陰病行陽 陽病行陰とは 難経六十七難

難経六十七難のポイント

六十七難では募穴、背部兪穴についての基本コンセプトが記されています。六臓六腑に募穴・背部兪穴があり、各臓腑の治療を行う際にもよく用います。各兪募穴の名称等については鍼灸学校で既に学習済みとしてここでは割愛します。
人体を陰陽で区分すると、腹背がそれぞれ陰陽です。兪募穴を陰陽に区分すると、陰にある穴が募穴で、陽にある穴が背部兪穴です。

この腹背と陰陽の法則を基に腹診や背候診を行い、情報を整理すべきなのです。それでは本文を読みすすめていきましょう。


※『難経本義』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

難経 六十七難の書き下し文

書き下し文・難経 六十七難

六十七難に曰く、五藏の募は皆、陰に在り。而して兪は陽に在る者、何の謂い也?

然り。
陰病は陽に行く、陽病は陰に行く。
故に募をして陰に在らしめ、兪をして陽に在らしむる。

どう解釈する?陰病行陽、陽病行陰

本難は非常にシンプルな文章です。腹背と陰陽、兪募穴の情報のみ記されているようにみえます。
しかし興味深いのは「陰病行陽、陽病行陰(陰病は陽に行く、陽病は陰に行く)」という言葉です。

陰陽論でいうと、陰は陽に化し、陽は陰に化するという陰陽転化の法則があります。この法則でみると、陰病行陽、陽病行陰を病伝や病質の変化とみて良いのでしょうか。

「陽病は陰に行く(陽病行陰)」はイメージしやすいですね。
例えば『傷寒論』でいう三陽病が三陰病位に進行していく病伝は当にこれです。
では「陰病は陽に行く(陰病行陽)」はどうでしょうか?
“陰、極まって陽に転ずる”という形で、陰病に陽証を呈するというケースは大いにあります。少陰病や厥陰病における承気湯を用いる証もこれに当たると言えるでしょう。しかし、この場合は特殊ケースであります。
病伝を悪化のみ限定するのも能がありませんね。視点を変えると治癒転機は陰病行陽ともいえるでしょうね。

しかし、この言葉は病伝だけを言っているのでしょうか?
治病や診断でも使える法則ではとも考えるのが臨床家の発想ですね。

治療における法則(治則)では“陽病は陽で取る”ことは基本のひとつです。
陽経の病は陽経で取りますし、太陽病で用いられる経穴は風府・風池といったセオリーがあります。
当会では、腹診は陰の診法として位置付けていますし、それに比して背候診はまだ陽の要素を持ちます。

このように見ると、「陰病行陽、陽病行陰」の言葉を金科玉条のように扱うにはやや難ありではないか?と思ってしまいます。
では古の医家たちはどのように解釈していたのでしょうか?

『難経集註』では揚玄操がこのような註を残しています。

楊曰く、腹は陰と為す、五藏の募は皆 腹に在り。故に云う、募は皆に陰に在り。背は陽と為す、五藏の兪は皆 背に在り。故に云う、兪は皆 陽に在り。
内の藏に病有るときは則ち出でて陽に行く、陽兪は背に在る也。外の体に病有るときは則ち入りて陰に行く、陰募は腹に在る也。
故に針法に云く、陽従り陰を引き、陰従り陽を引く、此れ之の謂い也。

■原文 楊曰、腹為陰、五藏之募皆在腹。故云、募皆在陰。背為陽、五藏之兪皆在背。故云、兪皆在陽。内藏有病則出行於陽、陽兪在背也。外體有病則入行於陰、陰募在腹也。故針法云、従陽引陰、従陰引陽、此之謂也。

内(陰・臓)より発した病は、陽(外・表・背)に行く。外・表より侵入した病邪は陰・裏に向かう…とあり、まずまず分かりやすい病因と病伝の関係について解説してくれています。

元代の医家、滑伯仁は『難経本義』にて以下の言葉を記しています。

陰病は陽に行き、陽病は陰に行くとは、陰陽経絡の氣 相い交貫する。藏府腹背の氣 相い通ずる所以。陰病は時有りて陽に行き、陽病は時有りて陰に行く也。
針法に曰く、陽従り陰を引き、陰従り陽を引く、と。

■原文 陰病行陽陽病行陰者、陰陽経絡氣相交貫、藏府腹背氣相通所以。陰病有時而行陽、陽病有時而行陰也。針法曰、従陽引陰、従陰引陽。

滑伯仁はこの「陰病行陽、陽病行陰」の理由を、経絡交貫・臓腑氣相通、腹背氣相通という原理で以って説明しています。まぁ胴体・体幹部をブラックボックス化してしまった感は拭えませんが…

そして楊氏、滑氏ともに引き合いに出しているのが『素問』のあの言葉です。以下に陰陽応象大論の一節を引用します。

よく鍼を用いる者は、従陰引陽、従陽引陰

「…故に治するに天の紀を法らず、地の理を用いざれば、則ち災害至るなり。
故に邪風の至るは、疾きこと風雨の如し。
故に善く治する者は、皮毛を治す、其の次に肌膚を治す、其の次に筋脉を治し、其の次に六府を治す、其の次に五藏を治する。五藏を治する者は、半ば死に半ばは生きる也。
故に天の邪氣に感ずるときは則ち人の五藏を害する。
水穀の寒熱に感ずるときは則ち六府を害す。
地の湿気に感ずるときは則ち皮肉筋脈を害す。
故に善く鍼を用いる者は、陰より陽を引き陽より陰を引く。
右を以て左を治し左を以て右を治す。我を以て彼を知り、表を以て裏を知る。
以て過と不及の理を観、微を見て過を得る、之を用いれば殆からず。善く診る者は、色を察し脈を按じ、…。

■原文 …故治不法天之紀、不用地之理、則災害至矣。故邪風之至、疾如風雨。
故善治者、治皮毛、其次治肌膚、其次治筋脉、其次治六府、其次治五藏。治五藏者、半死半生也。
故天之邪氣、感則害人五藏。水穀之寒熱、感則害於六府。地之濕氣、感則害皮肉筋脉。
故善用鍼者、従陰引陽、従陽引陰。以右治左、以左治右。以我知彼、以表知裏。以観過與不及之理。見微得過、用之不殆。善診者、察色按脉。…

そ「従陰引陽、従陽引陰」の前後だけの引用で良かったのですが、重要なメッセージが込められているので、多めに引用してしまいました…。

しかし、この「従陰引陽、従陽引陰」の一節を見る限り、メタファーとなる陰陽に対し具体的表現をとっているのが「左右」「彼我」「表裏」です。そして治にも診にも使用可能であることが暗に示唆されています。

六十七難の文意からすると素問の「表裏」が七十六難では「背腹」であり「兪募」なのでしょう。
陽病を腹募に引き、陰病を背兪に引く。前述した陽病は陽で取る…とは別のセオリーという形で記されています。

確かに腹募では腑の病を取る取穴、鍼法が多いですね。吐下は腹部や仰臥位で取穴することが多く、背部・伏臥位の取穴では、陰を補氣する場合が多いです。(腹募でも大いに補氣しますが…)

この理を実践で行っていた記録が『腹證奇覧』にあります。

背中からお腹へ、邪を動かす

■胸腹之毒凝結着背二图(胸腹の毒、凝結して背に着くの二図)です。


※『腹證奇覧』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

いづれの證によらず、腹證を診(うかが)ふて毒の厚深凝結したるものは、みな背につくなり。
これを治するの法、まづ腹證を按して、毒の所在をしり、その凝結するところに假点をうちて紙線(こより)をもって背後へまはし、脊骨の中央にまた假点をうち、これにならひて左右若干(いくばく)の所を指頭をもってこれを按(お)すに、腹中にこたえゆるところあり。
すなはちその上に点し、灸すること、一穴五十壮づつ、七日あるひは二七日、又は三七日にいたるときは、その毒動きて腹張りいづるものなり。この時、證にしたがひて薬剤を投じて、これを攻むべし。
もしうごかざるときは、又、灸してやまず、うごくに乗じてこれを攻む。
これいにしへの法なり。かくのごとくにして病毒うごかざることなし。然れども腹證をみること、つまびらかならざるときは、法のごとく灸すとも功なし。醫者、豈 腹症をゆるがせにすべけんや。

■胸腹之毒凝結着背二图(胸腹の毒、凝結して背に着くの二図)その2です


※『腹證奇覧』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

又、一證図の如く、胸毒深厚にして動かざるもの、或いは心痛背に徹して痛むもの、其の毒の凝るところへ、假点をうち、是に倣いて右の法の如く、指頭を以て之を按(お)し、痛む處へ点をうち、灸すること、亦前法の如して後、本剤兼用丸散等を以て之を攻むべし。
是を定むるの傳、指の横はらの頭にていろひ按すに、自然に凹(なかくぼ)なる所あり。是を愈位とす。又、徹して痛みこたゆる所を愈位とす。是、其の毒の所在なり。
且つ夫れ古昔 経絡愈穴禁穴あることなし。
霊樞に云く、以痛為愈位矣と。是乃ち天然自然にして有る愈位の者なり。故に是を天應の穴と云うなり。疾醫家知らずんばあるべからず。

■灸治法、これも同様の内容ですので引用させていただきます。


※『腹證奇覧』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

図のごとく項背若干(いくばく)凸にして拘攣、あるひは項背強急、これみな胸毒はなはだしくして、諸藥方證相對すといへども、全く治せざるままあり。
その毒深きを以て背につく、いはゆる毒陰文(分)につくものこれなり。
これに灸するの法、その凸(なかたか)なるところ、骨をはづれて、指の腹を以てこれを按(あん)するに、病者こたゆるところ、みな毒なり。
指頭の陥没徹底するところ。これにみな灸すること、一穴二三十壮、あるひは、七日あるひは二十一日。灸して以て證に従いて方剤を以てこれを攻む。治せざることなし。

まず腹診により病邪病毒の位置を確認します。把握したのち背部にまわり按じて圧痛を確認、腹部に響く点を見つけます。この部位に施灸をすることで、毒を動かします。背から透熱、浸透させるので腹部が張ってきて然るべき証が現れるといいます。その腹証に従って処方せよ、と灸治と藥治の段階的な組み立てを古の法としています。
また指腹で圧して応える点、圧痛点を天然の穴処、名づけて天応穴と呼んでいます。阿是穴よりも格好の良いネーミングですね。

難経六十七難の主旨を灸治という陽の治法により背から腹部へ「陽から陰へ」という方向性、そして通常の薬治では動かない病邪病毒を動かすという点では「陰病を陽に行かせる」という治療戦略を再現しているという点で『腹證奇覧』の伝える治法はぜひ理解しておくべきでしょう。

陰陽でみると、腹背はそれぞれ陰陽です。部位でみると「陽から陰への移動(陽病行陰)」に見えますが、『腹證奇覧』(胸腹之毒凝結着背二图その2・灸治法)で言及している治法は攻法です。治法でみると陰病行陽であり、「陰より陽を引き陽より陰を引く」であると言えます。

この治療戦略は私も日常の臨床で行っています。
余談ながら、腹診腹証でもって方剤処方を決定する手法に限定されない我々であれば、逆のパターンもまた是であると思います。

鍼道五経会 足立繁久

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原文 難経 六十七難

■原文 難経 六十七難

六十七難曰、五藏募、皆在陰而兪在陽者、何謂也。
然、陰病行陽、陽病行陰。
故令募在陰、兪在陽。

 

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