6月のゴケイメシ ~豚肉(豕・豬)の食物本草能~

6月のゴケイメシのテーマは豚肉

今回のゴケイメシのメインは豚肉をいただきました。
前回のゴケイメシで使った馬肉と豚肉が余ったので、そのまま合せ煮(一六煮)を作って保存しておいたのが今回の豚肉テーマのきっかけです。

写真:馬肉と豚肉の合わせ煮。

馬と豚、易の観点から数字に直して一六煮と命名。なぜこんな料理を作ったのか?きっかけは孟詵の言葉。彼が言うには「(馬肉と)豬肉と同じく食せば霍乱を成す。」(『本草綱目』馬の項より)とのこと。本当に霍乱を起こすのか!?という挑戦意欲がわいたので作ってみました。結果は如何に?

その他の献立はブタとウマの一六煮・ブタのショウガ焼き・ブタ肉のアスパラ巻です。それに土鍋で炊いた白米と野菜たっぷりの味噌汁。もはた宴会というよりも晩御飯ですね。


写真:ブタのショウガ焼き・アスパラ巻き・白ご飯は川合シェフ作

写真:野菜たっぷりのお味噌汁、これが酒のあとの胃に沁みる~

ブタが家畜化された歴史は非常に古く、世界各地でその痕跡が残されています。
中国での養豚は約9000年前に遡ることができるといわれています。(李海訓・東京経済大学 経済学部 準教授による「中国における養豚業の動向」より)また、日本の養豚記録は『日本書紀』に残されており、3~7世紀には養豚が行われていたと言われています。(「養豚の歴史」日本養豚協会JPPAサイトより)

そのような人との関わりの深い存在であるブタですが、食材だけでなく漢方にも生薬として利用されています。もちろん現代の薬膳にも活躍しています。

豚肉といえば、巷では「豚肉は補腎・滋陰によい」といった情報をチラホラ見かけます。しかし待っていただきたい。歴代医家たちは本当にそのようなことを伝えていたのでしょうか?
ただ鍼灸学校でみた五行色体表(五畜のとこ)を見た記憶のままに「豚=補腎」と認識しているのではないでしょうか?
ということで、本記事では豚肉に関する食物本草のお勉強です。

豚(豚肉)の食物本草情報

まずはいつもの読みやすい『日養食鑑』(石川元混 著 1819年)から。

『日養食鑑』に記されるブタ(豚肉)の効能

ぶた 豕
甘酸冷、毒なし。
虚を補い、肥満せしむ。小児の疳渇を治す

■原文
豕(豚)
甘酸冷、毒なし。
虚を補ひ、肥満せしむ。小兒の疳渇を治す。

とあります。ふむふむ…「虚を補う作用」があって「肥えさせる作用」があるのですね。じゃ、補腎にもいいんじゃない?
…なんて安易に解釈してはいけません!もう少し歴代の本草書を学んでいきましょう。次は名古屋玄医の『閲甫食物本草』です。

『閲甫食物本草』に記されるブタ(豚肉)の効能

豕(ぶた)  一名豬、一名豚、 一名豭 一名彘、一名豶
味苦微寒、有小毒。
『別録』に云く、能く血脉を閉じ、筋骨を弱くし、人肌を虚す。久しく食うべからず、病人・金瘡の者は尤も甚し。
又曰く、狂病の久しく愈えざるを療する。
『拾遺』に曰く、丹石を壓し、熱毒を解す。肥熱人、之を食するに宜しい。
『千金』に曰く、腎氣虚竭を補う。
陶弘景が曰う、豬の用を為すこと最も多し。惟だ肉は多食するに宜しからず、人をして暴かに肥やす。蓋し虚風の致す所也。
朱震亨が曰く、豬肉は氣を補う。世俗には以て補と為す。誤れり!惟だ陽を補うのみ。今の虚損の者は陽に在らず、而して陰に在り。肉を以て陰を補う。是れ火を以て水を濟う。蓋し肉の性は胃に入り、便ち湿熱と作す、熱は痰を生ず、痰生ずれば則ち氣降りず而して諸証を作するなり。諺に云う、豬は之を生姜と食わざれば、大風を発する。中年(になると)氣血衰え面は黒点を発する也。

野豬(いのしし)  以乃之〃
氣味甘平、無毒。
孟詵が曰う、癲癇、肌膚を補い、五臓を益す。人をして虚肥せしむ。風を発せず氣を虚す。
『日華』に曰く、炙りて食せば腸風瀉血を治する。十頓に過ぎず

