるようです。

※9;「濡小なるは陰虚、弱小なるは陽竭。陽竭すれば悪寒、陰虚すれば発熱。」
濡は浮位に残り、弱は沈位に残る脈状です。故に濡は陰竭であり、弱は陽竭となります。
陰虚発熱の脈証として濡小を挙げていますが、洪大と対照的な脈です。但し陰虚内熱ではなく陰虚発熱とある病態にも理解すべき点がありそうです。

※10;「男の微脈なるは虚損、女の微なるは瀉血。」
この脈状(特に虚脈系)における男女差では月経という要素を考える必要がある。これにより診断治療が大きく変わる。

※11;※8と同じくです。「湿が血を傷りて、脈は緩細濇。」湿が血を傷るという病理を指摘しています。

※12;「湿留まりて濡細」湿と濡脈の関係を示します。
※13;「瘀血内蓄するは、却って牢大に宜し。沈小濇微、反ってその害を為す。」この病理と脈理についても詳しく理解する必要があります。
※14;「火盛陰虚、芤濡、洪数。」…陰虚と火盛の脉をそれぞれ記載しています。
※15;「濡細は腎著。大は乃ち腎虚、沈実は閃肭。」…腎著の脈理と病理を要考察です。

※16;「風寒湿の氣、合して痹と為す。浮濇にして緊の三脈を乃ち備う。」
風寒湿の邪は合しやすく、痺証を形成しやすいのです。これら三邪を表わす脈が浮緊濇という李時珍の説です。

※17;「婦人の脈、血を以って本と為す。血旺すれば胎し易く、氣旺すれば孕み難し。」
女性の脈は「血を以って本とする」これは至極当然ですが、続く「氣旺すれば孕み難し」という氣旺血衰の病理は現代の不妊の要因としても考える必要はありそうです。

※18;「左疾を男児と為し、右疾を女児と為す。女腹は箕の如く、男腹は釜の如し。」
胎児の性別を脈で診わける説です。この男児女児の診断に滑脉や実脈とする説はありますが疾脉としているのが興味深いですね。
更に面白いのは男腹女腹の俗説について、李時珍も触れていることです。
現代でも俗説では「女の子のお腹は横に広がり、男の子のお腹は前に突き出る」という妊娠期のお腹の特徴を表現していますが、これと同じですね。箕(穀物をふるって選別する農具)と釜で譬えています。

※19;「産まんと欲するの脈、それ離経に至る。水下して乃り産する、未だ下らずとも驚くこと勿れ。」
離経(りけい)の脈とは、経(つね)を離れる脈という意味で、いよいよお産が始まる!という前兆の脉とされています。
「水下りて乃ち産する」とは破水した後にお産が始まるということを伝えています。

※20;「直上直下、浮なるときは則ち督と為し。牢なるときは則ち衝と為し、緊なるときは則ち任脉。」
これもまた新たな情報です。気口九道脈診では「三部倶浮直上直下を督脉、三部倶牢直上直下を衝脉、丸丸横於寸口者任脉」といった奇経病脈は知られていましたが、この任脉の病脈は三部倶緊という立場をとっています。任督衝の一源三岐の身体イメージに脈診が重なる印象を受けます。

※21;反関の脈を言います。無脈とは広義の寸口部に脈がみられないことを言い、外格(陽谿の地)に移ることを言っています。
兄とは陽干(庚、大腸経)、弟は陰干(辛、肺経)ですね。

※22;「心絶の脈、豆を転じて躁疾たり。」この表現は初めて見ます。
他の藏氣の絶でも興味深い表現があります。
「肺絶は毛の如く、根無く粛索たり、麻子動揺して、浮波の合」
「腎脈の将に絶せんとするは、至ること客を省するが如し、来たること石を弾くが如し、去ること索を解くが如し。」
特に腎脈の絶では、脈の至・来・去の三要素に於いて重大な障害が起きていることを言い表しています。

