葉天士の『幼科要略』その9 痢について

これまでのあらすじ

これまでは夏の暑熱が、陽体である小児の身体をどれだけ傷めつけるか…とそんな内容が続いていました。前回の瘧も同じで、瘧の病源となる伏邪の潜伏も夏暑をきっかけとするものでした。
今回は下痢のお話。「暑い!→子供が冷飲冷食をする→だから下痢する!」といった話だけではありません。
なるほど葉家医学らしい下痢の機序だなぁ…と思う点もあり、やはり学ぶべき回だといえます。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・痢

痢疾の一症、古は滞下と称す。蓋し裏に滞獨有りて而して後下する也。但す滞に氣在り、滞に血在り、冷傷、熱傷にして滞は一に非らず。今の人、滞を以て食と為して、但だ以って食を消す、并びに禁忌飲食を禁忌せしめて已む。

夫れ瘧痢は皆な夏秋に起きる。都(すべて)湿熱鬱蒸は、脾胃の水穀運らせざることを致すを以てす。湿熱が氣血を灼して黏膩を為す①、先に痛み後に痢す、痢するの後に爽せざる。
若し偶(たまたま)瓜果冰寒を食して即病し、未だ必ずしも即変して熱と為さざるも、先ず宜しく辛温疏利の剤を(与うべし)。
若し膿血(を出す事)凡そ十行、㽲痛後重するは、初め宣通駆熱を用う。黄芩、黄連、大黄の如く、必ず甘草を加え以って之を緩める。
傷寒の糞堅の如くに非ずんば、須らく芒硝の鹹を用いて以って軟堅すべし、直走し至陰を破泄す。此れ苦(味)能く湿に勝ち、寒以って逐熱するに過ぎず、足りて病を却くべし。

古人の云う、行血すれば則ち便膿は愈ゆ、導氣すれば則ち後重は除かれる。
行血涼血するは、牡丹皮、桃仁、延胡索、黒楂子、当帰尾、紅花の属の如し。
導氣するは木香、檳榔、青皮、枳実、厚朴、広皮の属の如し。
世俗の通套、此れの如くに過ぎず。

蓋し瘧は経を傷りて、猶お延挨(≒遅延)すべきが如し。痢は藏に関わり、誤治すれば必ず危し②

診の大法は、先ず体質の強弱、肌色の蒼嫰を明らかにして、更には起居の病を致し由る因をを詢(とう・たずねる)。
初病、体堅にして症実するは、前法を遵すべし。
久病、氣餒く神衰うるは、腹痛後重有ると雖も、亦た宜しく詳審すべし、攻積清奪の施治を以て概するべからず。

聊か一治験を附記して備考とする。

施姓の子、年七歳。七月二十三日、天(天候)久雨陰晦③
遂に泄瀉を発すること数次、日を越して腹痛す。下痢紅白。
幼科(小児科医)二人を延べ、調治すること五六日。
初め二日に至りて、余 之を診す、嘔逆して食せず、下痢すること度無し、都(すべて)是(これ)血水、其の腹痛すること昼夜に寧刻無し。
両脈は倶に細、右(脈)は濇にして歇んと欲す。坐して次に鼻に薬氣を聞(嗅)けば、乃ち大黄の氣、其の進むこと勿らしむ。
施氏が云う、二人の医 在りて有り、枉先生の一商(はかる)は「何如?」餘、唯之(ただこれのみ)、書室に入りて方を索す。
一医の曰うは、下痢已に来りて、全て糟粕無し、若し蕩を攻め積を去るに非ずんば、別法投ずべく無し。

余曰く、肢冷え、血液を下すこと七八日、痛みて、水を飲まず。
面色を望むこと枯白の中に氣黯の極まり、脈形は細軟、これを按じて鼓せず。
明らかに是(これ)冷湿の太陰に中る。
仲景の太陰九法に、下法を用いざることを示す。
乃ち急ぎ人参、炙草草、炮姜、当帰、芍薬、陳皮、少しく肉桂で佐して煎じる。二剤にして、垢滞の下ることを得て、痛痢は大いに減ずる。
継ぎて帰芍異功散、参苓白朮散を以て、半月にして全安(全快)す。