■原文
豕(ぶた) 一名豬、一名豚、 一名豭 一名彘、一名豶
味苦微寒、有小毒。
別録云、能閉血脉、弱筋骨、虚人肌、不可久食病人金瘡者、尤甚。又曰、療狂病久不愈。拾遺曰、壓丹石、解熱毒、宜肥熱人食之。千金曰、補腎氣虚竭。弘景曰、豬為用最多、惟肉不宜多食、令人暴肥。盖虚風㪽致也。震亨曰、豬肉補氣。世俗以為補。誤矣。惟補陽爾。今之虚損者不在陽、而在陰、以肉補陰。是以火濟水。蓋肉性入胃、便作濕熱〃生痰〃生則氣不降而諸證作矣。諺云豬不姜食之、發大風。中年氣血衰面發黒㸃也。

野豬(いのしし) 以乃之〃
氣味甘平無毒。
孟詵曰、癲癇補肌膚、益五藏。令人虚肥、不發風虚氣。日華曰、炙食治腸風瀉血。不過十頓。

とあります。
まっ先に目に留まるのは「小毒」です。豚肉に少しく毒がある…これは今風に解釈すると『豚肉はアタリやすい(食中毒を起こしやすい)』とみる人もいるかもしれませんね。しかしそれもまた短慮というもの。本文を最後まで読んでみましょう。

豚肉の薬能を総括すると、その性は清熱作用が強いことが分かります。
「療狂病久不愈」とある記載は、その性を示す最たるものでしょう。「解熱毒、宜肥熱人食之」とあるのもまた豚肉の寒冷の性を表しています。
となると「能閉血脉、弱筋骨、虚人肌」といった効能機序は、上記の清熱能を照らし合わせることで、より具体的にイメージできます。血脈を閉じることで、血分の熱が盛んになることを防ぐのでしょう。但し、その効能が強いが故に、多食することを戒めています。そのことを「小毒」という言葉で端的に表現しているのです。

このような観点で、岡本一抱の『公益本草大成(和語本草綱目)』をみてみましょう。

『公益本草大成』にあるブタ(豬・猪)の各部位の効能

豬(ちょ・ぶた)
【肉】 苦酸寒
熱毒を解し、狂病を療す。(多食すれば血脉を閉じ、筋骨を弱くし、肌を虚し、病百端を致す。忌む所の薬菜多し、妄りに食すること勿れ。)
【頭肉】 有毒
食う勿れ、灰に焼きて魚臍瘡を治する。
【脂】 今に云うマンティカ也。甘微寒。煎じて膏薬に諸瘡・諸毒に塗る。血脉を利し、熱結を散じ、蟲を殺し、髪を生やし、手に塗りて皸烈を治す。腸胃を利し、小便を通じ、黄疸・水腫を治する。酒を以て服して胎産衣を下す。
【脊髄】 甘寒
骨髄を補い、虚労・脊痛・骨蒸を療しす。小児の臍腫・解顱(けろ)に塗る。
【血】 鹹寒
下血を止め、毒を解し、有蟲嘈雜を治する。
【心血】 驚癲を治する。
【尾血】 痘瘡の倒靨を治する
【心】 驚悸恍惚を治す。
【肝】 驚癇痢疾、脱肛、目疾を治する。(然るに心に入り人神を傷る、妄りに用うる勿れ)
【脾】 脾胃虚熱を治する。
【肺】 咳嗽を治する。
【腎】 消渇・熱痢・崩血を治す。
○以上、皆な同類相い求めて治すると雖も、其の性は盡く冷寒也。虚と冷には妄りに用うること勿れ。但だ以て引導(みちびく)とするのみ。
【□月臣】(両腎の間に在る膜也)甘平 肺脹・咳喘・肺癰を治する。乳汁を通ずる。
【肚】 甘微温。 胃を補い渇を止める。水瀉・暴痢・虚労・痩弱・瘡痒を治する。
【腸】 甘微寒。 腸を潤し、血痢・臓毒・小便数・陰挺出多血するを治する。
【脬(いばりぶくろ)】 甘鹹寒 夢中の遺溺・疝氣・陰嚢湿痒・玉茎瘡を治する。
【胆】 苦寒 大便を導き、心肝脾を涼し、小便を通じ、熱渇・骨蒸・小児の疳蟲・悪瘡・目赤翳を治する。
【胆皮】 目翳厚を治す。
【膚 (革外の厚皮なり)】 甘寒  少陰下痢・咽痛・煩熱を治す。
【歯】 蛇咬・痘瘡の倒陥を治する。
【骨】 消渇・下痢を治す。
【豚卵】 甘温  驚癇・淋癃・陰茎痛を治する。
【母豬乳】 甘鹹寒  驚癇・天弔・五淋を治する。
【蹄】 甘鹹小寒  乳汁を通じ、薬毒を解す。癰疽を洗いて、毒を消し悪肉を去る。
【蹄爪甲】 五痔・腸癰・一切の悪瘡を治する。
【尾】 喉痺・赤禿髪落を治する。
【毛】 灰に焼き、麻油に調えて、火傷に塗る。
【屎】 熱黄・湿痺・驚癇・痘瘡の黒陥を治し、熱を除き毒を解し、血を止め、小児を洗い夜啼を止む。
【縛豬縄(豬を縛ぐ縄)】 灰に焼きて水服すれば、小児の驚啼発歇を治する。

