遅脈と数脈について『診家枢要』より

脈の遅数が示すのは寒熱のみなのか?

脈の遅数は重要な意味を持つと考えています。しかし初級の段階では遅数=寒熱の指標として教えられることが多いですね。
ということで、まずは遅脈・数脈の定義、すなわち脈数と息数の関係について覚えるとよいでしょう。
今回は遅脈と数脈について、同じ記事にて紹介します。まずは脈陰陽類成の遅脈パートの書き下し文から紹介しましょう。

遅脈とは及ばざる也。至数を以ってこれを言う。

呼吸の間、脈 僅かに三至、平脈に於いて一至減ずる也。
陰勝ちて陽虧けるの候と為す。
寒と為し、不足と為す。
浮にして遅は、表に寒有り、沈にして遅は、裏に寒有り。
寸に居するは、氣不足を為し、
尺に居するは、血不足と為す。
氣寒するときは則ち縮し、血寒するときは則ち凝る也。

左寸口の遅は、心上寒、精神多惨。
関上の遅は、筋寒急し、手足冷え、脇下痛む。
尺中の遅は、腎虚し便濁、女人不月(月経が遅れる又は来ない)。

右寸口の遅は、肺が寒を感じ、冷痰し氣短す。
関上の遅は、中焦寒え、及び脾胃の冷物に傷れて化せず。
沈遅は積を為す。
尺中の遅は、臓寒泄瀉、小腹冷痛、腰脚重と為す。

遅とは及ばざる也

冒頭にも書いたように、遅脈は寒証の指標として判定されることが多いのですが、実際には寒証以外にも遅脈を現わす病症があります。
私の臨床経験では心労(深いストレス)によっても遅脈が現れることもありました。
もちろん「心労・ストレス=遅脈」とインプットしてはいけません。
文中にある「裏に寒あり」という言葉がヒントを表わしていると思われます。分かりやすく言うと“裏氣・藏氣の虚”ということなのでしょう。

遅脈とは不及(及ばざる)也と端的に示すフレーズが秀逸です。

■原文 脉陰陽類成

遅、不及也。以至数言之。
呼吸之間、脉僅三至、減于平脉一至也、
為陰勝陽虧之候、為寒、為不足。
浮而遅、表有寒。沈而遅、裏有寒。
居寸、為氣不足。居尺、為血不足。
氣寒則縮、血寒則凝也。
左寸遅、心上寒、精神多惨。
関遅、筋寒急、手足冷、脇下痛。
尺遅、腎虚便濁、女人不月。
右寸遅、肺感寒、冷痰氣短。
関遅、中焦寒、及脾胃傷冷物不化。沈遅為積、
尺遅、為藏寒泄瀉、小腹冷痛、腰脚重。

続いて数脈にいきましょう。脈陰陽類成の数脈パートの書き下し文です。

数脈とは太過なり。
一息六至、平脈を過ぎること両至なり。
煩満を為す。
上は頭疼上熱を為し、中は脾熱口臭、胃煩嘔逆と為す。
左は肝熱目赤と為し、
右下は小便黄赤、大便秘渋と為し。
浮数は表に熱有り、沈数は裏に熱有る也。

数とは太過なり

数脈は熱証の指標としてよく用いられます。何が太過となることで熱証に至るのか?ということを考えるべきでしょう。
また、小児の平脈も微数です。なぜ小児では平の状態で数脈をあらわするのか?このことについても理解することが重要です。

とはいえ、本文では数脈を熱の指標とする傾向が強いですね。
例えば、上中下の病位においては、“上と中のみ”の数脈に言及している点、左右では“右下”と限定している点など、人体における熱の性質をよく表していると思われます。

こういった記述からも滑伯仁の描く人体観がイメージできますね。

恋のドキドキ♡数脈は熱証なのか?


写真はスタジオジブリの作品静止画『耳をすませば』より
ジブリ作品で恋心を描くシーンは少ないと思う…

この写真のように青春の一コマ、互いに恋心を抱えた男女の二人きりシチュエーションはドキドキするものですね。
(私は男子校だったので、このような甘酸っぱいシーンとは縁の無い高校時代を過ごしたが…)

恋焦がる相手に会うと胸はドキドキするもの。相手を思い出すだけでも数脈が現れることもあります。
他にも相手に近づくだけ、手をつなぐだけでも、人によっては手汗脇汗いろんな汗も出ますね。

ならば、恋のドキドキは熱証なのでしょうか?

いや断じてそれはないハズだ!

恋心を単なる熱証や仮熱などと片付けてよいものではない!…と、甘酸っぱい青春時代を美しいままにしておきたい40代後半は思うのです。
では、恋愛中のドキド=数脈はどのように解釈すべきなのか?

答えを言ってしまうと、甘酸っぱさがさらに失われるのでここでは割愛させていただきます。
講座【生老病死を学ぶ】の参加者なら分かることでしょう。まだ仮熱の脈とした方がロマンが残るかもしれませんね。
「数脈は太過である」との滑伯仁の言葉の通りであります。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 脉陰陽類成

数。太過也。一息六至、過平脉両至也。
為煩満。
上為頭疼上熱、中為脾熱口臭、胃煩嘔逆。
左為肝熱目赤、右下為小便黄赤、大便秘澀。
浮数表有熱、沈数裏有熱也。

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