噤口して水穀すること能わずして下痢するは、都(すべて)熱升濁攻するに因る、必ず大苦を用う。赤茯苓(?)、黄連、石膏、蓮子の清熱の如し。人参は胃を輔け氣を益す。熱氣が一開すれば、即ち能く食を進む。薬は宜しく頻頻に二三口ずつ進むべし。

小児の久痢が休息すれば、変じて糞後下血を為す、速愈させること最も難し。
氣弱下陥に因る者有り、補中益氣(補中益気湯)。
虚寒にして飲食化せざる者は、銭氏益黄散。
湿熱の未だ浄せず、氣分の虚が延する者、清暑益氣湯。
胃強く善く食する者は、苦寒清熱し、更に飲食を節す、須らく善く月を経て調うべし。

久瀉久痢するは、必ず傷が腎に及ぶ、腎は二便を司るを以てのこと也。
必ず肛門後墜して已まざる、初病の湿熱の裏急下重と同じからず。
治するに陰液を摂するを以てす、或いは疏補を佐とす、久なれば則ち摂納すると純らにす。

小児熱病の最も多き者は、(小児の)体は純陽に属するを以てなり。
六氣(六淫)の人に着くや、氣血は皆(みな)化して熱と為る也。飲食化せずして、裏に蘊蒸し、亦(また)熱に従いて化する。
然るに解表有りて已に復熱す、裏熱を攻めて已に復熱す、小便を利して愈後に復熱する、養陰滋清熱して亦(また)除かれざる者、張季明の謂う元氣の帰著する所無く、陽浮すれば則ち倏(たちまち)熱する矣④、六神湯が之を主る。

本章では・・・

下線部①「瘧や痢は皆な夏秋に起きる。湿熱鬱蒸は、脾胃の水穀運らざることを致す。」
脾は湿を悪む(『素問』宣明五氣)と知られる通り、湿により脾胃の働きは低下するものです。しかしここで記されているのは湿だけではありません。
湿のみならず熱も加わり、さらにその湿熱が鬱蒸するというなんともタイヘンな状態になっている…と、そんな設定のようです。

このように強力に湿熱が脾胃・腸胃に干渉することで「湿熱が氣血を灼して黏膩と為す」という病理を提示しています。黏膩とはどういうことか?つまりは湿熱下痢です。(「葉天士の『温熱論』その4 裏結について」を参照のこと)
葉天士は症状として下痢を現わしていても、裏(腸胃)に湿熱の邪があるのであれば軽く下法をかける必要性を説いています。
本文にも大黄や芒硝が散見され、「苦味、能く湿に勝つ、寒以って逐熱す」と記し、下痢の根本的な原因である湿熱の駆邪に苦寒剤を加えることを示唆しているようです。

しかし、小児の体質は脆弱であり、常に胃氣の確保に重きを置くべきです。
このことが記されているのが下線部②「瘧は経を傷りて、猶お延挨すべきが如し。痢は藏に関わり、誤治すれば必ず危し」です。
前回の瘧病と今回の痢病とを比較しているようです。
両者ともに同じ夏暑に傷害されて生ずる病とはいえ、瘧は経が傷られた病、痢は藏腑に関わる病で、これを誤治しようものなら藏氣の危機となります。このリスクを踏まえて「瘧の治療は遅延しても(確実に治療するのが)良し。痢は誤治しようものなら後は無い」ということを警告しています。

とはいえ、痢病に誤治してしまった場合のリカバリーについても紹介してくれています。

痢病への誤治後の対処法

7歳の施氏の子(施さん宅のお子さん)の治験例(下線部③)です。

泄瀉(下痢)すること数回、翌日も腹痛は続きます。とうとう下痢も紅白(出血が混じり始めました)。
既に二人の小児科医に診察してもらったのですが、どうも結果がでません。

葉先生が診察すると、両脈は倶に細脈、特に右脈は濇脈も現れ、その脈力は弱く今にも尽きようとするかのようです。
子どもの鼻から薬氣を嗅いで、大黄の臭いの確認し、下法を行れていないかどうか?を診ます。
施さんが云うには、二人の小児科医の診察の仕方は次のような診察法でした。
枉先生のやり方「どうですか?」と問診したのみで(返答を聴いた後は)書室に入りて処方検索しただけ。(おそらく望聞問切・四診のうち、ごくごく軽い問診しかせずに処方決定したようです)
もう一人の小児科医は、すでに下痢が続いていて腸内に糟粕は無いのに、「もし蕩を攻め積を去るのでなければ、他に手段は無し!」と言い切っていたようです。