■原文
豬(ちょ・ぶた)
肉 苦酸寒
解熱毒、療狂病。(多食閉血脉、弱筋骨、虚肌、致病百端。所忌藥菜多勿妄食。)
頭肉 有毒
勿食焼灰、治魚臍瘡。
脂 今云マンテイカ也。甘微寒。煎膏藥塗諸瘡。諸毒利血脉、散熱結、殺蟲、生髪、塗手治皸烈。利腸胃、通小便、治黄疸、水腫。以酒、服下胎産衣。
脊髄 甘寒
補骨髄、療虚勞、脊痛。骨蒸、塗小兒臍腫、解顱(けろ)。
血 鹹寒
止下血、解毒、治有蟲嘈雜。
心血 治驚癲。
尾血 治痘瘡倒靨
心 治驚悸恍惚
肝 治驚癇痢疾、脱肛、目疾。(然入心傷人神、勿妄用)
脾 治脾胃虚熱。
肺 治咳嗽
腎 治消渇、熱痢、崩血。○以上皆同類相求て治すと雖𪜈、其性盡冷寒也。虚與冷勿妄用但以引導とするのみ。
●(月臣)(在两腎間膜也。甘平)治肺脹、咳喘、肺癰。通乳汁。
肚 甘微温。 補胃止渇、治水瀉、暴痢。虚勞痩弱、瘡痒。
腸 甘微寒。 潤腸治血痢、藏毒、小便數、陰挺出多血。
脬(いばりぶくろ) 甘鹹寒 治夢中の遺溺、疝氣、陰嚢濕痒玉莖瘡。
胆 苦寒 導大便、涼心肝脾、通小便、治熱渇、骨蒸、小兒疳蟲、悪瘡、目赤翳。
胆皮 治目翳厚。
膚 (革外厚皮也) 甘寒。治少陰下痢、咽痛、煩熱。
齒 治蛇咬、痘瘡、倒䧟。
骨 治消渇、下痢。
豚卵 甘温 治驚癇、淋癃、陰莖痛。
母豬乳 甘鹹寒 治驚癇、天弔、五淋。
蹄 甘鹹小寒 通乳汁、解藥毒。洗癰疽、消毒去悪肉。
蹄爪甲 治五痔、腸癰、一切悪瘡。
尾 治喉痺、赤禿髪落。
毛 焼灰、麻油調、塗火傷。
屎 治熱黃、濕痺、驚癇、痘瘡黒䧟、除熱解毒、止血、洗小兒止夜啼。
縛豬縄 焼灰水服、治小兒驚啼發歇。

とあります。
まず冒頭から「忌む所の薬菜多し、妄りに食すること勿れ。」との注意書きがあります。このような強い作用を示す食材というのも珍しいと思います。
私は臨床では患者さんに「薬膳情報は色々あるけれど、薬ほどには効きません。極端にいうと効いたか効いていないか分からない程の影響力だと思ってください」と説明しています。なにしろ食材・食べ物でありますから、薬と同じように効いていては、危なっかしくておちおち食事できないですよね。
しかしこれに反するように、豚肉の効能には「(豚肉の効能を)忌む薬・菜が多い」とあり、豚肉の本草能の強さを警戒しています。

