戦術と戦略と作戦

「戦術」と「戦略」という言葉はよく混同されやすいので、それぞれの違いを理解しておくことが大事です。
なぜなら治療にも「戦術」と「戦略」の考えは反映されるからです。
※先生によって治療戦術と治療戦略の考え方に違いはあるでしょうが、ここでは鍼道五経会での考え方を紹介します。

治療家には戦術も戦略も必要

まずは戦術と戦略について比較してみましょう。

戦術(tactic)とは、短期的・局地的な戦闘における兵及び物資の運用術。
戦略(strategy)とは、長期的・大局的に戦争に勝利を得るための計画や方策。

短期と長期の違いもさることながら「局地的」と「大局的」との違いを理解するか否か大きな差があります。

短期的な戦術として分かりやすいのは「How to …(ハウツー)」や「Method(メソッド)」という表現が分かりやすいでしょう。これらの言葉には、短期で効果を狙う戦術的な意味合いが強く込められています。

鍼灸であれば「○○病に■■のツボを使え!」といった考え方や、鍼の仕方(経穴・経脈・気血に対する鍼法など)がこれにあたります。

もちろん方法論・技術論は重要ですが、それが過ぎると『テクニックがあればそれで十分』と偏った考えに陥ってしまう危険性もあります。
臨床家・治療家にとっては必要なのは、治療技術と治療戦略の両方です。

具体的に書くと、症状を改善・解決するためのテクニックと、治癒に至るため(もしくは安定・維持させるため)の長期的ビジョンを組み合せた思考が必要です。
前者が戦術、後者が戦略なのは言うまでもありません。

治療における戦略とは…

局地戦に勝っても、その後の安定した統治がなければ平和とはいえません。
もうちょっと分かりやすく書きましょう。

例えば・・・
主訴が腰下肢痛。痛みのため長らく歩けておらず、筋量の低下やフレイルが懸念される高齢の患者さんの治療を担当しているとします。

この場合ですと、疼痛の緩和・軽減が短期目標。
痛みを軽減させた先に、日常的な運動・歩行を習慣化して、筋量向上・フレイル防止といったQOLの改善・向上が長期目的です。これは疼痛緩和(短期目標)の先にあるものです。

疼痛緩和は治療技術によってなされる結果であり、そのためにはテクニック・スキル・メソッドを駆使する必要があります。
しかしその先にあるQOLの向上は、テクニックだけでは何とかなる問題ではありません。患者さん本人の努力や意識変化、さらには周囲の人々の協力・環境の改善などをも要します。

治療において、短期における目標と長期的にみるべき目的を曖昧にしているケースは実際に有り得ることです。

また子どもの治療(小児はり)もイメージしやすいでしょう。

子どもの心身をより良くしようと思うなら、ご両親の協力は必須です。小児はりのテクニックだけ磨いたり、症状を消すだけでは、根本的な解決には至らないことは多々あります。
子どもの症状が快方に向かうことで、ご両親の意識が変わる…というケースはもちろんありますが、このようなケースも戦略の内に含めて治療を進めていく必要があります。

このように症状や患者さん個人のみならず、大局を見渡し治療を連続的に構築できる戦略的ビジョンは重要です。
病症に苦しむ患者さんは往々にして視野が狭くなりがちです。これは患者さんが悪いのではなく、病苦に悩まされる人間の心理として当然のことです。しかし治療家は同じ目線・同じ視野に囚われてはいけません。同じ狭い視野でいることを共感とは言いません。

戦術(tactic)と戦略(strategy)と作戦(operatinon)

さて、戦術は治療テクニック、戦略は長期的治療ビジョンと書きましたが、この2つを備えていれば万全か?というとそうではありません。

戦術を有効に発揮させる作戦(operation)が必要です。

治療における作戦・オペレーションとは何か?
私見ながら、治療方針がこれに相当すると思います。この考えにピンとくる人も少ないかもしれませんが、このことを理解することで治療の精度が大いに向上するでしょう。

下の写真は『孫子』。『孫子』といえば兵法書としてよく知られていますね。


『孫子』(京都大学附属図書館所蔵)より引用させていただきました。
謀攻第三にある「用兵の法」には「十なるときは則ち之を囲む。五なるときは則ち之を攻む。倍するときは則ち之を分かつ。敵(ひとし)きときは則ち能く之に戦う。少なるときは則ち能く之を逃れる。」とある。

仮令どんなに軍隊を強力にしても、強力な武器を備えたとしても、それだけが必勝の要素ではありません。戦い方(作戦・用兵)が肝要となります。それは治療も同じこと。

薬に万能薬が存在しないように、どんな症状にも効く魔法のような治療技術はありません。
技術というからには、術の理があります。そして理をもつ以上は、その術には適・不適があります。その適・不適を見極めるのが、術者の力量です。
またそれぞれの術を理解し、適切に組み合わせることでその効果を発揮します。当然その組み合わせには順序があります。術の個性と順序を考慮し、治療を組み立て構築することこそが“治療における兵法”だといえます。

効果的な治療を組み上げ構築するために必要なことは、病理ストーリーを把握することです。

上記の内容を当たり障りのない言葉で表現すると、病症を診断し治療方針を立てることで、治療技術の取捨選択を行い、最適の治療を最適の順序で行うこと、となります。簡単そうに見えますね。

鍼道五経会で学ぶ大事なこと

言うまでもなく作戦(兵法)は軍師の仕事にあたります。
軍師が優れていれば、戦に勝ちます。しかし軍師がボンクラであれば敗戦は免れないか、運良く勝ったとしても『なぜ勝てたのか分からない…』と笑うに笑えない状態になります。

治療でいうと『なぜ治ったのか?よく分からない.…』とか『次また同じ症状の患者さんが来たとして、同じ効果が出せるのか不安…』という状態です。

以上のように治療における戦術と作戦(兵法)と戦略の考え方を紹介しました。

ちなみに鍼道五経会では、作戦や戦略に重きを置いて勉強しています。反対に戦術に関しては、各々が考え工夫を凝らすべき分野ですので、細かな指導はしません。
例えば、私(足立)の臨床レポート(医案)を当会会員には解説しますが経穴名は公開しません。公開するのは治療方針と治療の流れ(作戦の立て方と遂行)までです。

不親切にみえるでしょうが、経穴名を公開してしまうと「○○病には■■のツボを使う」という刷り込みが起こり、思考停止になりやすいのです。治療家にとって思い込みや思考停止は最も避けるべきことの一つです。

常に思考を働かせ、最善の治療を行うために研鑽を続ける…これが治療家としてあるべき姿です。安易にテクニックだけを求めず、作戦(兵法)と戦略を学び、考え続けることに重きを置くことが大切なのです。

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