長脈と短脈『診家枢要』より

これまでの脈状を振り返ると…

「明確な形のない脈状を理解するには比較対照するとよい」とはよく脈診講義で話すことですが、本項の長脈・短脈、そして次項の大脈・小脈も、分かりやすい対照です。
ここまでの脈状はすべて対照的なラインナップであることも忘れてはいけません。

浮と沈、遅と数、虚と実、洪と微、弦と緩、滑と濇、そして長短、大小です。
このように滑伯仁先生は「分かりやすい脈状のイロハ」といった趣旨で脈状を段階的に紹介してくれているのです。

また、紹介する脈状の順番も意味があるでしょう。浮沈、遅数は脈位、脈数という重要な情報を示す脈です。
虚実、洪微は脈力、正気の盛衰、病邪の趨勢を示します。
そして弦緩、滑濇と氣血水の状態や相互の関係性を推し測る脈状です。
このように振り返ると、これまでの脈の紹介にも何か意図が感じられるラインナップですね。

長脈とは短ならざる也。
指下に有余し、本位を過ぐ。
氣血皆有余なり。
陽毒内蘊、三焦煩欝を為し、壮熱を為す。

さて長脈です。
実際の脈診において、長脈もしくは短脈を単独で拾う人は少ないのではないでしょうか。

『素問』玉機真藏論第十九には長脈に関する記述と思われるものがあります。
「春脈は肝也、東方木也。萬物の始めて生じる所以也。故に其の氣、来たること耎弱、軽虚にして滑、端直にして以て長、故に弦と曰う。」

弦脈の説明の際に、その形状の一要素として“長”の記載があります。

また脈状としてではありませんが、同様の内容は平人気象論第十八にも記載されています。
「平肝脉の来たること、耎弱なること招招として長竿の末梢までを掲げるが如し。肝の平と曰う。…(中略)… 病肝脉の来たること、盈実而して滑す、長竿を循るが如し。肝病と曰う。」

両論ともに、平脈の弦脈について、その形状や性質を説いています(病脈としての弦脈の記載は敢えてここでは触れません)。
玉機真藏論においては、“四時に応じる”を主テーマに各季節の平脈が詳解されています。

春季の意味として「萬物の生じるとき」と記され、「その季節に人体が正しく応じているか?和しているか?を、脈でもって確認します…」という内容が書かれています。
その脈状は「耎弱、軽虚にして滑」と表現されており、分かりやすく書くと以下のような表現になるでしょう。
「しなやかでやわらかく、軽やかで滑らかなで伸びゆくような脈の感触は、春の息吹や芽生える生命、伸びゆく生命のチカラを感じさせるのです。」といった詩的な言葉になるでしょうか。

しかし、このように観点をかえると、上記にある長脈の特性「気血皆有余」という言葉もイメージしやすいですね。
そしてこれが大過となると「陽毒内蘊」「三焦煩欝」という病態にも通ずる。このこともまた異論はないかと思います。

このように人体の状態を理解すると、脈状の形状の理解も容易なものとなります。

ですから持脈の際に得られる指先の感触も「指下に有余し、本位を過ぎる」と、このような説明になるのです。本位とは寸関尺、浮中沈のことであるのは言うまでのありませんね。


スタジオジブリの作品静止画『かぐや姫の物語』より

「長竿を循るが如し」という表現もある通り、スクスクと伸びる若竹をイメージしてみよう。
長脈の形状はもちろん、春脈である弦の脈状の一要素となったことも理解しやすいだろう。

以下に原文を付記しておきます。

■原文 脉陰陽類成 長

長、不短也。指下有餘、而過于本位、氣血皆有餘也。為陽毒内蘊、三焦煩欝、為壮熱。

ここからは短脈の内容です

今回も長脈と短脈をセットで記事にまとめます。
とはいえ短脈は長脈の対照的な脈状ですので、長脈を理解すれば後は推して知るべし。細かい説明は不要でしょう。

短脈とは長ならざる也。
両頭無く、中間有りて、本位に及ばず。
氣不足なるに以って前にその血を導く也。
陰中伏陽を為し、三焦氣壅を為し、宿食不消を為す。

短脈の形状は「両頭無く、中間有りて、本位に及ばず」です。
そして短脈が示す状態が「氣不足なるに以って前にその血を導く也」です。この状態(短脈の証)が多岐にわたる病に発展します。

とはいうものの「氣不足なる以ってその血を導く也」…なんだかピンと来ない表現ですね。
たしかに「氣は血の帥」といいますし、気が不足すると氣は血の帥という機能が失調するであろうことは想像できます。
しかしそれだけにこの表現は不可解です。
ヒントとなりそうな「陰中伏陽」や「三焦氣壅」も分かるような分からないような…「宿食不消」はまだイメージしやすいですね。が、しかし「氣不足なるに以って前にその血を導く也」の言葉とはリンクさせにいくいですね。

やはり視点をかえて考えてみましょう。
短脈が分かりにくければ、反対の長脈をみれば良いのです。

長脈とは伸び伸びとした脈状です。これを時候に当てはめると春であり、伸び伸びとした脈状には主に陽気が関与していることが分かります。しかして短脈はその反対。
つまり陽気が伸びやかになれない脈なのです。
そのため「氣は血の帥」であるはずなのに、その機能も今一つ発揮されず、陽の力が陰の中で塞がってしまうといった状態となります。

脈状をジブリ絵で伝えると…


スタジオジブリの作品静止画『かぐや姫の物語』より


スタジオジブリの作品静止画『かぐや姫の物語』より
「野原を伸び伸びとかけまわる童」のイラストと「御簾で隔てられ暗い面持ちの美しい姫君」のイラスト。
どちらが長脈イメージで、どちらが短脈イメージなのかは一目瞭然であろう。
(※くどいようであるが両イラストの登場人物の脈状は長脈や短脈はではないことを改めて注意させていただく)

さて、このように脈の形状をイメージで表現すると、古人が記した脈状表現もよく分かる。
前述の滑脈の「お盆の上を玉が転がるような」という表現や濇脈の「小刀で竹を削るような」といった表現が、脈の感触を表わすものではないこともお分かりいただけるのではないだろうか。
イメージと感触はイコールでは無いということに読み手は注意すべきである。

余談ながら、短脈の説明文中にある「陰中伏陽」という表現は実にイメージしやすい。
まだ陽は失われていないのだ。この点、前述の虚脈や微脈とも異なる証といえるだろう。このことはイラストのようにビジュアル化するとより一層理解しやすくなると思う次第。

鍼道五経会 足立繁久

以下に原文を付記しておきます。

■原文 脉陰陽類成 短

短、不長也。両頭無、中間有、不及本位、氣不足以前導其血也。為陰中伏陽、為三焦氣壅、為宿食不消。

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