豚肉の他にも、頭肉・脂・脊髄・血・心血・尾血・心・肝・脾・肺・腎・月臣・肚・腸・脬・胆・胆皮・膚・歯・骨・豚卵・母豬乳・蹄・蹄爪甲・尾・毛・屎・縛豬縄といった実に様々な部位の本草能が列挙されています。この情報量からも、陶弘景の言葉「豬為用最多」の意味が実感できますね。

各部位の効能を一つ一つコメントすることはできませんが、猪膚の効能は猪膚湯(少陰病・310条文)そのものですね。他にも猪胆なども白通加猪胆汁湯(315条文)に使用されます。
豬の脂(豚脂)は膏薬に用いられることも知られています。

また豚の五臓の効能の後に付記されている「以上皆同類相求て治すと雖も、其性盡冷寒也。虚與冷勿妄用但以引導とするのみ。」とある言葉もなるほど納得です。

『本草綱目』におけるブタニク(豚肉)情報

 (本經下品)
[釈名]猪(本経)、豚(同上)、豭(音加)、彘(音滞)、豶(音氏)……(略)……

【豭豬肉】
[氣味]酸冷、無毒
○凡そ豬肉、苦微寒、小毒あり。○江豬肉は酸平、小毒あり。○豚肉は辛平、小毒あり。
『別録』に曰う、豭豬肉の疾を治する、凡そ豬肉は能く血脉を閉じ、筋骨を弱め、人肌を虚する。久しく食するべからず、病人、金瘡の者は尤も甚し。
孫思邈が曰う、他豬肉、久食すれば人をして子精を少なくせしめ、宿病を発す。豚肉、久食すれば人をして徧体の筋肉を碎痛、乏氣ならしむる。江豬を多く食すれば、人をして体重ならしめ、脯を作りて少しく腥氣あり。
孟詵が曰う、久食すれば薬を殺し風を動じて疾を発す。傷寒・瘧疾・痰痼・痔漏の諸疾、之を食して必ず再発する。
李時珍が曰う、北豬の味は薄く之を煮て汁清し。南豬の味は厚く、之を煮て汁濃く、毒は尤も甚し。薬に入るには純黒豭豬を用う。凡そ白豬・花豬・豥豬・牡豬・病豬・黄臕豬・米豬らは並ぶ食うべからず。黄臕はこれを煮て汁は黄する。米豬は肉中に米有り。……(略)……
○烏梅・桔梗・黄連・胡黄連に反す、之に犯せば人をして瀉利せしむ。蒼耳に及びては人をして動風せしむ。生薑と合て食せば面䵟を生じ、風を発す。蕎麦と合て食せば毛髪落ち風病を患う。葵菜と合て食せば少氣、百花菜・呉茱萸と合て食せば痔疾を発す。胡荽と合て食せば人臍が爛れる。牛肉と合て食せば蟲を生ず。羊肝・雞子・䲙魚・豆黄と合て食せば滞氣。亀鼈肉と合て食せば人を傷る。凡そ猪肉を煮るに皂莢子・桑白皮・高良姜・黄蝋を得れば風氣を発せず。旧い籬蔑を得れば熟し易し也。

[主治]狂病の久しく愈えざるを療する。(『別録』)
丹石を壓し、熱毒を解す。肥熱の人に之を食するに宜しい。(『拾遺』)
腎氣虚竭を補う。(『千金』)
水銀風、并びに中土坑の悪氣に中るを療する。(『日華』)

[発明]
李時珍が曰う、按ずるに、銭乙は小児疳病を治するに、麝香丸に豬胆を以て和して丸にして、豬肝湯にて服する。疳渇する者、豬肉湯、或いは燖豬湯を以て服する。その意、蓋し豬は水に属するを以て、而して氣寒にして能く火熱を去る。
陶弘景が曰う、豬は用を為すこと最も多し。惟だ肉は宜しく多食すべからず、人をして暴かに肥せしむ。蓋し虚風の致す所なり。
朱震亨が曰う、豬肉は氣を補う。世俗には以て補と為す。誤まれり。惟だ陽を補うのみ。今の虚損の者は陽に在らずして陰に在り、肉を以て陰を補う。是れ火を以て水を濟う。蓋し肉の性は胃に入りて、便ち湿熱を作す。熱は痰を生ず。痰が生ずれば則ち氣は降りず、而して諸証を作する。諺に云う、豬は之を薑食せざれば、大風を発す。中年、氣血衰えて面に黒䵟を発する也。
韓□(矛心)が曰う、凡そ肉に補あり、惟だ豬肉は補無し、人習の化なり。
……(略)……