※23;「真脈の既に形するは、胃已に無氣。」これは真藏脈のこと。
「察色と証を参えて察し、これを断するに臆を以ってす。」断ずるに臆を以て…という文からは「臆断」という言葉を連想しますが、臆断とは憶測で判断することを意味し、この場合には当てはまらないですね。
臆の字には「おしはかる」や「こころ」の意があります。心を以って判断せよと解釈すべきでしょう。

 

鍼道五経会 足立繁久

以下に原文を付記しておきます。

■原文

四言挙要

宋南康紫虚隠君崔嘉彦希范著
明荊州月池子李言聞子郁四言挙要『瀕湖脈学』より

脉乃血派、氣血之先。血之隧道、氣息應焉。
其象法地、血之府也。心之合也、皮之部也。
資始于腎、資生于胃。陽中之陰、本乎營衛。
營者陰血、衛者陽氣。營行脉中、衛行脉外。
脉不自行、隨氣而至。氣動脉應、陰陽之義。
氣如橐龠、血如波瀾。血脉氣息、上下循環。
十二経中、皆有動脉。惟手太陰、寸口取決。
此経属肺、上系吭嗌。脉之大會、息之出入。
一呼一吸、四至為息。日夜一萬、三千五百。
一呼一吸、脉行六寸。日夜八百、十丈為準。
初持脉時、令仰其掌。掌後高骨、是謂関上。
関前為陽、関後為陰。陽寸陰尺、先後推尋。
心肝居左、肺脾居右。腎與命門、居両尺部。
魂魄穀神、皆見寸口。左主司官、右主司府。
左大順男、右大順女。本命扶命、男左女右。
関前一分、人命之主。左為人迎、右為氣口。
神門決断、両在関後。人无二脉、病死不癒。
男女脉同、惟尺則異。陽弱陰盛、反此病至。
脉有七診、曰浮中沈。上下左右、消息求尋。
又有九候、挙按軽重。三部浮沈、各候五動。
寸候胸上、関候膈下、尺候于臍、下至跟踝
左脉候左、右脉候右。病随所在、不病者否。
浮為心肺、沈為肝腎。脾胃中州、浮沈之間。
心脉之浮、浮大而散。肺脉之浮、浮澀而短。
肝脉之沈、沈而弦長。腎脉之沈、沈實而濡。
脾胃属土、脉宜和緩。命為相火、左寸同断。
春弦夏洪、秋毛冬石。四季和緩、是謂平脉。
太過實強、病生于外。不及虚微、病生于内。
春得秋脉、死在金日。五藏準此、推之不失。
四時百病、胃氣為本。脉貴有神、不可不審。
調停自氣、呼吸定息。四至五至、平和之則。
三至為遅、遅則為冷。六至為数、数即熱証。
轉遅轉冷、轉数轉熱。遅数既明、浮沈當別。
浮沈遅数、辨内外因。外因于天、内因于人。
天有陰陽、風雨晦冥。人喜怒憂、思悲恐驚。
外因之浮、則為表証。沈裏遅陰、数則陽盛。
内因之浮、虚風所為。沈氣遅冷、数熱何疑。
浮数表熱、沈数裏熱。浮遅表虚、沈遅冷結。
表裏陰陽、風氣冷熱。辨内外因、脉証参別。
脉理浩繁、総括于四。既得提綱、引申触類。
浮脉法天、軽手可得。泛泛在上、如水漂木。
有力洪大、来盛去悠、無力虚大、遅而且柔。
虚甚則散、渙漫不収。有邊無中、其名曰芤。
浮小為濡、綿浮水面。濡甚則微、不任尋按。
沈脉法地、近于筋骨。深深在下、沈極為伏。
有力為牢、實大弦長。牢甚則實、愎愎而強。
無力為弱、柔小如綿。弱甚則細、如蛛絲然。
遅脉属陰、一息三至。小快于遅、緩不及四。
二損一敗、病不可治。両息奪精、脉已无氣。
浮大虚散、或見芤革。浮小濡微、沈小細弱。
遅細為澀、往来極難。易散一止、止而復還。
結則来緩、止而復来。代則来緩、止不能回。
数脉属陽、六至一息。七疾八極、九至為脱。
浮大者洪、沈大牢實。往来流利、是謂之滑。
有力為緊、弾如轉索。数見寸口、有止為促。
数見関中、動脉可候、厥厥動揺、状如小豆。
長則氣治、過于本位。長而端直、弦脉應指。
短則氣病、不能満部。不見于関、惟尺寸候。
一脉一形、各有主病。数脉相兼、則見諸証。

