脈診初心者を悩ませる濇脈
血虚の脈状としても習うことの多い濇脈(渋脈)。滑脈に負けず劣らずソムリエ的な表現でよく知られています。
「刀で竹を削るが如し」「雨が沙(砂)を沾す如し」この両表現は『診家枢要』本文にもありますが、他にもこんな表現もあります。
「病の蚕が葉を食べるが如し」
ちなみに私はこの「病の蚕が葉を食べるが如し」で『なるほどっ!』と濇脈の様(さま)がやっとそのとき理解できました。
一旦分かると他の表現もすべてが理解できるようになります。
さてさて、脈診初級者を悩ませることの多い濇脈、まずは滑伯仁の濇脈観を読んでいきましょう。
虚細にして遅く、往来難し、三五調わず、
雨の沙を沾すが如く、軽刀の竹を刮る如し。
然るに気多血少の候と為す。
少血と為し、無汗と為し、血痹痛と為し、傷精と為す、
女人に孕有りて(濇脈ある場合)は胎痛を為す。孕無きは敗血の病を為す。
左寸口の濇脈は、心神虚耗して安からず及び冷氣心痛す。
関上の濇脈は、肝虚して血散じ、肋脹脇満し、身痛む。
尺中の濇脈は、男子は傷精及び疝、女人は月事虚敗、若し孕有れば、胎漏不安を主る。
右(「寸口の濇脈は榮衛不和、上焦冷痞して、気短く、上臂痛む」の脱文の疑いありという説も。)
関上の濇脈は、脾弱り食せず、胃冷て嘔す。
尺中の濇脈は、大便渋り、津液不足し、小腹寒え、足脛逆冷す。
(経云う、滑は熱に傷られ、濇は霧露に中る。)
重要なのは指先の感触だけではない
三五とは参伍のこと。参伍とは…まぁそれは調べれば分かるでしょう。
参伍が調わないということはどのようなことなのか?
それを言葉で表現すると「刀で竹を削るが如し」「雨が沙(砂)を沾す如し」ということであり「病の蚕(イモムシ)が葉を食べるが如し」なのです。
この表現が分かりたいのであれば、イモムシが葉っぱを食べる様子を見続ければ良いのです。
もしくは竹を小刀で削る体験も必要でしょう。ちなみに竹を削る時の感触が濇脈なのではありません。削るのが上手な人はこの表現は理解しにくいでしょうね。
しかし、誤解してはいけません。
濇脈は“病蚕が葉っぱを食べるような感触”ではありません。同様に“竹を削る感触”でもなく、“雨が砂に沾す感触”でもありません。
この点は注意が必要です。滑脈と同じですね。
先人が様々な表現を使って伝えようとした意図を慮る姿勢が大切です。
『何が言いたいのか、チョットよく分からないな~』という人向けに徒弟制の伝承法のメリットだけを以下に紹介します。
徒弟制度の意義
近年では鍼灸業界においては徒弟制度に対して否定的な意見が増えてきました。その意見その理由もごもっともです。
現代の経済状況、生活するためには徒弟制を維持することは極めて困難なことです。
しかし、技術の伝承という点において、徒弟制は優れた側面を持っているとも思います。
鍼術・灸術をはじめ脈診・腹診などの技術を理解し受け継ぐためには、感性という要素もまた重要だからです。
これ等の技術はマニュアルだけでは伝わりにくく、受け取りにくいのです。
その証拠のひとつがこのようなソムリエ的表現だと言えるでしょう。
師匠の感性と弟子の感性が近しくことで始めて術の感覚は伝達しやすくなるものです。
仮に私が「濇脈は病蚕食葉の如しだよ」と伝えたとしても『なるほどっ!!』と拈華微笑のように伝わる人はそうはいないでしょう。
なぜなら、私と近しい感性を持つ人はなかなか居ないからです。
だからこそ、できるだけ同じ時間を共にし、感性や波長を同調させる必要があるのです。徒弟制の長所はここにあると思います。
徒弟制度で弟子が理解すべきは「師匠がどんな技を使うのか?」ではありません。
大事なのは「師匠がどんなふうに感じ、何を大切としどう考えるのか?」を理解することです。でないと形だけでの技は覚えても、術の感覚など到底わかるはずもなく…。
その始めとしてよく言われる(?)のが「師匠の好みの酒を覚え、どんな銘柄の煙草を吸うのか?またどんなタイミングで火を付ければいいのか?」といったこと。
師匠と呼吸を合わせることも弟子にとっては大事なことです。これは決して礼儀やマナー、ましてや義務なのではないのです。
とはいえ、この徒弟制も伝承面においても短所はあるのですが、この辺にしておきましょう。
濇脈の生理的・病理的な意味については、読めば大体分かるでしょうということで…。
濇脈を理解するヒントとなる?クイズだけ出しておきます。
クイズ☆ジブリ絵から濇脈をさがせ!
Q1,以下の絵の人物のうち濇脈がみられる(可能性が高い)のは、イラストa・b・c のうちどれか記号で答えよ。(複数回答可)
イラストa、来店された“くされ神さま”を接客したときの千(千尋)の脈
イラストb、敵兵に父を殺害され、その敵兵を数名その手で撲殺し、他にもいろいろあって地下室で落ち込むナウシカ姫の脈
イラストc、背後から銃撃を受け、大量出血しつつも10人力の仕事をしたせいで倒れ伏し起き上がれなくなったアシタカの脈
(但し、アシタカの腕の呪いは考慮に入れないものとする)
Q2,またその理由も140文字程度で答えよ。
「難しいと思われがちな古典をオモシロく!&マジメに!」当会はそんなノリで勉強しています。
鍼道五経会 足立繁久
以下に原文を付記しておきます。
■原文 脉陰陽類成
澀、不滑也。虚細而遅、往来難、三五不調、如雨沾沙、如軽刀刮竹然。
為氣多血少之候。
為少血、為無汗、為血痹痛、為傷精。
女人有孕為胎痛、無孕為敗血病。
左寸澀、心神虚耗不安及冷氣心痛。
関澀、肝虚血散、肋脹脇満、身痛。
尺澀、男子傷精及疝、女人月事虚敗、若有孕、主胎漏不安。
右(「寸濇、榮衛不和、上焦冷痞、気短、上臂痛」の脱文の疑いありという説も。)
関澀、脾弱不食、胃冷而嘔。
尺澀、大便澀、津液不足、小腹寒、足脛逆冷。(経云、滑者傷熱、澀者中霧露。)