■原文
豕(本經下品)
[釋名]猪(本經)、豚(同上)、豭(音加)、彘(音滞)、豶(音氏)……(略)……
豭豬肉
[氣味]酸冷無毒
○凡豬肉苦微寒有小毒。○江豬肉酸平有小毒。○豚肉辛平有小毒
別録曰、豭豬肉治疾凡豬肉能閉血脉弱筋骨虚人肌、不可久食病人金瘡者尤甚。思邈曰、他豬肉、久食令人少子精、發宿病。豚肉久食令人徧體筋肉碎痛乏氣。江豬多食令人體重、作脯少有腥氣。詵曰、久食殺藥動風發疾、傷寒瘧疾痰痼痔漏諸疾、食之必再發。時珍曰、北豬味薄煑之汁淸。南豬味厚、煑之汁濃、毒尤甚。入藥用純黑豭豬、凡白豬花豬豥豬牡豬病豬黄臕豬米豬、並不可食。黄臕煑之汁黄米豬肉中有米。説文……(略)……
○反烏梅桔梗黄連胡黄連、犯之令人瀉利。及蒼耳令人動風。合生薑食生靣䵟、發風。合蕎麥、食落毛髪患風病。合葵菜食少氣、合百花菜呉茱萸食發痔疾。合胡荽食爛人臍。合牛肉食生蟲。合羊肝雞子䲙魚豆黄、食滞氣。合龜鼈肉食傷人。凡煑猪肉得皂莢子桑白皮高良薑黄蝋、不發風氣、得𦾔籬蔑易熟也。
[主治]療狂病久不愈。(別録)壓丹石、解熱毒、宜肥熱人食之。(拾遺)補腎氣虚竭。(千金)療水銀風并中土坑惡氣。(日蕐)
[發明]時珍曰、按銭乙治小兒疳病、麝香丸、以豬膽和丸。豬肝湯服。疳渇者、以豬肉湯、或燖豬湯服。其意葢以豬屬水、而氣寒能去火熱耶。
弘景曰、豬爲用最多、惟肉不宐多食令人暴肥葢虚風所致也。震亨曰、豬肉補氣。世俗以爲補。誤矣。惟補陽爾。今之虚損者不在陽、而在陰、以肉補陰。是以火濟水。葢肉性入胃、便作濕熱、熱生痰、痰生則氣不降而諸證作矣。諺云豬不薑食之、發大風。中年氣血衰靣發黒䵟也。韓□(矛心)曰、凡肉有補、惟豬肉無補人習之化也。
……(略)……

ここまでくると前述の『日養食鑑』『閲甫食物本草』『公益本草大成』にあった情報もかなり理解しやすくなっているのではないでしょうか。

なぜ「筋骨を弱め、人肌を虚さしめる」のか?
なぜ「風を動じさせる」のか?
なぜ「徧体の筋肉を碎痛、乏氣ならしめる」のか?

これらも豬肉(豚肉)の上記の効能を基に説明することができることでしょう。

ブタ肉は補腎によい!という情報は本当か?

さて、『本草綱目』をみると、石川元混、名古屋玄医、岡本一抱の各医家は、李時珍先生の説を踏襲していることがわかります。そして李時珍先生は、陶弘景・孫思邈・孟詵・朱丹渓…などの説を採用していることが分かります。

しかし、そうなると巷の薬膳情報「豚は補腎・滋陰にイイ!」はどうなるのでしょうか?
上記の各医家の説をみれば分かるように、補腎能には触れられる箇所はほぼありません。
強いて言うならば「補腎氣虚竭。(千金)」の箇所くらい。むしろ「思邈曰、他豬肉、久食令人少子精、發宿病。…」とあるように「子精を少なくせしむ」といった弊害にまで言及しています。そのデメリットは補腎能を台無しにするといっても過言ではありません。
また李時珍は「其意蓋以豬属水、而氣寒能去火熱耶」と記しており、一見したところ、五行的に腎との繋がりを示唆しているようにもみえますが、これは清熱能について論じているものであります。

となると、「豚肉は補腎・滋陰にイイ!」を信じていた私たちは、根拠のないガセネタに踊らされていたのでしょうか?

朱丹渓によるブタ肉の解釈

ここで最後に一つ、興味深い記述について触れておきます。『本草綱目』には、朱震亨(丹渓)の言葉として以下の記述があります。

朱丹渓が説く豬肉(豚肉)の効能とは

「震亨曰、豬肉補氣。世俗以爲補。誤矣。惟補陽爾。今之虚損者不在陽、而在陰、以肉補陰。是以火濟水。葢肉性入胃、便作濕熱、熱生痰、痰生則氣不降而諸證作矣。諺云豬不薑食之、發大風。」(『本草綱目』の一節)

(※この文章の引用元が『本草衍義補遺』にある、といった情報も見かけましたが、今のところ見つけられていないません…)
この文章の大意は、次のように解釈できそうです。
「豚肉の効能は世間では「補」と認識されているが、これは間違いであり、(豬肉は)補陽のみの功である。しかし虚損の病本とは陽にはなく陰にあるのだ。そこで肉を以て陰を補うのである。これは火(豬肉の補陽)を以て水を済えるのだ。しかし肉の性は胃に入ることで湿熱に変じてしまう。発生した熱は痰を生じ、痰は生ずれば氣が降りず、諸症のもととなる。諺にもあるように豚肉と生姜を一緒に食べなければ風証を発する。」

このように豬肉には補陽の効能があるとしています。さらに豬肉を摂取することで、胃中で湿熱に変じやすいとも言及しています。これは実に興味深い情報であり、各医家の情報とは一線を画すものがあります。
しかし、李時珍が引用した朱丹渓の言葉の出典を探したのですが…

見つからぬ!朱丹渓の豬肉情報

『本草衍義補遺』の他にも朱丹渓の各書を通覧したものの、この記述を見つけることができなかったのです…。
そこで「豬」の他にも捜索範囲を広げてみました。『本草衍義補遺』の「犬」の項にはこれと非常によく似た記述がありました。

犬 世俗言虚損之病、言陽虚而易治、殊不知人身之虚、悉是陰虚。若果虚損、其死甚易、敏者亦難措手。夫病在可治者、皆陰虚也。『衍義』書此方於犬條下、以爲習俗所移之法、惜哉。犬肉不可炙食、恐致消渇、不與蒜同食、必頓損人。

文意としては「世俗にいう虚損の病は、陽虚であり治し易いとされる。しかし、人身の虚というのは悉くが陰虚であることを人は知らない。病の治すべきに在るものは皆陰虚である。『衍義』にある犬條の下には習俗の影響を受けた法が書かれている。実に惜しいことである。犬には炙って食してはならない。消渇を致すことを恐れるためである。また蒜と同食してもならない。必ず頓ろに人を損ずるからである。」ということになります。ここにある『衍義』とは『本草衍義』とみてよいでしょうか。

ここにある「虚損の病とは陰虚である」こと「陰虚を治するに陽を補ってはならない」という点は、“朱丹渓が言及したとされる豬肉情報”と共通しています。しかし『本草衍義補遺』の「犬」情報を、後代の李時珍が「犬→豬」と誤伝したなどと言うつもりはありません。

『本草衍義補遺』の元ネタを調べてみるも…

念のため『本草衍義』をみてみましょう。本書は宋代の寇宗奭による本草書です。調べてみると、本書の巻十六には「犬膽」と「野猪家猪附」があります。

犬膽  塗鈆如金色。又救生接元氣、補虚損憊。黃狗脊骨一條。(去兩頭截爲五七叚、帶肉些小用好□砂一兩細研漿水二升入□砂在漿水中攪匀浸骨三日後、以炭火炙令黃色。又入汁蘸候汁盡爲度。其狗骨已酥脆、搗令極細後入諸藥。)肉蓯蓉(去沙薄切火焙乾)菟絲子(酒浸二日曝乾)杜仲(去麄皮)肉桂(去皮上麄澁)附子(炮□皮□)鹿茸(急燎去毛、酥微炙黃色不可令燋)乾薑(炮已上各一兩)蛇床子(半兩微炒)陽起石(半兩酒煑一日令數人不住手研一日)將前八味同杵羅爲末次入陽起石并狗骨末用熟棗肉五兩酥一兩同和再搗千餘、下看硬軟丸如小豆大㬠乾毎日空心塩湯下二十丸。

犬肉については触れずですが、犬胆の効能が「生接元氣」「補虚損憊」と記されています。しかし、習俗の法なるものは特に記されていません。むしろ丁寧なプロ製法が記載されています。さらに念のため猪についても調べましょう
同じく『本草衍義』巻十六の「野猪家猪附」の項目は以下のとおりです。

