霊枢 官鍼第七の書き下し文と原文と

官鍼篇に書かれている氣のこと

今回の官鍼篇では、実に多様な鍼法が記載されている。
鍼法が多様ということは、それだけ異なる層をターゲットとする鍼法が存在するという解釈もまた可能である。

鍼法・刺法を通じて氣を理解するのに最適の篇といえよう。

『霊枢講義』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『霊枢』官鍼第七

凡そ刺の要は、官鍼が最も妙なり。
九鍼の宜、各々為す所有り、長短大小、各々施す所有る也。
その用を得ずして、病移ること能わず。
疾浅にして鍼深ければ、内は良肉に傷つけ、皮膚は癰を為す。①
病深にして鍼浅ければ、病氣寫せず、支にて大膿を為す。(支は『太素』『甲乙経』では反)
病小にして鍼大なれば、氣を寫すること大甚なり、疾必ず害を為す。
病大にして鍼小なれば、氣は泄瀉せず、亦復た敗を為す。
鍼の宜しきを失す。
大なる者は寫し、小なる者は移さず。已にその過を言う。
請うその施す所を言わん。

病、皮膚に在りて常處無き者は、以て鑱鍼を病所に取る、膚白に取ること勿れ。②
病、分肉の間、以て員鍼を病所に取る。
病、経絡に在りて痼疾する者は、以って鋒鍼を取る。
病、脈に在りて氣少にして當にこれを補うべき者は、これを鍉鍼を井榮分輸に取る。
病、大膿する者、以って鈹鍼を取る。
病、痺氣暴かに発する者、以って員利鍼を取る。
病、痺氣痛みて去らざる者、以って毫鍼を取る。
病、中に在る者、以って長鍼を取る。
病、水腫に在り関節を通ずること能わざる者、以って大鍼を取る。
病、五藏に在りて固居する者、以って鋒鍼を取り、井榮分輸を寫す、四時を以て取る。凡そ刺に九有り、以って九変に応ずる。③
一に曰く輸刺。
輸刺なる者、諸経の榮輸、藏輸を刺す也。
二に曰く、遠道刺。
遠道刺なる者、病上に在りてこれを下に取り、府輸を刺す也。
三に曰く経刺。
経刺なる者、大経の結絡経分を刺す也。
四に曰く絡刺。
絡刺なる者、小絡の血脈に刺す也。
五に曰く分刺。
分刺なる者、分肉の間に刺す也。
六に曰く大寫刺。
大寫刺なる者、大膿に刺す、鈹鍼を以ってする也。
七に曰く毛刺。
毛刺なる者、浮痺皮膚を刺す也。
八に曰く巨刺。
巨刺なる者、左は右に取り、右は左に取る。
九に曰く焠刺。
焠刺なる者、燔鍼にて刺すれば則ち痺を取る也。

凡そ刺に十二節あり、以って十二経に応ず。
一に曰く、偶刺。
偶刺なる者、手を以って心に直(あ)て、背の若く痛所に直て、一刺は前に、一刺は後にす。以って心痺を治す。
これを刺する者、傍らにこれを鍼する也。
二に曰く報刺。
報刺なる者、痛みに常處無きを刺す也。
上下に行く者は、直に内れ鍼を抜くこと無し。左手を以って病所に隋いこれを按じて乃ち鍼を出す、復たこれを刺す也。
三に曰く恢刺。
恢刺、直刺する者は、これの傍に直刺し、これを挙げて前後して筋急を恢す、以って筋痺を治する也。
四に曰く齊刺。
齊刺なる者は、直に入ること一、傍らに入れること二、以って寒氣小深なる者を治する。
或いは曰く三刺と。三刺なる者、痺氣小深なる者を治する也。
五に曰く揚刺。
揚刺なる者、正に内れること一、傍らに内れること四、而してこれを浮べ、以って寒氣の博大なる者を治する也。
六に曰く直鍼刺。
直鍼刺なる者、皮を引いて乃ちこれを刺す、以って寒氣の浅き者を治する也。
七に曰く輸刺。
輸刺なる者、直に入れ直に出す、稀に鍼を発してこれを深くす、以って氣盛にして熱する者を治する也。
八に曰く短刺。
短刺なる者、骨痺を刺す、稍(やや)搖してこれを深くす、鍼を骨所に致して、以って上下に骨を摩する也。
九に曰く浮刺。
浮刺なる者、傍らに入れてこれを浮す、以って肌急にして寒する者を治する也。
十に曰く陰刺。
陰刺なる者、左右率これを刺す、以って寒厥を治する、寒に中り厥するには、足踝の後の少陰也。
十一に曰く傍鍼刺。
傍鍼刺なる者、直刺傍刺各々一、以って留痺久しく居する者を治する也。
十二に曰く贊刺。
贊刺なる者、直入直出、数(しばしば)鍼を発してこれを浅くし血を出す、これ謂る癰腫を治する也。

