素問 平人気象論第十八の書き下し文と原文と

平人=健康人の定義とは?

『素問』脈診論シリーズ第2弾、平人気象論第十八である。

平人気象論ではその名の通り「平人」についての定義がいくつか記されている。
特に息数と脈数を基準とした定義は注目すべきである。現代人が平人=健康人の定義を設定するならば、どこに基準を置くだろうか?
平人の基準をどこにおくかで、その人の生命観が分かるのである。

平人気象論では、息数と脈数を個の陰陽における平とし、さらに春夏秋冬四時との相和を平としている。
このような平人の定義は、平脈を理解する上で基本となる知識であり、平人とは対極にある状態、即ち死を間近にした終末期医療において脈を診る際にも通ずる観念でもある。
ということで、まずは平人気象論を読んでみよう。

『重廣補注黄帝内経素問』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

平人気象論の書き下し文

素問 平人気象論第十八

黄帝問うて曰く、平人とは何如に?
岐伯対て曰く、人は一呼に脉再動す、一吸に脉再動す。呼吸定息、脉五動、閏を以て太息す。命じて平人と曰う。
平人なる者、病まず也。常に病まざるを以て、病人を調う。醫は病まず、故に病人の為に平息し、以て之を調えるを法と為す也。
人、一呼に脉一動、一吸に脉一動するを少氣と曰う。
人、一呼に脉三動、一吸に脉三動、而して躁し尺熱するを病温と曰う。
尺熱せず、脉滑するを病風と曰う。
脉濇を痺と曰う。
人、一呼に脉四動以上は死と曰う。
脉絶えて至らざるを死と曰う。
乍ち疏、乍ち数を死と曰う。平人 常の氣を胃に稟く。胃は平人の常氣なり。
人に胃氣無くば逆と曰う。逆なる者は死す。

春は胃微弦を平と曰う。弦多く胃少なきを肝病と曰う。但弦無胃を死と曰う。胃而して毛有るを秋病と曰う。毛の甚しきを今の病と曰う。
藏の眞、肝に散ずる。肝は筋膜の氣を藏する也。
夏は胃微鈎を平と曰う。鈎多く胃少なきを心病と曰う。但鈎無胃を死と曰う。胃而して石有るを冬病と曰う。石の甚しきを今の病と曰う。
藏の眞、心に通ずる。心は血脉の氣を藏する也。
長夏は胃微耎弱を平と曰う。胃少なく弱多きを脾病と曰う。但代無胃を死と曰う。耎弱に石有るを冬病と曰う。弱の甚しきを今の病と曰う。
藏の眞、脾を濡おす。脾は肌肉の氣を藏する也。
秋は胃微毛を平と曰う。毛多く胃少なきを肺病と曰う。但毛無胃を死と曰う。毛而して弦有るを春病と曰う。弦の甚しきを今の病と曰う。
藏の眞、肺に高す。以て栄衛陰陽を行らす也。
冬は胃微石を平と曰う。石多く胃少なきを腎病と曰う。但石無胃を死と曰う。石而して鈎有るを夏病と曰う。鈎の甚しきを今の病と曰う。
藏の眞、腎に下る。腎は骨髄の氣を藏する也。

胃の大絡、名づけて虚里と曰う。鬲を貫き肺に絡う。左乳下に於いて出で、その動は衣に應ず。
脉の宗氣也。
盛んに喘して数々絶する者、則ち病は中に在る。結して横なるは積有り。
絶して至らざるを死と曰う。
乳下にその動、衣に應ずるは、宗氣の泄れなり。
寸口の大過と不及を知らんと欲すれば、寸口の脉、手に中りて短なる者を頭痛と曰う。
乳下、その動 衣に應ずるは、宗氣の洩れなり(この文が此処にあるのは錯簡ではないか?との説がある)。

寸口の脉、手に中りて長なる者を足脛痛と曰う。
数(しばしば)喘し、絶して至らずを死と曰う(この文が此処にあるのは錯簡ではないか?との説がある)。
寸口の脉、手に中りて促、上撃する者を肩背痛と曰う。
寸口の脉、沈にして堅なる者を病 中に在りと曰う。
寸口の脉、浮にして盛なる者を病 外に在りと曰う。
寸口の脉、沈にして弱なるを寒熱および疝瘕、少腹痛と曰う。
寸口の脉、沈にして横なるを脇下に積あり、腹中に横積痛有りと曰う。
寸口の脉、沈にして喘するを寒熱と曰う。脉、盛滑堅なる者、病 外に在りと曰う。
脉、小実而して堅なる者、病 内に在りと曰う。
胃氣有りて和する者、病は無きと曰う也。
脉、小弱以って濇なる者、これを久病と謂う。
脉、滑浮而して疾なる者、これを新病と謂う。
脉、急なる者、疝瘕、少腹痛と曰う。
脉、滑を風と曰い、脉、濇を痺と曰う。
緩而して滑を熱中と曰い、盛而して緊を脹と曰う。