野猪  黃在膽中治小兒諸癇疾。京西界、野猪甚多。形如家猪、但腹小脚長毛色褐、作群行。獵人惟敢射最後者、射中前奔者、則群猪黃不散走傷人。肉色赤如馬肉。其味甘。肉復軟微動風不常有間得之。世亦少用食之、尚勝家猪。

野猪の薬能、狩猟方法が記載され、味甘であり、風を動ずる性質があることを記していますが、やはり習俗の法は記されていません。
どうも朱丹渓ルートから調べる豬肉(猪肉)情報には不明瞭さが拭えませんね…。

丹渓豬肉情報を求めて・症例編

では本草書に限定せず、朱丹渓の医書をかたっぱしから調べてみましょう。
すると『丹渓治法心要』巻二には豬肉(猪肉)を病理に組み込んだ症例が記されています。

痰 第二十
一婦人五十餘、夜多怒、因食燒猪肉、次日面脹不食、身倦、六脈沉濇而豁大、此體虚痰膈不降、當補虚利痰、毎早服二陳加參朮大劑、服後探吐令藥出、辰時後與三和湯三倍加朮二貼、至睡後服神祐丸七丸、逐其痰、去牽牛、服至一月而安。

上記の症例には、とあるご婦人が前夜に大怒し、猪(豚)の焼き肉を食べたことで「面脹、不食、身倦」などの症状が起こったことが報告されています。その病態は「体虚・痰膈不降」であり、治療方針は「補虚利痰」です。

この情報から豬肉には“痰を生じ中焦・胃を虚さしめる性質”があることを示しています(もちろん、大怒による木乗土も考慮に入れるが)。中虚・胃虚を引き起こすには、豬肉が寒冷の性か、或いは湿の性を帯びている可能性があります。

この点、朱丹渓が言ったとされている「蓋肉性入胃、便作湿熱、熱生痰、痰生則氣不降而諸証作矣。」という情報に一致しますね。『丹渓治法心要』巻二にはこの他にも豬肉に関する記載があります。

喘 第二十一
…(略)…
戴(張子和)云、有痰喘者、有氣急喘者、有胃虚喘者、有火炎上喘者。夫痰喘者、乍進乍退、喘便有痰聲、氣急喘者、呼吸急促而無痰聲、火炎上喘者、乍進乍退、得食則減、食已則喘、大概胃中有實火、膈上有稠痰、得食入咽、墜下稠痰、喘即止、稍久食已、入胃反助其火、痰再升上、喘反大作。俗不知此作胃虚、治用燥熱之藥。以火濟火。
昔葉都督患此、諸醫作胃虚治之不愈、後以導水丸、利五七次而安。又有胃虚喘者、擡肩擷肚、喘而不休是也。
治氣逆、氣喘、上氣、紫金丹可用、須三年後者乃可。忌猪肉并酒。
一子二歳、患痰喘、見其精神昏倦、病氣深、決非外感、此胎毒也。蓋其母孕時喜食辛辣熟物所致、勿與解利藥、因處以人參、連翹、芎、連、生甘草、陳皮、芍藥、木通煎、入竹瀝。數日安。

上記の引用には二つの症例が含まれています。一つめの症例は葉都督の症例です。
この症例には直接的な猪肉の関与は記されておらず、処方も導水丸です。しかしその病態は胃虚による痰塞にて、痰喘・痰咳が起こっているとのこと。さらにこの症例の直後に「氣逆・氣喘・上氣」を治する紫金丹の条文が記されています。紫金丹の使用上の注意には「忌猪肉并酒」とあり、湿熱を加増させることを戒めています。となると、朱丹渓は豬肉(豚肉)の性質を湿熱とみていた可能性がかなり高くなります。

ちなみに酒の性については朱丹渓は『本草衍義補遺』酒や『格致余論』醇酒宜冷飲論にて言及されています。ですが、本記事では酒については省略。もう少し豬肉(豚肉)について深堀りしましょう。

丹渓豬肉情報を求めて・方剤編

さてこの紫金丹、本薬にはナント!豬肉が使用されています。紫金丹の製法は『丹渓心法』に記されています。

紫金丹  治哮、須三年後可用。
用精豬肉二十兩(一作三十兩)、切作骰子塊、用信一兩者、研極細末、拌在肉上令匀、分作六分、用紙筋黃泥包之、用火烘令泥乾、却用白炭火於無人處煅、青烟出盡爲度、取於地上一宿、出火毒、研細、以湯浸蒸餅丸、如菉豆大、食前、茶湯下、大人二十丸、小人七八丸、量大小虚實與之。

『丹渓心法』巻二 哮喘十四には上記のように紫金丹の製法が詳述されています。

豬肉(猪肉)をサイコロ状にカットし、豚肉を紙で包みさらにその上から黄泥で包みます。火を当てて泥を乾かし、乾燥後さらに炭火であぶって中まで熱を通します。火が通ったら、地面の上に一晩置いて豬肉に含まれる火毒を除去する…といった内容が記載されています。この「火毒」とは、素材(豬肉)を二度焼きした工程で加わったものなのか?そもそも豬肉(豚肉)に内包されているものなのか?
それとも湿熱の性を帯びる豬肉(豚肉)が“乾燥”と“焙る”の二手間加えたことで、元々からある熱と火熱(火烘・炭火)が累加されたことによって過剰な“火毒”となったのか?…と推測することができます。

・・・と、ここまでみると朱丹渓が豬肉(豚肉)は湿熱の性を持っている(もしくは食することで湿熱に化する)と考えていた線がかなり強くなりました。少なくとも各医家のように寒冷の性を強く推していないことが読み取れます。

しかし、李時珍がいう補陽の性から二次的に滋陰にたどり着けるようなストーリー(以肉補陰。是以火済水。)は、朱丹渓の書の中には確認できません。

豬肉(豚肉)は補腎に良いのか?

『本草綱目』にある「震亨曰…以肉補陰。是以火濟水。(豬肉を以て陰を補う。これは火(豬肉の補陽)を以て水を済える。)」
この説意は、腎陽を補うことで腎陰を補うことに繋げ、且つ有形の物である肉を補給することで虚損から回復させることだと解釈します。

しかし朱震亨(朱丹渓)が示していたのは「豬肉(豚肉)を食べることで、湿熱化し痰塞が起こる」という病理機序でした。補腎能はやっぱりガセネタなのか…と、思いきやそうとは言い切れない記述もありました。

『丹渓手鏡』巻中 傷寒方論一の「断下利不止」の項にて
「猪膚 甘温 猪、水畜。其氣入腎、少陰客熱、下痢咽痛者、解之。」とも記載されており、猪肉(豚肉)は(五行分類でいう)水畜に属するため、腎に帰する(そのため猪膚は少陰客熱、少陰下利・咽痛を治する)との意が記されています。(この記述は王好古の『湯液本草』にもみられます)
とはいえ、この記述からも「豚肉=補腎滋陰」と断定する根拠にはならないでしょうね。

豚肉の効能まとめ

➢①「狂病を治する」
➢②「血脉を閉じ、筋骨を弱め、人肌を虚す」
この二つの薬能が多数みられました。

この効能を採用しているのが、孫思邈・陶弘景といった人物。
しかし孫思邈が挙げる豚肉の効能は多様であり、唯一「補腎」について触れています。(但し、滋陰については触れていません)
『備急千金要方』では「豚肉久食、令人徧体筋肉碎痛、乏氣。」「猳豬肉、主狂病多日不愈」「凡豬肉、宜腎、補腎氣虚竭。不可久食、令人少子精、發宿病。弱筋骨、閉血脉、虚人肌。」
『千金翼方』では、「猳豬肉、療狂病」「凡豬肉、主閉血脉、弱筋骨、虚人肌」
しかし、以上のように「補腎能」の存在がかすんでしまうほどのデメリットを繰り返し説いています。

朱丹渓は、「豚肉は胃中にて湿熱化する」胃虚の人が食べるのは要注意…という立場。
李時珍は、孫思邈らの説を採用しつつも「氣は冷の性を帯びるも、豚肉は補氣補陽の効能を持ち、陽を以て陰を済える作用も有する」という説も捨てきれない…という立場。

と、以上の各説を強引にまとめると…
・血分の熱を冷ますにはよい。陽明に鬱熱がある人には良いかも?
・但し、食べ過ぎはよくない。
・湿熱化する性質が強いので生姜などと併せて食する。
・補腎能はあるが、食べ過ぎは避けるべし。
・寒冷の性があり清熱に作用するが、滋陰の性はない。

と、現状ではこのように各医家を説をまとめるとしましょう。
豚肉の植物本草能の探求はまだまだ続きそうな予感ですね。

鍼道五経会 足立繁久

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