葉天士の『幼科要略』その15 驚について

これまでのあらすじ

前回は痘瘡(天然痘)に関する内容でした。伝染病から子どもの命を護ること、小児科医として至上のテーマであっただろうと往時に思いを馳せながら、痘瘡病理を通じて伝統医学の生命観を学ぶことができました。

さて今回は驚、すなわち驚風です。驚風とはひきつけ・痙攣のことです。この驚風も小児科医書には必ず掲載されています。
痘瘡の項にもあったように「周歳(一歳の子)は、初め熱が出れば即ち驚搐昏迷の状を現わすこと最も多し。」とあるように、小児の驚風・驚搐は多く見られた症候のようです。
現代でも熱性けいれんはしばしば起こることですし、鍼灸院にも熱性けいれんを防ぐ目的で来院されるケースも珍しいものではありません。小児はりを実践するならば、やはり驚風についても学んでおくべきでしょう。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・驚

小児では倉猝(倉卒)驟然として驚搐す、古に陽癇と曰う。熱に従いて症治まる、古人は涼膈散を主方と為して用いる。


急驚は陽に属す、熱病に涼膈を用い、以て膈間 無形の熱を清める。膈上の邪熱は膻中に逼近す。絡閉じるときは則ち危殆なり。此れ宣通するは乃ち一定の法、然るに必ず病因を詢(はか)りて、時候を察し之を治せ。

幼科は痰、熱、風、驚の四治を以てす、猶(なお)説く可き也。
吾が郷には専科有り、釣藤、連翹、木通、薄荷、前胡、枳殻、桔梗に加入表散消食を加え入れて方を立てる、多くは験効せず。
驚は七情を為す、内は肝に応ず。肝病みて驚駭を発す、木強く火熾んにして、其の病動じて静なること能わず。且つ火は内は肝胆に寄り、火病は来りて必ず迅速なり。
後世、竜胆草、蘆薈、黄芩、黄連に、必ず冰片(龍脳の別名)、麝香、芒硝、大黄を加える。
其の苦寒の直降、鹹苦の走下、辛香の裏竅の閉を通ずるを取る也。牛黄丸、至宝丹、紫雪の如し、皆(みな)選びて用うべし。
凡そ熱邪 竅を塞ぎ、神迷昏憒する者は此れに仿(さまよ)う。
釣藤鈎、牡丹皮の属、僅かに少陽胆熱を泄す(そのため)、急驚暴熱内閉の症には無益。若し火熱が血液を劫爍すれば、苦寒鹹寒は中与せざる也。宜しく犀角地黄湯の属を用うべし。
方書には鎮墜金石の薬有り、攻風劫痰の薬有り、非常用に非ずと雖も、考えざるはあるべからず。
驚と厥は、皆(みな)逆乱の象り。
仲景の云う、蛔と厥は都(みな)驚恐より之を得る。凡そ吐蛔、腹痛、嘔悪、明是(これ)肝木犯胃(肝木が胃土を犯すこと)明らかなり。
幼医が治を乱せば、手を束ねて斃することを告げる。
餘は仲景法を宗とすれば毎(つね)に効する。

慢驚は古では陰癇と称する、其の治法は急ぎ脾胃を培う、理中湯を主方と為す。
痰有りて嘔吐するは、南星白附子六君子湯を用いる。
聲音出でざるは、開竅す竹瀝、姜汁、菖蒲根、鬱金の属の如し。
是の病、皆な他病 変を致す、其の因は一に非ず。
過飢・禁食・氣傷有り、峻薬の強いて灌ぎて胃を傷ること有り、暴吐暴瀉有りて、脾胃両つながら敗るる。
其の症は面青白、身無熱なり、熱の甚しからずと雖も、短氣し骨軟、昏倦すること寐の如し。皆な温補し之を治す。
惟だ嘔逆して乳食を受けずは、温補に姜連を反佐とす。
連理湯、銭氏益黄散、銭氏異功散。

驚風には急性と慢性がある

驚(驚風)には急性のものと慢性のものがあります。前者を急驚風、後者を慢驚風とも言い、本文説明ですと、古来では急驚は陽癇、慢驚は陰癇とも呼ばれていたようですね。

急驚風の病理について

当然ながら、両者の病理は全く異なります。
本記事では、急驚風は陽証であり、肝木の変動に応ずるとされています。五行的にみると、木が強く過ぎた結果、その動揺は火を熾んに炎上させます。その火は肝胆に寄ることで強烈な風症を生じます。その結果として驚風を起こすのです。

また具体的な治療イメージとして、「膈間の無形の熱を清する(清膈間無形之熱)」という言葉もあり、単に肝実肝風を鎮めるだけでなく、膈の実を処理するという実践的な治法が記されています。
膈を治療するとなると、腹部では心下が相当すると思われます。驚風の治療に心下の部を用いることは妥当であると思われます。

慢驚風の病理について

慢驚風は脾胃の虚を起点として起こる病です。
脾胃虚からどのような経緯を辿って内風症に至るのか?
その機序・病理ストーリは各医家によって異なります。慢驚風は慢性疾患ですのでそれも当然と言えるでしょう。念のため、4人の医家の説を簡略ながら以下に紹介します。

銭仲陽(銭乙)先生は「脾虚生風而成慢驚」とシンプルな言葉で途中経緯をカットしております(『銭氏小兒薬証直訣』慢驚より)。

万全(万密斎)先生は「此脾土敗而肝木乗之」と賊邪の病理を提示していますが、さらに「慢驚有三因(慢驚風には三つの病因が有る)」として、五藏(五行)でみた慢驚風の病理も提示しています。(『幼科発揮』巻二より)

薛鎧・薛己 父子は「脾肺俱虚、肝木所乗」としつつも、慢驚風の治法は「温補脾氣を主と為して安心制肝を以て佐とす」としています。(『保嬰全書』巻三より)

李東垣は「夫慢驚風者、皆由久瀉脾胃虚而生也。銭氏以羌活膏療慢驚風、誤矣。脾虚者、由火邪乗其土位。故曰、従後来者為虚邪、火旺能実其木、木旺故来剋土。」(『蘭室秘蔵』小兒門 治驚論より)と陰火学説の機序でもって慢驚風を説いています。

『幼科要略』本文にあるように「慢驚風は他病より変じて致すものです。従ってその原因は一つではないのです(是病皆他病致変、其因非一。)」ということです。
それだけにどの説が正しく、どの説が誤りなのか?ではなく、複数の病理ストーリーを知っている方が治療に於いては有利となるのです。

いずれにせよ、急驚風は火熱を起点として起こる木風の実証であり、慢驚風は脾土の虚に乗じて起こる木風の虚証と整理することもできそうです。
そして『小児にはなぜ木風症が多発しやすいのか?』この理由も小児はり師であれば理解しておく必要があります。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 驚

小兒倉猝驟然驚搐、古曰陽癇、従熱症治、古人用涼膈散為主方。


急驚属陽、熱病用涼膈、以清膈間無形之熱。膈上邪熱逼近膻中、絡閉則危殆矣。此宣通乃一定之法、然必詢病因、察時候治之。

幼科以痰、熱、風、驚四治、猶可説也。
吾郷有専科、立方釣藤、連翹、木通、薄荷、前胡、枳殻、桔梗、加入表散消食、多不効験。
驚為七情、内應乎肝。肝病発驚駭、木強火熾、其病動不能静。且火内寄肝膽、火病来必迅速。後世龍薈芩連、必加冰麝硝黄。
取其苦寒直降、鹹苦走下、辛香通裏竅之閉也。如牛黄丸、至宝丹、紫雪、皆可選用。凡熱邪塞竅、神迷昏憒者仿此。
釣藤、丹皮之属、僅泄少陽膽熱、與急驚暴熱内閉之症無益。若火熱劫爍血液、苦寒鹹寒不中與也。宜用犀角地黄湯之属。
方書有鎮墜金石之薬、有攻風劫痰之薬、雖非常用、不可不考。
驚與厥、皆逆乱之象。
仲景云、蛔厥都従驚恐得之。凡吐蛔腹痛嘔悪、明是肝木犯胃。幼医乱治、束手告斃。餘宗仲景法毎効。

慢驚古称陰癇、其治法急培脾胃、理中湯為主方。有痰嘔吐、用南星白附子六君子湯。聲音不出、開竅如竹瀝姜汁菖蒲根鬱金之属。
是病皆他病致変、其因非一。
有過飢禁食氣傷、有峻薬強灌傷胃、有暴吐暴瀉。脾胃両敗、其症面青白、身無熱、雖熱不甚、短氣骨軟、昏倦如寐、皆温補治之、惟嘔逆不受乳食、温補反佐姜連。
連理湯、銭氏益黄散、銭氏異功散。

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