脉、陰陽に従うは病已え易し。脉、陰陽に逆するは病已え難し。
脉、四時の順を得るを病他なしと曰う。
脉、四時に反し及び間藏せずは、難已と曰う。(☞難経五十三難の七傳と間藏を参照のこと)

臂に青脉多きは、脱血と曰う。
尺脉緩濇なるは、これを解㑊と謂う。安臥し脉盛なる、これを脱血と謂う。
尺は濇、脈は滑、これを多汗と謂う。
尺は寒え、脉は細、これを後泄と謂う。
脉尺麤にして常に熱する者、これを熱中と謂う。

肝は庚辛に見われて、死す。
心は壬癸に見われて死す。
脾は甲乙に見れて死す。
肺は丙丁に見れて死す。
腎は戊己に見れて死す。
これ眞藏を謂う見れれば皆死す。

頸脉動じ、喘疾欬するを水と曰う。
目裹微かに腫れ、臥蚕の起きる状の如しを水と曰う。
足脛腫れるを水と曰う。
溺黄赤にして安臥するを黄疸なり。
已に食して飢えるが如き者は胃疸なり。
面腫を風と曰う。
目黄する者、黄疸と曰う。

婦人の手少陰の脉動ずること甚しき者、子を姙ずる也。

脉に四時に逆従する有り、未だ藏の形有らず。
春夏にして脉痩せ、秋冬にして脉浮大、命じて曰く四時に逆する也。

風熱而して脉静、泄而して脱血、脉実するは病 中に在り。脉虚するは病 外にあり。脉濇堅なる者は皆難治。
命じて四時に反すると曰うなり。

人、水穀を以て本と為す、故に人、水穀を絶するは則ち死す。
脉に胃氣無しも亦た死す。所謂る無胃氣なる者とは、但だ眞藏脉を得て、胃氣を得ざる也。
所謂、脉に胃氣を得ざる者とは、肝に弦ならず、腎に石ならずなり。

太陽の脉至ること、洪大以て長。
少陽の脉至ること、乍ち数、乍ち疎、乍ち短、乍ち長。
陽明の脉至ること、浮大而して短。

肝脉弦、心脉鈎、脾脉代、肺脉毛、腎脉石、これ五臓の脉と謂う。
夫れ平なる心脉の来たるは、累累として連なる珠の如し、琅玕を循るが如し。心の平と曰う。
夏は胃氣を以て本と為す。
病の心脉来たること、喘喘として属を連ね、その中に微曲す。心病と曰う。
死なる心脉の来たること前曲後屈すること、帯鈎を操るが如し。心の死と曰う。

平肺脉の来たること、厭厭聶聶として楡莢の落ちるが如し。肺の平と曰う。
秋は胃氣を以て本と為す。
病肺脉の来たること、不上不下、鶏羽を循るが如し。肺病と曰う。
死肺脉の来たること、物の浮くが如し、風が毛を吹くが如し。肺の死と曰う。

平肝脉の来たること、耎弱なること招招として長竿の末梢までを掲げるが如し。肝の平と曰う。
春は胃氣を以て本と為す。
病肝脉の来たること、盈実而して滑す、長竿を循るが如し。肝病と曰う。
死肝脉の来たること、急に益々勁すること、新たに弓弦を張るかの如し。肝の死と曰う。

平脾脉の来たること、和柔して相い離れる。鶏の地を践むが如し。脾の平と曰う。
長夏は胃氣を以て本と為す。
病脾脉の来たること、実而して盈数、鶏の足を挙げるが如し。脾病と曰う。
死脾脉の来たること、鋭堅なること烏の嘴の如し、鳥の距の如し、屋の漏の如し、水の流れの如し。脾の死と曰う。