脈の居る所、深くして見えざる者、これを刺するに微、鍼を内れて久しくこれを留め、以ってその空脈の氣を致す也。④
脈浅き者は刺すこと勿れ。按じてその脈を絶して、乃ちこれを刺す。精を出さしむること無く、独りその邪氣を出すのみ。
所謂三刺するときは、則ち穀氣出づる者とは、先ず浅く絶皮を刺し、以って陽邪を出す。
再び刺して、則ち陰邪を出すとは、少益して絶皮より深く、肌肉に致して、未だ分肉の間に入れざる也。
已に分肉の間に入れば、則ち穀氣出る。

故に刺法に曰く、始め刺にこれを浅く、以って邪氣を逐いて血氣を来たす。
後に刺すにこれを深くし、以って陰氣の邪を致す。
最後に刺すに極めてこれを深くし、以って穀氣を下す、これこの謂い也。
故に鍼を用いる者、年の加わる所、氣の盛衰、虚實の起きる所を知らざれば、以って工と為すべからざる也。

凡そ刺に五有り、以って五藏に応ず。
一に曰く、半刺。
半刺なる者、浅く内れて疾く鍼を発す、鍼の肉を傷ること無し、毛を抜く状の如し、以って皮氣を取る、これ肺の応也。
二に曰く豹文刺。
豹文刺なる者、左右前後これに鍼す、脈に中りて故を為す、以って経絡の血を取る者、これ心の応也。
三に曰く関刺。
関刺なる者、直に左右盡く筋上を刺す、以って筋痺を取る、慎みて血を出すこと無し、これ肝の応也。或いは曰く淵刺、一に豈刺とも曰う。
四に曰く合谷刺。
合谷刺なる者、左右鶏足に、分肉の間に鍼す、以って肌痺を取る、これ脾胃の応也。
五に曰く輸刺。
輸刺なる者、直入直出、深くこれを内れ骨に至る、以って骨痺を取る、これ腎の応也。

鍼法から学ぶことはテクニックではない

①鍼法と診法の一致

病の深浅と鍼の深浅、病の大小と鍼の大小が一致しないと、体を傷つけ症状を悪化させる。

これを防ぐためには正確な診断と鍼の正しい使い分けが必要である。
しかし、そのために必要なのは、診法と鍼法を一致させるという思想である。

診法には様々な技法があるが、どれもすべてを見通す技法はない。
診法・鍼法ともに各技法にはそれぞれ特性があるのだ。
その特性を理解しないと、せっかくの技術を使いこなすことはできないのだ。

②各鍼法が対象とする層

九鍼の説明文中には、病邪が居すわる各層(病位)を具体的に挙げている。

「皮膚」「分肉の間」「経絡」「脈」「中」「五臓」といったワードが並んでいる。

刺鍼の層という点では篇末の五藏に応ずる(いわゆる五刺)は、
五行に慣れた鍼灸師にとってはイメージしやすい層の分類であろう。
この刺法と菽法脈診は一致させやすい。すなわち診法と鍼法を一致させることである。

さて、次に刺法九変に触れてみよう。

刺法九変(九刺)はナニに対して効かせているのか

いわゆる九刺の特徴を以下にまとめた。

1,「諸経の栄輸、臓輸に刺す」という輸刺
2,「府輸に刺す(病、上に在れば下に取る)」の遠道刺
3,「大経の結絡経分を刺す」という経刺
4,「小絡の血脈に刺す」という絡刺
5,「分肉の間に刺す」という分刺
6,「大膿に刺す」という大寫刺
7,「浮痺皮膚に刺す」という毛刺
8,「左は右、右は左に取る」巨刺
9,「燔鍼にて痺を取る」という焠刺

テクニックや技術的な話はさておき、このように刺鍼・施術の対象となる層に注目して整理すると、今までとは違ったおもしろさを感じる。

輸とは輸穴であり、経脈を対象としている鍼法であることに異論はないと思う。
となると、経脈の気を対象としている刺法は1,2,3,9であろう。
血分を対象とする刺法は4,6,
そしてこれより浅い層をターゲットとする刺法が7,である。
※9,燔鍼の分類については前回の壽夭剛柔篇を参考にされたし。

このようにみると、衛気タイプの鍼法・営気タイプの鍼法・血タイプの鍼法という分類にも通じることが分かると思う。
この他の鍼法である「5,分肉の間」「8,巨刺」はまた追々詳述しようと思う。

同じように鍼が対象としているモノが何なのか?という視点で見ると、以下の刺法十二節(いわゆる十二刺)のイメージもしやすいのではないだろうか。

④脈の居る所、深くして見えざるとは?