葉先生の診たてでは、冷湿が太陰に侵入した病態であるとのこと。
張仲景の太陰九法には、下薬を用いずに治療する方があります。急ぎ人参、炙草草、炮姜、当帰、芍薬、陳皮、少し肉桂で佐して煎じ、二剤にして服用させたところ…垢滞が下ることを得、痛痢は大幅に軽減しました。
さらに帰芍異功散、参苓白朮散を与えて、半月にして全快したとのこと。

この治験例で面白いのは「下薬を用いることなく治療する」と言いながらも「垢滞が“下る”」と言っているところです。
「脾胃を補いながらも下す」という表現になりますが、この意は「補は瀉なり」という言葉を知る鍼灸師の先生方は理解しやすいと思います。
病症と重なる誤治によって、脾胃の運化運行が完全に停滞してしまいます。(水も飲まないくらいですから)
しかし治療によって脾胃の運行が正常に再開することで、生じた垢滞が押し出される形となります。この結果を“下る”と表現しているのでしょう。

熱の収まり処…

まずは下線部④の意訳です。
六氣(風寒暑湿燥火)は人体に侵入すると、正氣(氣血)と相搏って熱と化するものです。
また飲食不節や脾胃の不調によっても、飲食がうまく消化されずに、裏に停滞しやはり熱に化します。

実際の治療においても、解表しても復熱したり、裏熱を攻めてもまた復熱したり、小便を利して愈してもその後に復熱する…果ては養陰滋清熱しても熱が除かれない者がしばしば見受けられます。
これは張季明が言う「元氣が帰著する所無く、陽浮すれば則ち倏ち熱する」の言葉の通りである…と、このような言葉で締めくくっています。(張季明の書が分からないので、深くは調べれませんでしたが)

締めのこの「元氣が帰する所が無く…」という表現に興味を覚えます。
“下焦の氣・元氣の損耗が既に在る場合の復熱例”と読み取れるのですが、葉天士が文末にこの言葉を附記した意味を穿って考えてみたいと思います。二重の意味が込められているのではないかと。
なぜなら、この復熱パターンは高齢の方やターミナルでしばしば診られることだと思われます。しかし本書は小児科医書です。となると、小児ならではの体質を考慮して、この言葉を理解すべきです。

小児の特性の一つに「純陽に属する」があります。
この言葉通り、気・陽が盛んで子どもの体は生命力に満ちているものです。しかしこれだと元氣の消耗とは到底言えず、ましてや「元氣の帰する所が無い」状態には程遠いものがあります。
では「元氣の帰する所」そのものについて考えてみましょう。
子どもは元氣は虚してはいませんが、反面、下焦はまだ安定していない、というのも小児の体質です。(※下焦が虚しているという意味ではありません)
器は未完成であり、完成に向けて突貫工事を日々行っている。その工事のエネルギー源はメラメラ燃えているため、元氣なのですが、その炉は小さく未完成なのです。
ですので、ちょっとした病、ましてや痢病という中下焦の氣を損なう病後はその傾向が顕著に現れることでしょう。これが小児科ならではの「元氣の帰する所が無く」という理解となります。

最後に六神湯とありますが、これも『臨床指南医案』巻十の集方に収録されています。
「六神湯、即陳無澤六神散、即四君子湯加山薬、扁豆」とあります。

また四君子湯をベースとした方剤の登場です。四君子湯に山薬と扁豆を加えたものとあります。
そして陳無擇の六神散と指定していますね。陳無擇(1131-1189年)といえば『三因極一病証方論』(1174年 序)の著者です。

では『三因極一病証方論』を拝見しましょう。

画像は『三因極一病証方論』京都大学貴重資料デジタルアーカイブから引用させていただきました。

六神散、人参、白茯苓、乾山薬、白朮、白扁豆、甘草(炙)(各等分)
右(前述生薬)為末、毎服一大銭、水一小盞棗一个生薑二片同煎、至五分通口服、此薬用處甚多。
治胃冷加附子、治風證加天麻、治利加罌粟殻『三因極一病証方論』巻十八 小児科 積熱證治より