平腎脉の来たること、喘喘累累として鈎の如し。これを按じて堅し。腎の平と曰う。
冬は胃氣を以て本と為す。
病腎脉の来たること、葛を引くが如し、これを按じて益々堅い。腎病と曰う。
死腎脉の来たること、発すること索を奪うが如く、辟辟と石を弾ずるが如し。腎の死と曰う。

息数と脈数の理解は鍼灸師には必須

氣を扱う鍼灸師ならば掘り下げて理解しておくべき内容が、息数と脈数の関係である。

脈と呼吸の関係は『素問』『霊枢』『難経』で一貫して述べられている基本である。そして素霊難における脈とは現代人がイメージする脈拍とは異なる。経脈の脈である。呼吸定息にて脈が動ずるとき、それと同時に経脈の中を流れる気(営気)は全身をめぐっているのである。

ここまで書けば鍼灸師にとって、息数と脈数に触れる平人気象論(をはじめ『霊枢』五十營…等々)の重要性がわかると思う。臨床鍼灸において呼吸をつかむということは鍼の効果を大きく左右するということでもあるのだ。

鍼灸師は呼吸を整えるべし

「医は病まず。故に病人の為に平息し、これを調える」云々といった文がある。これもまた重要であり、軽視されやすい言葉ではないだろうか。
鍼灸師をはじめ療術家は心身を悪くすることが多い。心身を病ませないためには、各自のセルフケアは重要である。
そのセルフケアの最も根本となるのが、この呼吸である。

本論では平人の基準として呼吸を挙げている。呼吸で以て自らを調え、そして病者を調え治するための法とする、という。
非常に示唆に富む文である。

個における平と全における平

個における平は前述のとおり、息数と脈数が和していることである。
しかし黄帝内経における平の基準は個に留まらない。春夏秋冬つまり四時と相い和することが重要なのである。

この個と全を結びつける存在が胃氣として挙げられている。
胃氣は単なる食べヂカラ(飲食物を消化・代謝する力)だけではないのだ。その根拠となる記述がこの平人気象論である。
脾脈に関する文章からもこのことは十分に読み取れるであろう。

この世界に生きるならば、この世界と調和しなければならない。この世界にとって異物であってはならないのだ。
この世界(個にとっては外界)と調和しているか否かの指標のひとつが、四時との相和しているかどうか?なのだ。個を中心にみるならば、外界に順応・適応しているか?という表現であり、現代人にとっては馴染みある観点であろう。

また春夏秋冬は四時と表現されるように、外界との調和は空間のみならず時間という要素も含まれている。
『素問』『霊枢』をはじめとする多くの古典医学では、時間と空間を見据え、如何に人がそれと共に調和して生きていくか?を問いかけている。この点において、古典医学・伝統医学は今風にいうところの哲学・思想を含んだ奥深い医学であり、浅慮短慮で評価すべきではないと言える。我々は真摯にこの医学・思想・哲学を包括した学問・学術を学ぶべきである。

鍼道五経会 足立繁久

原文 平人気象論第十八

黄帝問曰、平人何如?
岐伯対曰、人一呼脉再動、一吸脉再動。
呼吸定息、脉五動、閏以太息。命曰平人。
平人者、不病也。常以不病、調病人。
醫不病、故為病人平息、以調之為法。
人一呼脉一動、一吸脉一動、曰少氣。
人一呼脉三動、一吸脉三動而躁、尺熱曰病温。尺不熱、脉滑曰病風。脉濇曰痺。
人一呼脉四動以上曰死。
脉絶不至曰死。
乍疏乍数曰死。