浮脉主表、裏必不足。有力風熱、無力血弱。
浮遅風虚、浮数風熱、浮緊風寒、浮緩風湿。
浮虚傷暑、浮芤失血、浮洪虚火、浮微勞極。
浮濡陰虚、浮散虚劇、浮弦痰飲、浮滑痰熱。

沈脉主裏、主寒主積。有力痰食、無力気欝。
沈遅虚寒、沈数熱伏、沈緊冷痛、沈緩水蓄。
沈牢痼冷、沈實熱極、沈弱陰虚、沈細痹湿。
沈弦飲痛、沈滑宿食、沈伏吐利、陰毒聚積。

遅脉主臓、陽氣伏潜。有力為痛、無力虚寒。
数脉主腑、主吐主狂。有力為熱、無力為瘡。
滑脉主痰、或傷于食、下為蓄血、上為吐逆。
澀脉少血、或中寒湿、反胃結腸、自汗厥逆。
弦脉主飲、病属肝胆、弦数多熱、弦遅多寒。
浮弦支飲、沈弦懸痛。陽弦頭痛、陰弦腹痛。
緊脉主寒、又主諸痛。浮緊表寒、沈緊裏痛。
長脉氣平、短脉氣病。細則氣少、大則病進。
浮長風癇、沈短宿食。血虚脉虚、氣實脉實。
洪脉為熱、其陰則虚。細脉為湿、其血則虚。
緩大者風、緩細者湿。緩澀血少、緩滑内熱。
濡小陰虚、弱小陽竭。陽竭悪寒、陰虚発熱。
陽微悪寒、陰微発熱。男微虚損、女微瀉血。
陽動汗出、陰動発熱。為痛與驚、崩中失血。
虚寒相搏、其名為革。男子失精、女子失血。
陽盛則促、肺癰陽毒。陰盛則結、疝瘕積鬱。
代則氣衰、或泄膿血、傷寒心悸、女胎三月。
脉之主病、有宜不宜。陰陽順逆、凶吉可推。

中風浮緩、急實則忌。浮滑中痰、沈遅中氣。
尸厥沈滑、卒不知人。入臓身冷、入腑身温。
風傷于衛、浮緩有汗、寒傷于営、浮緊無汗。
暑傷于氣、脉虚身熱、湿傷于血、脉緩細澀。
傷寒熱病、脉喜浮洪。沈微澀小、証反必凶。
汗後脉静、身涼則安。汗後脉躁、熱甚必難。
陽病見陰、病必危殆。陰病見陽、雖困無害。
上不至関、陰氣已絶、下不至関、陽氣已竭。
代脉止歇、藏絶傾危。散脉無根、形損難醫。
飲食内傷、氣口急滑、労倦内傷、脾脉大弱。
欲知是氣、下手脉沈。沈極則伏、澀弱久深。
火鬱多沈、滑痰緊食。氣澀血芤、数火細湿。
滑主多痰、弦主留飲。熱則滑数、寒則弦緊。
浮滑兼風、沈滑兼氣。食傷短疾、湿留濡細。

瘧脉自弦、弦数者熱、弦遅者寒、代散者折。
泄瀉下痢、沈小滑弱。實大浮洪、発熱則悪。
嘔吐反胃、浮滑者昌。弦数緊澀、結腸者亡。
霍乱之候、脉代勿訝。厥逆遅微、是則可怕。
咳嗽多浮、聚肺関胃。沈緊小危、浮濡易治。
喘急息肩、浮滑者順、沈澀肢寒、散脉逆証。

病熱有火、洪数可醫。沈微无火、无根者危。
骨蒸発熱、脉数而虚、熱而澀小、必殞其躯。
勞極者虚、浮耎微弱。土敗双弦、火炎急数。
諸病失血、脉必見芤。緩小可喜、数大可憂。
瘀血内蓄、却宜牢大。沈小澀微、反成其害。
遺精白濁、微澀而弱。火盛陰虚、芤濡洪数。

三消之脉、浮大者生、細小微澀、形脱可驚。
小便淋閟、鼻頭色黄、澀小无血、数大何妨。
大便燥結、須分氣血。陽数而實、陰遅而澀。
癲乃重陰、狂乃重陽。浮洪吉兆、沈急凶殃。
癇脉宜虚、實急者悪。浮陽沈陰、滑痰数熱。
喉痹之脉、数熱遅寒。纒喉走馬、微伏則難。
諸風眩運、有火有痰。左澀死血、右大虚看。
頭痛多弦、浮風緊寒、熱洪湿細、緩滑厥痰。
氣虚弦耎、血虚微澀。腎厥弦堅、真痛短澀。

心腹之痛、其類有九。細遅従吉、浮大延久。
疝氣弦急、積聚在裏。牢急者生、弱急者死。

腰痛之脉、多沈而弦、兼浮者風、兼緊者寒。
弦滑痰飲、濡細腎著。大乃腎虚、沈實閃肭。

脚気有四、遅寒数熱。浮滑者風、濡細者湿。
痿病肺虚、脉多微緩、或澀或緊、或細或濡。
風寒湿氣、合而為痹。浮澀而緊、三脉乃備。
五疸實熱、脉必洪数。澀微属虚、切忌発渇。
脉得諸沈、責其有水。浮氣與風、沈石或裏。

沈数為陽、沈遅為陰。浮大出厄、虚小可驚。
脹満脉弦、土制于木。湿熱数洪、陰寒遅弱。
浮為虚満、緊則中實。浮大可治、虚小危極。
五藏為積、六腑為聚。實強者生、沈細者死。
中悪腹脹、緊細者生。脉若浮大、邪氣已深。
癰疽浮散、悪寒発熱、若有痛處、癕疽所発。
脉数発熱、而痛者陽。不数不熱、不疼陰瘡。
未潰癰疽、不怕洪大、已潰癰疽、洪大可怕。
肺癰已成、寸数而實、肺痿之形、数而无力。
肺癰色白、脉宜短澀、不宜浮大、唾糊嘔血。
腸癰實熱、滑数可知。数而不熱、関脉芤虚。
微澀而緊、未膿當下。緊数膿成、切不可下。

婦人之脉、以血為本。血旺易胎、氣旺難孕。
少陰動甚、謂之有子。尺脉滑利、妊娠可喜。
滑疾不散、胎必三月。但疾不散、五月可別。
左疾為男、右疾為女。女腹如箕、男腹如釜。
欲産之脉、其至離経。水下乃産、未下勿驚。
新産之脉、緩滑為吉。實大弦牢、有証則逆。
小児之脉、七至為平。更察色証、與虎口紋。

奇経八脉、其診又別。直上直下、浮則為督。
牢則為衝、緊則任脉。寸左右弾、陽蹻可決。
尺左右弾、陰蹻可別。関左右弾、帯脉當訣。
尺外斜上、至寸陰維。尺内斜上、至寸陽維。

督脉為病、脊強癲癇。任脉為病、七疝瘕堅。
衝脉為病、逆氣裏急。帯主帯下、臍痛精失。
陽維寒熱、目眩僵仆。陰維心痛、胸肋刺築。
陽蹻為病、陽緩陰急。陰蹻為病、陰緩陽急。
癲癇瘈瘲、寒熱恍惚。八脉脉証、各有所属。

平人无脉、移于外格。兄位弟乗、陽谿列缺。
病脉既明、吉凶當別。経脉之外、又有真脉。

肝絶之脉、循刀責責。心絶之脉、轉豆躁疾。
脾則雀啄、如屋之漏、如水之流、如杯之覆。
肺絶如毛、无根粛索、麻子動揺、浮波之合。
腎脉将絶、至如省客。来如弾石、去如解索。
命脉将絶、蝦遊魚翔。至如涌泉、絶在膀胱。
真脉既形、胃已无氣。参察色証、断之以臆。

 

 

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