陳無択の四君子湯にも生姜大棗は用いられているようですね。『和剤局方』(1078-1085年 初版)では姜棗は使われておらず、『三因方』(1174年)では姜棗は用いられ、『世医得効方』(1337年)では生姜大棗は用いられない…となると、時代の流れといったものではなく“薑棗を用いる派と用いない派”、もしくは“目的に応じた使い分け”がなされていたと考えてよさそうですね。(詳しくは『幼科要略』 瘧について―気になる四獣飲―』を参照のこと)

ちなみに『三因極一病証方論』では六神散の他にも六神丸があります。
画像は『三因極一病証方論』京都大学貴重資料デジタルアーカイブから引用させていただきました。

この六神丸は〔丁香、木香、肉荳蔲(これら三味の製法略)、訶子、使君子、蘆薈〕を用い、棗肉を以て和す…といった生薬構成とのこと。区別が必要です。
さらに余談ながら(笑)
現在日本でも強心薬として虔脩六神丸が販売されていますが、これも構成生薬が全く異なります。この六神丸の構成と方意も整理しておくべきしょう。

鍼道五経会 足立繁久

■原文

痢疾一症、古称滞下。蓋裏有滞獨而後下也。但滞在氣、滞在血、冷傷、熱傷而滞非一。今人以滞為食、但以消食、并令禁忌飲食而已。
夫瘧痢皆起夏秋、都因湿熱鬱蒸、以致脾胃水穀不運。湿熱灼氣血為黏膩。先痛後痢、痢後不爽。
若偶食瓜果冰寒即病、未必即変為熱、先宜辛温疏利之剤。
若膿血凡十行、㽲痛後重、初用宣通駆熱、如芩、連、大黄、必加甘草以緩之。
非如傷寒糞堅、須用芒硝鹹以軟堅、直走破泄至陰。此不過苦能勝湿、寒以逐熱、足可却病。
古云、行血則便膿愈、導氣則後重除。
行血涼血、如丹皮、桃仁、延胡、黒楂、帰尾、紅花之属。
導氣如木香、檳榔、青皮、枳、朴、広皮之属。
世俗通套、不過如此。
蓋瘧傷于経、猶可延挨。痢関乎藏、誤治必危。
診之大法、先明体質強弱、肌色蒼嫰、更詢起居致病因由。
初病体堅症実、前法可遵。久病氣餒神衰、雖有腹痛後重、亦宜詳審、不可概以攻積清奪施治。
聊附記一治験備考。

施姓子、年七歳。七月二十三日、天久雨陰晦、遂発泄瀉数次、越日腹痛、下痢紅白。延幼科二人、調治五六日。
至初二日、余診之、嘔逆不食、下痢無度、都是血水、其腹痛昼夜無寧刻。両脉倶細、右澀欲歇。
坐次鼻聞薬氣、乃大黄氣、令其勿進。
施云、有二医在、枉先生一商、何如?餘唯之、入書室索方。一医曰、下痢已来、全無糟粕、若非攻蕩去積、無別法可投。
余曰、肢冷、下血液七八日、痛、不飲水、望面色、枯白中極氣黯、脉形細軟、按之不鼓、明是冷湿中于太陰。仲景太陰九法、示不用下、乃急煎人参、炙草、炮姜、帰、芍、陳皮、少佐肉桂。二剤、垢滞得下、痛痢大減。継以帰芍異功散、参苓白朮散、半月全安。

噤口不能水穀、下痢、都因熱升濁攻、必用大苦、如苓、連、石、蓮清熱。人参輔胃益氣。熱氣一開、即能進食。薬宜頻頻進二三口。
小兒休息久痢、変為糞後下血、最難速愈。有因氣弱下陥者、補中益氣。虚寒飲食不化者、銭氏益黄散。湿熱未浄、氣分延虚者、清暑益氣湯。胃強善食者、苦寒清熱。更節飲食、須善調経月。

久瀉久痢、必傷及腎、以腎司二便也。必肛門後墜不已、與初病湿熱裏急下重不同。治以摂陰液、或佐疏補、久則純與摂納。

小兒熱病最多者、以体属純陽、六氣着人、氣血皆化為熱也。飲食不化、蘊蒸于裏、亦従熱化矣。然有解表已復熱、攻裏熱已復熱、利小便愈後復熱、養陰滋清熱亦不除者、張季明謂元氣無所帰著、陽浮則倏(たちまち)熱矣、六神湯主之。

 

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