平人之常氣禀於胃。胃者平人之常氣也。
人無胃氣曰逆、逆者死。

春胃微弦曰平。弦多胃少曰肝病。但弦無胃曰死。
胃而有毛曰秋病。毛甚曰今病。
藏眞散於肝、肝藏筋膜之氣也。

夏胃微鈎曰平。鈎多胃少曰心病。但鈎無胃曰死。
胃而有石曰冬病。石甚曰今病。
藏眞通於心、心藏血脉之氣也。

長夏胃微耎弱曰平。胃少弱多曰脾病。但代無胃曰死。
耎弱有石曰冬病。弱甚曰今病。
藏眞濡於脾。脾藏肌肉之氣也。

秋胃微毛曰平。毛多胃少曰肺病。但毛無胃曰死。
毛而有弦曰春病。弦甚曰今病。
藏眞高於肺、以行栄衛陰陽也。

冬胃微石曰平。石多胃(少)曰腎病。但石無胃曰死。
石而有鈎曰夏病。鈎甚曰今病。
藏眞下於腎。腎藏骨髄之氣也。

胃之大絡、名曰虚里。貫鬲絡肺。出於左乳下、其動應衣。脉宗氣也。
盛喘数絶者、則病在中。
結而横有積矣。絶不至曰死。
乳之下其動應衣、宗氣泄也。
欲知寸口大過與不及、寸口之脉中手短者、曰頭痛。
乳之下、其動應於衣、宗氣洩(この文が此処にあるのは錯簡ではないか?との説がある)。
寸口脉中手長者、曰足脛痛。
喘数絶不至曰死(この文が此処にあるのは錯簡ではないか?との説がある)。
寸口脉中手促上撃者、曰肩背痛。
寸口脉沈而堅者、曰在病中。
寸口脉浮而盛者、曰病在外。
寸口脉沈而弱、曰寒熱及疝瘕少腹痛。
寸口脉沈而横、曰脇下有積、腹中有横積痛。
寸口脉沈而喘、曰寒熱。

脉盛滑堅者、曰病在外。
脉小実而堅者、病在内。
有胃氣而和者、病曰無也。
脉小弱以濇、謂之久病。
脉滑浮而疾者、謂之新病。
脉急者、曰疝瘕少腹痛。
脉滑曰風、脉濇曰痺。緩而滑曰熱中、盛而緊曰脹。

脉従陰陽、病易已。脉逆陰陽、病難已。
脉得四時之順、曰病無他。
脉反四時、及不間藏、曰難已。
脈急者、曰疝瘕、小腹痛。寸口脈沈而喘曰寒熱(この2文は既出重複)

臂多青脉、曰脱血。
尺脉緩濇、謂之解㑊。安臥脉盛、謂之脱血。

尺濇脈滑、謂之多汗。
尺寒脉細、謂之後泄。
脉尺麤常熱者、謂之熱中。

肝見庚辛、死。心見壬癸、死。脾見甲乙、死。肺見丙丁、死。腎見戊己、死。
是謂眞藏見皆死。

頸脉動、喘疾欬、曰水。
目裹微腫、如臥蚕起之状、曰水。
足脛腫曰水。
目黄者、曰黄疸也。
溺黄赤安臥者、黄疸。
已食如飢者、胃疸也。
面腫曰風。
足脛腫曰水。
目黄者、曰黄疸。
婦人手少陰脉動甚者、姙子也。

脉有逆従四時、未有藏形。
春夏而脉痩、秋冬而脉浮大、命曰逆四時也。

風熱而脉静、泄而脱血
脉実、病在中。脉虚、病在外。
脉濇堅者皆難治。
命曰反四時也。

人以水穀為本、故人絶水穀則死。脉無胃氣亦死。
所謂無胃氣者、但得眞藏脉、不得胃氣也。
所謂脉不得胃氣者、肝不弦、腎不石也。

太陽脉至、洪大以長。
少陽脉至、乍数乍疎、乍短乍長。
陽明脉至、浮大而短。

肝脉弦、心脉鈎、脾脉代、肺脉毛、腎脉石、是謂五臓脉。

夫平心脉来、累累如連珠、如循琅玕、曰心平。
夏以胃氣為本。
病心脉来、喘喘連属、其中微曲、曰心病。
死心脉来、前曲後屈、如操帯鈎、曰心死。

平肺脉来、厭厭聶聶、如落楡莢、曰肺平。
秋以胃氣為本。
病肺脉来、不上不下、如循鶏羽、曰肺病。
死肺脉来、如物之浮、如風吹毛、曰肺死。

平肝脉来、耎弱招招、如掲長竿末梢。曰肝平。
春以胃氣為本。
病肝脉来、盈實而滑、如循長竿、曰肝病。
死肝脉来、急益勁、如新張弓弦、曰肝死。

平脾脉来、和柔相離、如鶏践地、曰脾平。
長夏以胃氣為本。
病脾脉来、實而盈数、如鶏挙足、曰脾病。
死脾脉来、鋭堅如烏嘴、如鳥之距、如屋之漏、如水之流、曰脾死。

平腎脉来、喘喘累累如鈎、按之而堅、曰腎平。
冬以胃氣為本。
病腎脉来、如引葛、按之益堅、曰腎病。
死腎脉来、発如奪索、辟辟如弾石、曰腎死。

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP