『切脈一葦』中巻-小児の脈-

特殊な脈 その② 小児の脈

『切脈一葦』中巻の脈状も一段落しました。ここからは小児の脈についてです。

『切脈一葦』京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の青枠部分が『切脈一葦』原文の書き下し文になります。

小児

小児の脈は大指一指を以て、強弱緩急の四脈を候うべし。
大人の脈の如く、許多(あまた)の脈状を以て論ずべからず。故に多く見証を主として論ずべし。

譬えば乳子の熱劇しく、脈懸小なる者を診して、手足温なるときは治すべしとし。手足冷するときは難治とし。
風熱にて喘鳴肩息して、脈実大なる者を診して、緩なるときは治すべしとし、急なるときは難治とするが如し。
懸とは“はるか”と云うことにて、懸小は微細の脈の形容なり。
脈色声形の四診を以て、病証を決断すること常例なりと雖も、別けて小児は見証を主としてその病を決断すべし。

友人 西村玄碩 佐藤 信 高野玄淳 黒田 弘  同校

切脈一葦巻之中

小児脈の特殊性をどのように理解する?

「大人の脈のように数多の脈状を以て論じてはならない」
「見証、すなわち現れている症状によって診断しなければならない」と注意しています。

この言葉は非常にレベルの高い要求といえるでしょう。
分かりやすく言いますと「小児科特有の生理と病理を理解していなければならない」ということなのです。

少しくどいですが詳しく説明しましょう。

成人を診る際の脈診は寸関尺・浮中沈を(流派によっては内中外も)診ます。当たり前ですが、手首が大きい成人の脈は三部に分けて診やすいのです。
一方で未成熟な小児の手首では、脈の寸関尺・浮中沈・内中外などを診ることは難しいです。ですので三指を用いずに母指一指で、寸関尺を分けずに診ます。余談ですが私は母指ではなく示指一指で診ています。
また「数多の脈状を論じるべからず」とあり、脈状を詳しく診ることはない…とも言っています。

以上のことを「脈の三要素(※)」からみると、脈位と脈状を参考にしないということを意味します。
(※脈の三要素、当会が提唱する脈診を構成する要素。脈数・脈機を加えて脈診五要素ともまとめている)

脈位を定めないということは、病位が確定できないことであり、脈状を詳しく診ないということは病邪の性質(病情)を脈で判定しないということです。
病位と病邪の情報が脈から得られないということは…病理を頼りとした問診を行うしかないということです。
これが本文にある「病証を決断すること常例なりと雖も、別けて小児は見証を主としてその病を決断すべし。」ということなのです。

前章の婦人脈にしても、女性には女性の生理病理があり、それに基づいた診察・診断・治療を行う必要があります。
同じく小児には小児の生理・病理があります。これらを把握しておかないと小児はりを駆使して治療を行うことはできません。治療ができなくても、養生の小児はりとしてお子さんの健康に貢献することはできると思いますが。

脈の強弱緩急とは?

本文の「強弱緩急」に触れておきましょう。

「(脈の)強弱」は脈診の三要素でいうと脈力、すなわち「正気の盛衰」を診ることになります。
「(脈の)緩急」は病邪を診るともとれますし、吉凶を観ることにも解釈できます。

いずれにせよ病位と病邪の詳しい情報が得られず、表面に現れている症状だけで診断することが要求されるため、小児の病理を把握していることが大前提になるのです。
といっても、この話は中莖氏だけが提唱している話ではなく、小児科医書の脈診の項では概ね同様のことが提言されています。

前章の婦人科と本章の小児科、いずれも特殊な脈としてわざわざ別の章を設けているということは、この時点で婦人科と小児科は特有の生理学・病理学を持つということを理解すべきでしょう。これら各科の生理学・病理学の必要性を意識せずに治療する人もいるかもしれませんが、キチンと勉強するとその必要性が理解できるかと思います。

小児科専門書では子どもの脈をどう診る?

ちなみに宋代の小児科専門医書『小兒薬証直訣』の小児脈法では以下のように記載されています。
「脈乱れるは不治、氣不和は弦急し、傷食は沈緩、虚驚は促急、風は浮、冷は沈細の脉をあらわす(脉乱不治、氣不和弦急、傷食沈緩、虛驚促急、風浮、冷沈細。)」

脈状として記載されているのは「乱」「絃急(弦急)」「沈綬(沈緩)」「促急」「浮」「沈細」。

まとめると「弦急」「促急」と「緩」は脈の緩急に相当しますね。そして「浮」「沈」は脈位、「細」は脈幅です。
やはり小児科の祖である銭乙(銭仲陽)先生も、小児脈法では数多の脈状を診ることは推奨していませんね。『小兒薬証直訣』では、この小児脈法の次に変蒸という小児特有の生理学のお話が続きます。
小児はりに力を入れて臨床がしたい!という方は、ぜひ東洋医学における小児科も勉強してください。必ず視野が広がりますよ。

さて以上で『切脈一葦』中巻が終わり、次回以降は下巻になります。

鍼道五経会 足立

『切脈一葦』これまでの内容

1、序文
2、総目
3、脈位
4、反関
5、平脈
6、胃氣
7、脈状その1〔浮・芤・蝦遊〕
8、脈状その2〔滑・洪〕
9、脈状その3〔数・促・雀啄〕
10、脈状その4〔弦・緊・革・牢・弾石〕
11、脈状その5〔実・長〕
12、脈状その6〔沈・伏〕
13、脈状その7〔濇・魚翔・釜沸〕
14、脈状その8〔遅・緩〕
15、脈状その9〔微・弱・軟・細〕
16、脈状その10〔虚・短〕
17、脈状その11〔結・屋漏・代・散・解索〕
18、脈状その12〔脈絶〕
19、特殊な脈その①〔婦人脈〕

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