葉天士の『幼科要略』その18 暑熱について

これまでのあらすじ

前回は春温風温の総括といった内容でした。今回も同じく既に「その4 夏熱」で触れられている内容の総括と言ってもよいでしょう。
「幼科要略 その4 夏熱」と併せて読むことをお勧めします。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・暑熱

暑邪は必ず湿を挟む①、その状は外感風寒の如し。
柴胡・葛根・羌活・防風を用うことを忌む。肌表熱無汗の如くには、辛涼軽剤(を用いて)誤り無し。

香薷は辛温氣升して、熱伏を吐し易く、苦降を佐する。杏仁、川連(※)、黄芩の如し、
則ち吐かざれば、上焦を宣通す、杏仁、連翹、薄荷、竹葉の如し。
暑熱深く入れば、伏熱して煩渇す、白虎湯、六一散。
暑邪には首(まず)辛涼を用う、継いで甘寒を用い、後に酸泄斂津を用いる、必ずしも下を用いず。

暑病、頭脹すること蒙の如し、皆な湿盛にして熱を生ずる、白虎竹葉。
酒湿食滞には、辛温通裏を加う②

小児の発熱は、変蒸の熱が最も多し。頭緒(端緒として)煩す。
(詳細は)載すること能わず、巢氏『病源』に詳しい。

然るに春温夏熱秋涼冬寒、四季の中で傷れるを病と為す。當に時を按じて治を論ずべし。
其れ内傷飲食の治法に、表薬を混入すること宜しからず。消滞には宜しく丸薬を用うべし。
張潔古、李東垣に已に悉く詳らかなり。

※川連については前回『春温風温』の注を参照のこと

夏の暑熱について

やはり「幼科要略 その4 夏熱」の復習という内容ですね。

まず下線部①「暑邪は必ず湿を挟む(暑邪必挟湿)」です。その4では「暑は氣分を傷り、湿も亦 氣を傷る」との言葉があります。
この言葉は夏の蒸し暑さを体験するとよーく実感できます。ただ暑いよりも蒸し暑い方がしんどい…のです。

これが病となれば、猶のこと正氣の消耗や損傷は激しいものとなり、温熱病の侵攻の速さの基盤ともなるのでしょう。
湯液では辛涼剤が推奨されていますが、鍼灸ではどうすればいいでしょう???
やはり普段から伏邪・湿熱を削っておく(減らしておく)ことがベストだと思われます。

「酒湿食滞には、辛温通裏」…これは小児向けの話ではありませんね(笑)
とはいえ、大人の夏季における治療でこの「辛温通裏」、特に通裏は重要だと思います。
裏腑を攻下するのではなく“通裏”するという表現、このニュアンスを理解すべきではないでしょうか。

さて小児科の話に戻って「小児発熱は変蒸が最も多い」これは変蒸について詳しく理解する必要がありますね。
治療すべき発熱なのか?下手に手を加えるべきではない熱なのか?を見極める必要があります。

最後の文は、四時における外感・内傷を含め総合的に診察せよ…との正に王道ともいえる診断指針です。体の内外を診て、時を按じて、治を弁えるべし!ですね。

最後に…

長く続いた葉天士シリーズもようやくひと段落しました。新型コロナ感染症を機に温病学を学び直そう!と思い立ち、早や1年3ヶ月過ぎました。
『瘟疫論』(前編)は2020.05.08から始まり2020.05.30と1ヵ月弱の時間を要し、
『温熱論』は2021.06.05~06.21までと2週間強かかっています。
この『幼科要略』にては2021.06.23からスタートして8月中旬まで…2か月近くかかっています(汗)

『温熱論』『幼科要略』の書写&考察を通じて、この二書だけで葉天士の医学を理解するには限界があることを痛感。せめて『臨床指南医案』を加えて調べる必要があると思いました。
おかげで葉天士の医学が“衛氣営血弁証”や“舌診”といった表層的な知識技術だけで語るべきではないなと実感できました。少なくとも『温熱論』だけでなく小児科を通じて葉派医学を見つめることができたのは温病を理解するためには実に有益でした。
とはいえ、葉天士の医学観を理解するには「膜原」だけでは「絡」や「中道」といった人体観を時間をかけて理解し直す必要は感じております。

さて、葉天士系の医学書を書き下すのは骨が折れました…。というのも電子図書館を探しても葉派医書の書き下し文がまず無い…。
書き下し文のお手本がなく、迷いつつ首を傾げながらも中文から書き下し文へ…と写しておりました。
そのため誤記・誤訳が散見されると思いますが、何卒ご容赦とお気づきの方はどうかご指摘ご指導のほどお願いいたします。

日本の医家たちは温病を研究しなかったのか?

さて「葉派医書の書き下し文が見つかりにくい」ことから「日本江戸期の医家たちは温病学を学ばなかった説の裏付けになる」という人もいるかもしれません。
ですが、江戸期の医家たちの書からは、呉氏の瘟疫論などを研究していた節は感じられます。さらに一部の医家はその説を採り入れているように思えます。
温病学を全く無視していたわけでも、無思考で対立していたわけでもなかったと思われます。

ここから思いますに、当時の医家たちのように“まずは読んで理解し研究すること”が大事です。採用するか否かはそれを済ませてから。
近年の鍼灸業界では、深く学び理解するプロセス経ずに是非を断定しようとする風潮が強いように感じられます。これも現代教育の影響でしょうか、性急に結論だけを求め、思考や思索などその過程を軽んじる…と、このような傾向が強いように思います。
古典を学ぶ者は、決して思考停止や思考放棄に陥らぬよう、腰を据えて学び、自分の頭と肚で考えることができる鍼灸師が育つよう願うばかりです。

と、イッチョ前なことを書いたものの…現在『湿熱論』は未読のまま…『温病条弁』に至ってはものすごくボリューミーだなぁ…と及び腰な私であります。


写真:葉天士記事シリーズでお世話になった『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社と『葉天士医学全書』山西科学技術出版社

鍼道五経会 足立繁久

■原文 暑熱

暑邪必挟湿、状如外感風寒、忌用柴葛羌防。如肌表熱無汗、辛涼軽剤無誤。
香薷辛温氣升、熱伏易吐、佐苦降、如杏仁川連黄芩則不吐。宣通上焦、如杏仁連翹薄荷竹葉。暑熱深入、伏熱煩渇、白虎湯、六一散。
暑邪首用辛涼、継用甘寒、後用酸泄斂津、不必用下。
暑病頭脹如蒙、皆湿盛生熱、白虎竹葉。酒湿食滞、加辛温通裏。
小兒発熱、最多変蒸之熱、頭緒煩、不能載、詳于巢氏『病源』矣。
然春温夏熱秋涼冬寒、四季中傷為病、當按時論治。其内傷飲食治法、不宜混入表薬。消滞宜用丸薬、潔古、東垣已詳悉。

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