「脈の居る所、深くして見えざる者、これを刺するに微、鍼を内れて久しくこれを留め、以ってその空脈の氣を致す也。④」

たしかに経脈はそもそも見えないものだ。しかし、ここでいう「見えざる者」とは、常の状態に比べて「見えざる」を意図しているように思える。
その証拠となるのが続く文章である。
「刺するに微」「鍼を久しく留め」そして「空脈の氣を致す」である。

そのまま文章を読むと、次のようになる。
鍼刺の反応は微(かすか)である。故にしばらくの間、鍼を留めて、氣の至りを待つと良い。それによって空脈(枯渇した経脈)の氣を誘い導くのだ。

空脈である故に、その脈の居る所も通常に比べて深く見えざるものとなる。

また脈に対する刺鍼層について三刺という技法でもって言及されている。

三刺はまず浅く刺鍼して陽邪を出し、再度刺鍼して陰邪を出すという。
この陰邪を出す時の刺鍼層は、陽邪のそれよりも深いが、分肉の間には入れない。分肉の間は穀気が至る層なのだ。
この脈の層構造における陰陽の邪気と清気・穀気の関係は同じく『霊枢』九鍼十二原にある。

また「先瀉後補」という手順が三刺の中には活きていることも分かる。

壽夭剛柔篇第六 ≪ 官鍼篇第七 ≫ 本神第八

原文 官鍼篇第七

■原文 官鍼篇第七

凡刺之要、官鍼最妙、九鍼之宜、各有所為、長短大小、各有所施也。
不得其用、病弗能移、疾浅鍼深、内傷良肉、皮膚為癰。病深鍼浅、病氣不寫、支為大膿。
病小鍼大、氣寫大甚、疾必為害。
病大鍼小、氣不泄瀉、亦復為敗、
失鍼之宜、大者寫、小者不移、已言其過、請言其所施。

病在皮膚無常處者、取以鑱鍼於病所、膚白勿取。
病分肉間、取以員鍼於病所。
病在経絡痼疾者、取以鋒鍼。
病在脈氣少當補之者、取之鍉鍼於井榮分輸。
病大膿者、取以鈹鍼。
病痺氣暴発者、取以員利鍼。
病痺氣痛而不去者、取以毫鍼。
病在中者、取以長鍼。
病在水腫不能通関節者、取以大鍼。
病在五藏固居者、取以鋒鍼。寫於井榮分輸、取以四時。

凡刺有九、以應九變。
一曰輸刺。輸刺者、刺諸経榮輸、藏輸也。
二曰遠道刺。遠道刺者、病在上取之下、刺府輸也。
三曰経刺。経刺者、刺大経之結絡経分也。
四曰絡刺。絡刺者、刺小絡之血脈也。
五曰分刺。分刺者、刺分肉之間也。
六曰大寫刺。大寫刺者、刺大膿以鈹鍼也。
七曰毛刺。毛刺者、刺浮痺皮膚也。
八曰巨刺。巨刺者、左取右、右取左。
九曰焠刺。焠刺者、刺燔鍼則取痺也。

凡刺有十二節、以應十二経。
一曰偶刺。偶刺者、以手直心。若背直痛所、一刺前、一刺後、以治心痺。刺此者、傍鍼之也。
二曰報刺。報刺者、刺痛無常處也。上下行者、直内無抜鍼。以左手隋病所按之乃出鍼、復刺之也。
三曰恢刺。恢刺、直刺者、直刺傍之、挙之前後、恢筋急、以治筋痺也。
四曰齊刺。齊刺者、直入一、傍入二、以治寒氣小深者、或曰三刺。三刺者、治痺氣小深者也。
五曰揚刺。揚刺者、正内一、傍内四、而浮之、以治寒氣之博大者也。
六曰直鍼刺。直鍼刺者、引皮乃刺之、以治寒氣之浅者也。
七曰輸刺。輸刺者、直入直出、稀発鍼而深之、以治氣盛而熱者也。
八曰短刺。短刺者、刺骨痺、稍搖而深之、致鍼骨所、以上下摩骨也。
九曰浮刺。浮刺者、傍入而浮之、以治肌急而寒者也。
十曰陰刺。陰刺者、左右率刺之、以治寒厥、中寒厥、足踝後少陰也。
十一曰傍鍼刺。傍鍼刺者、直刺傍刺各一、以治留痺久居者也。
十二曰贊刺。贊刺者、直入直出、数発鍼而浅之出血、是謂治癰腫也。

脈之所居、深不見者、刺之微内鍼而久留之、以致其空脈氣也。
脈浅者勿刺。按絶其脈、乃刺之、無令精出、独出其邪氣耳。
所謂三刺、則穀氣出者、先浅刺絶皮、以出陽邪。
再刺、則陰邪出者、少益深、絶皮致肌肉、未入分肉間也。
已入分肉之間、則穀氣出。

故刺法曰、始刺浅之、以逐邪氣而来血氣。後刺深之、以致陰氣之邪。最後刺極深之、以下穀氣、此之謂也。
故用鍼者、不知年之所加、氣之盛衰、虚實之所起、不可以為工也。

凡刺有五、以應五藏。
一曰半刺。半刺者。浅内而疾発鍼、無鍼傷肉、如抜毛状、以取皮氣、此肺之應也。
二曰豹文刺。豹文刺者、左右前後鍼之、中脈為故、以取経絡之血者、此心之應也。
三曰関刺。関刺者、直刺左右盡筋上、以取筋痺、慎無出血、此肝之應也。或曰淵刺、一曰豈刺。
四曰合谷刺。合谷刺者、左右鶏足鍼於分肉之間、以取肌痺、此脾胃之應也。
五曰輸刺。輸刺者、直入直出、深内之至骨、以取骨痺、此腎之應也。

鍼道五経会 足立繁久

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