浮脈とは『瀕湖脈学』より

『瀕湖脈学』の特徴

本書は脈状からスタートします。やはり王道の浮沈・遅数・虚実の脈からの紹介となります。

『瀕湖脈学』は各脈書からの引用および概要から始まります。そして【体状詩】【相類詩】【主病詩】といった3つの項目で脈の整理分類を行っています。
体状詩では脈の形状を伝えています。脈象の説明に当たります。
相類詩では形状の似ている脈を挙げ、比較して整理しています。
主病詩では各脈に相応する病症を挙げています。

この形式も非常に脈状イメージを整理しやすい脈診書の形態といえるでしょう。まずは浮脈の本文を見てみましょう。


※『瀕湖脈学』(『重刊本草綱目』内に収録)京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『瀕湖脈学』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

浮 陽

浮脈とは、これを挙げて有余、これを按じて不足す。『脈経』第一 脈形状指下秘訣
微風が鳥の背の上の毛を吹くが如く、厭厭聶聶として(軽汎の貌をいう)、楡莢を循るが如し。『素問』
水が木を漂わすが如し『崔氏』
葱葉を捻るが如し『黎氏』

浮脈は天に法る、軽清なるは上に在るの象有り、卦に在りては乾と為し、時に在りては秋と為し、人に在りては肺と為す。
又、これを毛と謂う。
太過なるときは則ち中堅旁虚(※1)、鶏羽を循るが如し、病は外に在る也。不及なるときは則ち氣来たること毛微、病は中に在る也。
『脉訣』に言う、これを尋ねて太過なる如きは乃ち浮に洪緊を兼ねるの象、浮脈に非ざる也。(※2)

【体状詩】
浮脈は惟(ただ)肉より上行す、楡莢を循る如く毛に似て軽し。三秋に得て恙無きを知らしむ、久病これに逢えば却って驚く可し。

【相類詩】
浮は木の水中に在りて浮くが如し。
浮大に中空なるは乃ちこれ芤。
拍拍として浮くはこれ洪脈、来たる時に盛んと雖も去ると悠悠なり。
浮脈は軽平にして葱を捻るに似る。
虚脈は来たること遅大にして豁然として空。
浮にして柔細なるは方に濡脈と為す。
散脈は楊花の定踪蹝の無きに似る。

浮にして有力なるは洪と為し、浮にして遅大なるは虚と為す。
虚の甚しきは散と為し、浮にして無力なるは芤と為し、浮にして柔細なるは濡と為す。

【主病詩】
浮脈は陽と為し表病居す。遅脈は風、数脈は熱、緊脈は寒拘。
浮にして有力は風熱多く、無力にして浮なるはこれ血虚。

寸口の浮は頭痛、眩、風を生ず、或いは風痰が聚まり胸に在り。
関上(浮脈)は土衰え木旺を兼ねる。
尺中(浮脈)は溲便流通せざる。

浮脈は表を主り、有力は表実、無力は表虚。
浮遅は中風、浮数は風熱、浮緊は風寒、浮緩は風湿、浮虚は傷暑、浮芤は失血、浮洪は虚熱、浮散は労極。

脈が浮くということ

冒頭にある引用文「微風が鳥の背の上の毛を吹くが如く、厭厭聶聶として、楡莢を循るが如し。(如微風吹烏背上毛、厭厭聶聶、如循楡莢)」
この文は『素問』の出典とありますが、どうも部分一致のようです。

『素問』平人気象論では「平肺脉来、厭厭聶聶、如落楡莢、曰肺平。…」(長くなるので原文引用のみとします)とありますが、「微風が鳥の背中の毛を吹くが如し」のフレーズは見つかりません。ちなみに「微風が鳥の背中の毛を吹く…」は『諸病源候論』に記載されています。(記事末に載せておきます)
また細かい指摘ですが「楡莢の循る」は『素問』では「楡莢の落ちるが如し」となっており、循づると落ちるの違いがあります。

他にも水に浮かぶ木の譬えあり、葱の葉を捻ずる様子に譬えなどありますが、脈が浮くさまを伝えようとする気持ちが伝わってきますね。

浮脈と楡莢(ニレのサヤ)

ちなみに楡莢とは楡(ニレ)の実・種子のことです。


2013年2月、河内長野市内にて採集した楡莢(らしきもの)

このように楡莢はとても薄い形状になっています。この薄いさまを浮位に浮かんだ脈の形状に譬えているのでしょう。
楡莢(ニレのサヤ)の感触=浮脈ではない、ということは実際のモノを見て触れるとよく分かります。
前シリーズ『診家枢要』でも書きましたが、脈診書の表現は必ずしも脈の感触ではないということです。

他にもちょっと細かな補足

※1:「大過なるときは中堅旁虚」とありますが、浮脈が太過、甚しくなるときは浮位(陽位・外方)に脈力がシフトする脈象なので、中虚旁堅になるのではないかと思うのですが、李時珍の真意を理解できていない意見でしょうか…。

※2:「『脈訣』に言う、これを尋ねて太過なる…(略)」という記述は『脈訣刊誤』七表に「再再尋之如太過」とあります。

【体状詩】にある「三秋(初秋・中秋・晩秋)に浮脈があらわれて恙無し」というのは、五行的なみかたですね。金の季節に金の脈があらわれるのは逆ではないということです。
そして「久病これに逢えば却って驚く可し。」これは五行ではなく陰陽の観点から解釈すべきです。
久病とは陰証に落ち込んでいて、陰分を消耗しています。そのような病態であれば、沈脈を示すはずなのに、浮脈が現れるというのは脈証相反しているわけです。

【相類詩】にある各脈状との比較はこれまでの脈診の勉強を通じて読むと特段難解なわけではありません。
浮脈・芤脈・洪脈・虚脈・濡脈・散脈、と全く異なる脈状のようにみえて、近しい要素を持つ脈でもあるのです。『切脈一葦』においてもこの考え方を基に脈状を分類していますね。

 

鍼道五経会 足立繁久

以下に原文を付記しておきます。

■原文

浮 陽

浮脉、挙之有餘、按之不足。『脉経』
如微風吹鳥背上毛、厭厭聶聶(軽汎貌)、如循楡莢。『素問』
如水漂木『崔氏』
如捻葱葉『黎氏』

浮脉法天、有軽清在上之象、在卦為乾、在時為秋、在人為肺。又謂之毛、太過則中堅旁虚、如循鶏羽、病在外也。不及則氣来毛微、病在中也。
『脉訣』言、尋之如太過、乃浮兼洪緊之象、非浮脉也。

【體状詩】
浮脉惟従肉上行、如循楡莢似毛軽。三秋得令知無恙、久病逢之却可驚。

【相類詩】
浮如木在水中浮、浮大中空乃是芤。拍拍而浮是洪脉、来時雖盛去悠悠。
浮脉軽平似捻葱、虚来遅大豁然空。
浮而柔細方為濡、散似楊花無定踪蹝

浮而有力為洪、浮而遅大為虚、虚甚為散、浮而無力為芤、浮而柔細為濡。

【主病詩】
浮脉為陽表病居、遅風数熱緊寒拘。浮而有力多風熱、無力而浮是血虚。
寸浮頭痛眩生風、或風痰聚在胸。
関上土衰兼木旺、尺中溲便不流通。

浮脉主表、有力表實、無力表虚、浮遅中風、浮数風熱、浮緊風寒、浮緩風湿、浮虚傷暑、浮芤失血、浮洪虚熱、浮散勞極。

また『諸病源候論』の引用文を

『諸病源候論」第十五巻 肺病候

「平肺脉来、厭厭聶聶、如落楡莢、曰肺平。秋以胃氣為本。秋金肺王、其脈澀而短、是曰平脈也。反得浮大而洪者、心之乗肺、火之剋金、為大逆、十死不治也。…肺脈来泛泛而軽、如微風吹鳥背上毛、再至曰平、三至曰離経、四至曰奪精、五至曰死、六至曰命尽。病肺脈来上下如循鶏羽、曰肺病。…死肺脈来、如物之浮、如風吹毛、曰肺死。…。」とある。

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